72・結婚式が終わって
「は? 外に見慣れない馬車が止まってる?」
結婚式から二日後。余韻も冷めつつある日中、そんな報告が入った。
馬車。久しぶりに聞いた単語だ。ここでは移動に馬車なんて使わないし、荷車のがよっぽど使う。
結婚式も終わり、片付けも終わったばかりに『見慣れない馬車』の報告。微妙に疲れてるのか、驚きより困惑のが強い。
ちなみに現在、馬車は警備隊が包囲しているそうだ。
警備隊の伝令が俺の元に来て、一通の手紙を渡す。
「不審者の一人が、集落の代表であるアローに会わせろと言っています」
「……ふむ。ん?」
手紙の差出人は、『リアン・マルパス』となっていた。
マルパス。久しぶりに聞く七十二の領地の名前。
リアン……その名前に、記憶が刺激される。
『ボクはリアン・マルパス。マルパス家の次期当主だ」
「あ」
以前、サリヴァンの屋敷で会った領主の一人だ。
俺と同い年くらいなのに、飄々とした感じの男だった。けっこう話しやすく、父が倒れたって話を聞かなかったら、酒でも飲みながら話したいと思っていた。
「リアン。懐かしいな……」
『ぴゅるる』
肩にミネルバが乗る。
ちなみに、アテナは婦人会に呼ばれて行った。ドレスの着心地とか、結婚式の催しがどうだったとか、感想を聞いて次に生かすらしい。ルナはゴン爺の家で勉強……今は俺だけだ。
手紙を読んで驚いた。
「アーロンが結成した捜索隊……セーレは、サリヴァンの手から逃れた? どういうことだ……? それに……」
手紙には、リューネ、モエ、レイアも同行していると書かれていた。
裏切者───……俺の胸に、熱い火が灯る。だが、なぜかその火が弱まり、アテナやルナの笑顔が浮かんだ……ああ、そっか。
もう、リューネたちとの思い出は消えている。アテナたちと過ごした記憶が、こいつらに対する復讐心を上書きした。
不思議だった。そして、理解した。
「よし。リアンに会おう。警戒を解いて、代表者たちを集会所に集めてくれ」
「わかりました」
伝令に言伝をして、俺は着替えるために立ち上がった。
◇◇◇◇◇◇
集会所に向かうと、すでに代表者たちが揃っていた。
現在、マリウス領地首都カンアンは、十三の区画に分かれている。
合流した集落は三十を超えたが、その全てに区画が与えられたわけじゃない。少ない区画に合流したり、区画を与えようと思ったが辞退したり。
それに、それぞれの区画には役割がある。
建築、医療、農耕、酒造り、水路、家畜、鍛冶、教育、狩猟、警備、財政……生きるために必要な分野で区画分けし、後々合流するかもしれない集落の人たちは、得意な分野の区画に入ることになる。
十三の区画の代表者は『区画長』と呼び、会議など開く場合は呼ぶ。
そして、それぞれの区画で起きたことや問題点などを話し、解決していくのだ。
このやり方は、父上から習ったやり方。集落が合流し始めて、いろいろ問題が起きたこともあり、俺が提案した方法である。
今では根付き、みんな納得している。
俺は、集まった十三人に言う。
「えー、皆さん……聞いたと思いますが、外に馬車が来たようです。当然、集落の合流ではありません。他領地からの使者……と、言っていいのか」
「なんだい、ハッキリしないね」
ウェナさんが眉を顰める。
そして、警備部隊の副隊長、ドウマさんが言う。
「えー、隊長は馬車の方に行ったので私から。馬車にいる人数は二十名ほどで、半数以上が武装しているようです。ですが、我ら『魔獣部隊』に恐れをなしていると」
ドウマさんは副隊長。隊長にして警備隊が生活する区画の区画長であるソリッズさんは、我先にと馬車の方に……いちおう隊長なんだし、もうちょっと落ち着いてほしい。
魔獣部隊は、ファウヌースが手懐けた魔獣たちだ。一応、ファウヌースのことは秘密なので、アテナの強さに恐れをなして支配下になったという設定。まあ、アテナがその気になれば屈服できるとも言っていたけどな。
「集落長、どうするのだ」
「代表者と話をするんですかね?」
建築、土木関係の区画長ダイモンさん、河川担当の区画長クカフギルクさんが言う。
「話はしますが、彼らの目的に関して……実は、彼らは俺を探してここまで来たようです」
全員が「?」と首を傾げる。
そして、俺がここに来た経緯を深く知るウェナさんが気づいた。
「……まさか、アローを呼び戻すために来たのかい?」
「正確には、捜索です。追放された俺が生きてると信じ、探しに来たようです」
「虫のいい話だね。お前が追放され何年経った? 今更捜索とか、ナメてるとしか言えないね」
「……かもしれません。でも、俺にはそう思えないし、ちゃんと理由があります」
セーレ領地の立て直しとかあったしな。理由は不明だが、セーレを乗っ取ったサリヴァンの身に不幸が連続して起き、撤退せざるを得なかったとか……その辺の理由も知りたい。
「なので……皆さん、捜索隊の代表とは、まず俺だけで話をします」
「……アロー、あんた」
「心配しないでください。俺は、何があってもマリウス領地の領主ですから」
こうして全員を納得させ、俺はリアン……そして、リューネたちに会う決意をするのだった。
◇◇◇◇◇◇
◇◇◇◇◇◇
アテナは、ルナを連れて婦人会から家に帰っていた。
不審な馬車の話を聞き、剣を持って飛び出そうとしたが……ローザたちに「あっちは任せておきなさい」と言われ、渋々従った。
結婚式での話をして、次に生かすためにどうするかの意見を出し、解放されたのだ。
ルナとは、ちょうど帰り道で一緒だった。
「はぁ~……疲れた。でも、楽しかったわ」
「あてな、おつかれー」
「はいはい。人間の催し物って楽しいこといっぱいね。神界じゃあお祭りなんてないし、人間になれてよかったことの一つだわ。もちろん、アローと結婚したこともだけどね~」
身体をクネクネさせて悶えるアテナ。新婚なので毎日毎晩充実している。
「……」
「あてな、どうしたの?」
「ん~……そろそろかなって。あんたの記憶が戻るのと……ふっふっふ。子供を作ること!!」
「こども?」
「ええ。以前は、ルナも赤ちゃんだったし、生活が安定してからって決めたけどね。でもでも、そろそろいいんじゃない!? 私、赤ちゃん欲しい!!」
「赤ちゃん……」
子供に言い聞かせていい話ではないが、アテナにそんなデリカシーはない。
毎晩楽しいとか、ルナも子供作れとか、まだルナにはわからない話が続く。
すると……村の入り口に、馬車が入ってきた。
「あれが不審な馬車───……っ!!」
「……う」
アテナが何かを察し、ルナがアテナの背に隠れて怯えた。
二人にしかわからない『神』の力が、あの馬車から感じられた。
同時に……ルナの『幸運』が少しだけ薄れた。
「この感じ……まさか」
すると、馬車の窓が開き……一人の少女がニコニコしながら手を振った。
「アラクシュミー……なんで、アイツがここに!! ルナ、行くわよ!!」
「う、うん……」
アテナはルナを連れ、馬車を追って走り出した。





