51・アローとアテナ
あけましておめでとうございます。
今年も不定期更新になりますが、どうかよろしくお願い申し上げます。
冬の日暮れは恐ろしく早い。
目的地に向けて平原をまっすぐ進み、出てくる魔獣はアテナが嬉々として狩りまくる。
御者をファウヌースに任せた。
ファウヌースは器用に御者席に座り、ブラックシープたちに命令を出している。
俺はそこそこ揺れる馬車の中で、ルナをあやしていた。
「あぅあ」
「よーしよーし、いい子だ」
「あお、あお」
「青? ははは、これは青じゃなくて赤だ。あ、か」
「あおー」
ルナは俺の赤いマフラーに手を伸ばし、キャッキャと笑っている。ルナはこの旅の癒やしだね。
アテナというと、荷物の上に寝転がっていた。まぁ、さっき現れた小型魔獣の群れを一人で倒していたから文句は言わない。
俺はルナをあやしながら、外も観察する。
ゴン爺は言っていた。平原は遮蔽物があまり無く、身を隠す場所を見つけることが俺の仕事だと。
周囲は乾いた大地と雑草ばかりで、身を隠せる場所なんて大きめの岩くらいしかない。それに、お昼を過ぎた辺りで雲が出てきた。日の光が弱くなり、このままだと雨か雪が降るだろう。
そして、それは思ったより早かった。
「マズいな······雪だ」
たぶん、初雪だ。
水気の多い、ボタボタとした雪が降ってきた。
ブラックシープは全く意に介していないが、俺たち人間はまずい。
どこか日陰で火を起こして暖を取らないと、命に関わる。
「えっと、まずは毛布でルナのベッドを温めて、と」
クッションの詰まった籠にルナを戻し、フワフワの毛布で優しく包む。すると気持ちいいのか、ルナは眠ってしまった。
俺は御者席に移動し、ファウヌースに聞く。
「どこかいい場所あるか?」
『もちろん、あそこや』
ファウヌースはすでに見つけていた。
前方に、小さな雑木林があった。まるで俺たちのために現れたような、あまりにもいいタイミングだった。
『雪がチラつき始めた瞬間に見つけたんや。まるでワイらのために木が生えてきたのかと思ったで』
「あー······確かにな。それに、小型魔獣もだし」
『ええ、オークやろ?』
「ああ。ここまで出てきた魔獣、全部食える魔獣だ」
『これもルナはんの力なんやねぇ······』
そう、平原越えはあまりにも楽勝だった。
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林の中には大きく抉れた岩があり、その隙間に馬車を停めた。
木が生い茂ってるおかげで、雪が降り始めても地面はまだ濡れていない。アテナにルナを任せて乾いた薪を拾い、積んでおいたかまど用の岩でかまどを作り火を起こす。
ここまで大した時間は経過していないが、辺りはすでに真っ暗だった。
幸運が続いていたが、さすがに良すぎた。
この辺りには水場がない。ブラックシープたちに水を飲ませてやりたいが、今日は我慢してもらうしかない。
俺は、アテナが狩ったオーク肉を軽く炙り、ブラックシープたちに振る舞った。
「お疲れさん、水は明日まで我慢してくれ」
『『『んメェ〜』』』
「んめぇって······ははは、美味いのか?」
ブラックシープたちは肉を食べると寝てしまった。
すると、馬車からアテナが出てきた。
「アロー、ごはん」
「はいよ。でもルナが先な、ところでアテナ」
「ルナのオシメなら変えたわよ。今はファウヌースが見てる」
「よし。じゃあメシにするか」
俺はさっそく、食事の支度を始めた。
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食事を終え、ルナはファウヌースと一緒に眠ってしまった。
夜泣きもしないし、朝までぐっすり眠るだろう。
俺とアテナは、火を囲んで白湯を啜っていた。
「もっと吹雪くかと思ってたけど、水っぽい雪だし、積もりはしないだろうな」
「そうね。魔獣も大したことないし、これもルナのおかげかしらね」
「かもな。ははは、ルナは幸運の女神だな」
「何をいまさら言ってんのよ。初めからそう言ってるでしょ」
アテナとの時間は穏やかに過ぎる。
雑木林が壁となり屋根となり、雪は殆ど落ちてこないが、寒いことは寒い。俺は毛布を出してアテナに渡す。
「ほら、寒いだろ」
「うん、ありがと」
「······って、な、なんだよ?」
「別にいいでしょ。寒いのよ」
アテナは俺の隣に座り、毛布を自分だけじゃなく俺にもかける。
アテナがすごく近い。心臓がドキドキしてきた。
「·········」
「·········」
会話なく、白湯を啜る。
ドキドキするけど、不思議と心地良い。アテナを横目でちらりと見ると、白湯が熱いのか顔が赤くなっていた。
こうして見ると、本当に美人だと思う。サラサラの銀髪に恐ろしく整った容姿、スタイルもいいし、それに見合わないくらい活発でハキハキして、集落のみんなから好かれてる。
そんなアテナが、こんな近くにいる。
「ねぇ、アロー」
「······ん?」
「あんた、私のこと好き?」
いきなりすぎて驚いた。
ふと、かつての婚約者リューネの姿が脳裏にチラつく。たが、かつての幼馴染との思い出は、気泡のように弾けて消えた。
そして、その上に被さるように、アテナとルナとの思い出が膨らんでいく。
初めて出会ったこと、一緒に冒険したこと、一緒に暮らして笑いあったこと、そして今······こんなに近く隣に座っていること。
俺の気持ちは決まっていた。
「好きだよ、アテナ」
「·········」
アテナは、俺を真っ直ぐ見た。
俺も負けじとその視線を受け止める。
言葉は勝手に出てきた。
「裏切られて、孤独で、寂しくて、真っ暗だった。でも、集落のみんなが優しくしてくれて、お前とルナが俺を照らしてくれた······アテナ、本当に感謝してる。俺は······お前が好きだ」
嘘偽りのない気持ちだった。
アテナに好きかと確認され、ようやく気がついた。
俺は、アテナと一緒にいたいと思っている。
アテナは言った。
「私も、アロー以外は考えられないわ」
「え·······」
「これだけ一緒にいるんだもん。限られた人の生を、アローと一緒に歩いて行きたい······そう思う」
「アテナ······」
「な、なんか恥ずいわね。もう······」
「あ、ははは······」
恥ずかしくなり、顔を背ける。
でも、俺とアテナは両思いだった。これだけでも嬉しい。
すると、アテナのアホは言った。
「よし‼ アロー、子供作るわよ‼」
「ブッフーーッ!? な、何を言ってんだよお前!?」
「決まってんじゃない。私、人間の身体になったら子供を作ってみたいって思ってたのよ。ルナも赤ちゃんだけど、自分で作った赤ちゃんを育ててみたい!!」
「あ、あのな······ああもう、そういうのは集落に帰ってからだ!!」
「本当に!? 約束だからね!!」
俺は頭を押さえ、興奮するアテナに苦笑した。
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翌日から、雪が降り始めた。
粒が小さい粉雪で、晴れ間も見えるし積もることはなさそうだ。だけど、雪であることに変わりはない。
急ぎ『グリモリの集落』へ向かい薬を分けてもらい、急ぎカナンの集落へ帰るんだ。ブラックシープたちも頑張ってるし、急いで行かないと。
「それにしても、魔獣が大したことないな」
「ったく、なにが『冬の魔獣は手強い』よ。出てくるの雑魚ばっかだし。まぁ美味しい魔獣なのは嬉しいけど」
「俺としては出て欲しくないんだけどな」
「あぅう、ばぁ」
「はいはーい、寒いのか、ルナ?」
御者をファウヌースに任せ、俺とアテナとルナは狭い荷車の中で寄り添っていた。不思議と温かく心地良い。
「これもルナのおかげなのかな。ありがとう」
「ほんと、ルナ様々ね。私としては強い魔獣が出て欲しいけど」
「あぉ、あぉ」
「おっと、どうした?」
ルナが俺のマフラーを引っ張る。
どうも青いマフラーがお気に入りなのかと思ったら·······。
「あぉ、あろ、あろー」
「え······?」
「あ、ろー、あろー、あろー」
「あ、ははは、アロー、アローだよルナ!!」
「あろー、あろー」
ルナは、俺の名前を呼んでくれた。
俺は涙がこぼれ、ルナを抱きしめていた。
こんなにも、嬉しいことは今までなかった。
「ちょ、アローばっかりズルい!! ルナ、アテナよあーてーな!!」
「あぅ? あろー」
「あろーじゃなくてアテナ!!」
「ちょ、おいアテナ、狭いんだから騒ぐなよ」
「うるさーい!! ってかアロー、ニヤニヤすんな!!」
粉雪の降る寒い日中。ルナは、俺の名前を初めて呼んでくれた。
それは、冬の厳しい寒さよりも、俺の心を暖かくしてくれた。
遅くなり申しわけありません。
こちらは不定期更新になりますが、どうか最後までお付き合い下さい。





