49・次の目的地
お待たせしました。
新しいカナンの集落ができて二月。
ニケの人たちも完全に回復し、鉱石採掘や農作業も再開した。これから冬に向けて種を撒き、冬に収穫できる作物を作るそうだ。
パーンの人たちも頻繁に狩りに出かけ、収穫した獲物をさばいて燻製にしたり、保存食を溜め込み始めている。
もちろん、カナンの人たちも同じように、冬の準備に向けて動いていた。
当然だが俺も、アテナの狩ってきた獲物を保存食にしたり、畑には作物の種を撒いて世話をしている。
セーレにいたときはアーロンが色々と手配してくれたから苦労はしていなかった。
温かい食事やフカフカの布団は当たり前、暖炉は常に灯っていたし、外に出るには分厚い防寒着を着用して出て行くのは常識だ。
でも、このマリウス領土ではそんな「当たり前」が通用しない。
暖炉はあるが薪は自分で割らないといけないし、フカフカの布団なんてないので魔獣の羽を詰めた布団をこしらえなくちゃいけない。もちろんルナが最優先で。
俺の朝の日課に薪割りが追加され、アテナが狩ってきた獲物の羽を乾かしてヌイヌイさんのところに持って行き、羽毛布団を作ってもらうようにお願いした。もちろん報酬は支払う。
そして現在、俺は朝の薪割りをしていた。
珍しいことに、アテナが早起きして俺の様子を見ている。
「……ねぇ、アローって最近、筋肉付いたよね」
「そうか?」
「うん、私が言うんだから間違いないわ」
まぁ毎日限界まで鍬を使って畑を耕してるし、最近じゃ薪割りもしてる。
自分の身体を見ても、確かにガッチリしてる気がする。これも全て復讐のために使えるならそれでいい。サリヴァンをぶん殴った時に、鼻の骨をへし折って前歯を砕いて眼球が飛び出すほど強烈な拳をおみまいできる。
「でも、硬い筋肉ね。剣術には向かないかも」
「別に俺は剣士じゃないからいいよ。むしろサリヴァンをぶん殴ってやりたいし、強いパンチを放てるような格闘技を習いたい」
「格闘技ねぇ……よかったら私が指導してあげよっか?」
「え、お前が?」
アテナは、剣術しか使ってるところを見たことがない。
それに、身長も俺よりやや低いし手足も細い。どう見ても格闘技に向いてるようには見えなかった。
「あのねー、私は戦いと断罪の女神よ? 戦いに関して私の右に出る者はいないわ。神界でだって私に敵うのは至高神様くらいだったんだからね」
「……へぇ~」
「ちょ!? あんた信じてないでしょ!!」
疑いの眼差しでアテナを見ていると、家の中からルナの鳴き声が聞こえてきた。どうやらお腹が減ったらしい、そろそろ朝食の時間だしな。
「さ、メシにするか。昨日干しといた魚を焼こう」
「お、いいわね。私は二尾ね!!」
「一人一尾だっつの……」
コイツ、ホントに食い意地貼ってやがる。
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ルナを抱っこしながらアテナと集落を回ることにした。
集落は今日も賑わっている。俺とアテナを冷やかす声もあれば、お茶でも飲んでいけと引き止める声も。
冷やかしには照れつつも否定し、お茶は誘われる場所全てで頂いた。
セーレ領でも、父さんと町を回っている時によくお茶に誘われたな。父さんはどんなに忙しくても断らず、笑顔で対応していたのを覚えてる。まぁ飲みすぎて腹がガポガポになったけどね。
「ねーねーアロー」
「ん?」
「あのさ······どっか行きたい」
「······は?」
アテナが、歩く俺の前を遮るといきなり言った。
前屈みになり、俺の顔を覗くようににゅっと出てくる。
「あのさ、今の暮らしに不満はないわよ? 毎日狩りに出かけて剣を振るえるし、アローのご飯は美味しいし、最近はルナも成長してるのかハイハイするようになったし」
「じゃあいいだろ? なんだよ急に」
「でもさ、たまにはどこか出かけたいなーなんて。前みたいに冒険してみたい」
「冒険って······あのな、お前は強いからいいけど、俺はフツーの人間なんだぞ? 命懸けの冒険なんてゴメンだぞ」
「そんなの私が守るから問題ないわ。ずーっと集落を見回ってるだけじゃアローもつまんないでしょ? たまにはどこかに出かけてみたいとかないの?」
「む······」
まぁ、出かけたい気持ちはないわけじゃない。
この生活がつまらないとかじゃない。刺激が欲しいわけでもない。でも、マリウス領土は広いし知らないこともたくさんある。見聞を広めてみたい上で出かけたい気持ちはある。
「ねーねー、最近は鉱石採掘も順調で、農具や武器も新調しつつあるんでしょ? ここは貿易の材料として、他の集落に持ち込んでみるとかしてみたら?」
「んー·········」
「もちろん、交渉は領主のあんたね。私とルナはあんたの護衛」
「お前はともかくルナもかよ······」
「だってさ、ルナは私よりあんたに懐いてるし、長い時間あんたとひき離すとギャン泣きするのよ? ルナを残して出かけるなんてできないじゃん」
うーん······確かに、ルナは俺にべったりだ。
自分で言うのもなんだが、俺を父親と思ってくれてる。俺もルナは可愛くて好きだし、このままずっと成長を見守りたい。
「ま、とにかくこの話はまた今度な」
「ちぇー」
俺はアテナを連れて、集落の見廻りを再開した。
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ゴン爺の家の近くまで来たら、何やらゴン爺の家の前にジガンさん、ゲンバーさん、ウェナさん、ドクトル先生と助手のミシュアが集まっていた。
その表情でわかる。何か厄介事が起きたんだ。
そして、アテナの顔もニヤリとする。なんか嫌な予感。
とにかく、話を聞かないと。
「おはようございます。皆さん、何かあったんですか?」
「ん、おおアロー、ちょうどよかった。今おぬしを呼びに行こうと思ってたところじゃ」
「は、はい。ええと、皆さんお揃いで」
「······実は、問題があってな」
ジガンさんが重々しく言う。
みんな困ってるのに、俺の後ろのアテナはウキウキしてるきがした。
すると、ドクトル先生が言った。
「実は、薬が足りないんだ」
「薬、ですか?」
「ああ。冬に向けて薬草や材料の備蓄はしていたんだが、人数も増えたから消費も増えてな······鉱石採掘の作業でも怪我はするし、狩りで怪我をする者もいる。それに怪我だけじゃなく、病気になる者だっている。今はなんとかなるが、このままだと冬まで持つかわからん」
「しかもしかも、薬草や薬の素材が生えてる場所はもう採り尽くしちゃって、冬が明けるまで生えてこないんですよぉ。しかもこれから冬本番になるから新しく自生してる薬草なんて見つけられないしぃ·······」
ドクトル先生の説明に割り込むミシュア。ドクトル先生はため息を吐くとミシュアの頭を抑える。
「日が暮れるのも早くなった。採集場所も遠いし危険な魔獣も多い。どうしたものかと悩んでいたのさ」
「うーん、あたしら狩人は、魔獣の肝や内臓を煎じて薬にしたりしてるけどね。基本的にはみんな頑丈だから、怪我はともかく病気なんてしたことないね」
「それは羨ましいですな·······」
「ははは、ゲンバー、よかったらウチに来るかい? 魔獣の肝スープをご馳走してやるよ」
「······は、ははは、あ、ありがとうございます」
ウェナさんはゲンバーさんと肩を組み、脅すような、でも楽しそうな声で誘ってる。これがおふざけだとみんなわかっていた。
「薬か·······」
確か、パイモン領土は医療が盛んな地域だったな。
サリヴァンの親睦会で出会ったエリスなら、交渉次第で協力してくれたかもしれない。
でも、ここは捨てられた領土であるマリウス領土だ。頼りになる仲間は身内だけ。できることは全てマリウス領の中でしかできない。
となれば、やれることは一つ。
「近くの集落に薬草や薬を分けてもらおう。こっちには鉄鉱石や作ったばかりの農具もある。足りないなら、魔獣を狩って土産にするのもいい」
ちなみに、『魔獣を狩って』の部分はアテナを見ながら言った。やっぱりな、アテナのやつ、わかりやすく喜んでいる。
みんなも、俺の案は候補にあったらしい。でも、少し悩んでるようだった。
「アロー、我々もそれしか方法はないと考えていたが······」
「え?」
ジガンさんは困ったように頭を掻き、ウェナさんも腕組みをして渋い顔をしていた。なんだよ一体?
すると、ゲンバーさんが言う。
「冬が近くなると魔獣が凶暴化するんだ。仮に薬を分けてもらうとしたら、この辺りだと······『グリモリの集落』が一番近い。だが、それでもかなりの距離がある。早く出発しないと雪が降り、下手をすれば凍死してしまう」
「凶暴な魔獣、過酷な環境、あたしらパーンの民でも厳しいね。冬に向けての狩りはもうおしまいにしようかと思ってたくらいさ。それくらい、冬近くの魔獣は手強い」
俺も聞いたことあるな。冬の魔獣に手を出すなって。
でも、今回はそんなこと言ってられない。薬は集落になくてはならない大事な物だ。備蓄しておくに越したことはない。
「なーにが冬の魔獣よ‼ そんなモン私にかかれば雑魚よ雑魚。ねえアロー」
「お前、ホントにブレないな······」
とにかく、決断するなら早い方がいい。
俺はこの場にいる全員に確認する。というかもう決めた。
「ゴン爺、地図にグリモリの集落までの道のりを記してくれ。ドクトルさん、必要な薬草や薬品をリストに。ジガンさん、申し訳ありませんが、冬用の装備の支度を手伝ってくれませんか? ゲンバーさん、交渉用の農具と鉱石を準備して下さい。ウェナさんは保存用の肉をお願いします」
とにかく、急がなくちゃ·········あれ?
なんだろう。みんながポカンとして俺を見ていた。
「あの、なにか?」
「い、いや······よし‼ さっそく作業開始じゃ‼」
ゴン爺の一声で、みんなは動き出す。
俺とアテナはジガンさんに付いて行く。冬用の装備のレクチャーを受けないとな。やることはたくさんある。
「アロー、逞しくなったな」
「······え?」
「いや、なんでもない」
ジガンさんが、ポツリと呟いた気がした。





