48・穏やかな暮らし
お待たせしました。
書籍作業が一段落したのでボチボチ更新します。お待たせして申し訳ありません。
俺ことアロー・マリウス、戦と断罪の女神アテナ、愛と幸運の女神ルナの冒険から一月、俺が行き着いた『カナンの集落』で、新生活は順調に進んでいた。
まず、帰ってきて驚いたのは、俺の家が移転していたことだ。
なんでも、鉱石の採掘場を広げたらしく、俺の家は一部が撤去されて、作業員の休憩所となったようだ。
その代わり、集落のさらに外れの方に、前の家よりやや大きい新居が与えられた。
新居は二階建てで、近くには川も流れてるし、新しい家族となった三匹のブラックシープの小屋もある。そして川の近くには整備された畑もあった。
新しい家をもらったが、休む暇もなく仕事が続いた。
まず、俺が連れ帰ったパーンの集落の人たち、そして既に鉱石採掘の作業員として働いていたニケの集落の人たちとの顔合わせと、パーンの集落の人たちが住む場所の提供だ。
まず住む場所だが、整備されていない広場を提供すると、ウェナさんの号令で若い衆があっという間に地面を慣らし、魔獣の骨や革で簡易的なテントを作った。さすが狩人というべきか。
ニケの集落の人たちは、パーンの人たちとは反対側の広場に家を建てて生活していた。というかまだ建築は途中でテントがいくつかある。完成した家は、小さな子供や老夫婦を優先して与えられるようだ。
住居の問題はクリア、次は集落間の決まり事だ。
まず、ニケの人たちはパーンの人たちから生活に必要な分の魔獣を提供してもらった。見返りは魔獣を使って整備した畑での作物。これから冬が来るので、冬でも育てられる作物をすぐに作り始めたようだ。
ニケの人たちの仕事は、鉱石採掘と農作業だ。これはカナンの人たちと変わらない。まだ身体は万全ではないが、作業の手が増えていい。
パーンの人たちは、もっぱら狩りに出て魔獣を仕留めて肉を提供してくれた。もちろんブラックシープに跨ったアテナも参加。大型魔獣も難なく屠り、集落では新鮮な肉が尽きることはなかった。
そして、集落では大切な決まり事がひとつだけある。
それは、『助け合う』ことだ。困った人に手を差し伸べ、できることをする。俺がこの集落に拾ってもらったように。
そして、いつの間にか俺は集落代表になっていた。
カナンの代表ゴン爺、ニケの代表ゲンバーさん、パーン代表のウェナさん。全員の希望だった。
もちろん、俺は遠慮した。領主といっても名ばかりで、俺は自分にできることをしただけだ。
でも、みんなは言ってくれた。俺はこの集落に希望をくれた、このマリウス領土に光をくれた領主だと。
そんな大げさなモンじゃない。アテナやルナがいなければ、俺はただの人間だ。運もなければ強さもない。
でも、俺だから、アロー・マリウスだから、と。
たとえアテナとルナに出会わなくても、俺はこの集落のためにできることをしただろう。どんな結果になろうと、拾ってもらった命を役立てようとするだろう。
俺が代表になって、みんなの役に立てるなら。俺は、この集落の代表として戦おう。
こうして俺は、新しいカナンの集落の代表となった。
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俺の一日は、まだ薄暗い朝から始まる。
新しい家の自室で目覚め、着替えをして外へ出る。
近くの川で顔を洗い、バケツいっぱいの水を汲んでブラックシープの厩舎へ。
「おはようさん、ほら、たーんと飲め」
『メェ〜』『メヘヘッ』『ンメぇ〜』
ブラックシープに水をたっぷり与え、餌となる干し草を用意する。とりあえずブラックシープの餌は終わり。
次は、農具が収められてる小屋へ。
鍬を出して畑を耕す。ブラックシープを使えば楽に耕せるだろうが、あえて生身で行う。これは、来たるべきサリヴァンへの復讐のために鍛えるためだ。
冬に育つ作物の種をいくつか貰い、既に植えてある。なのでそこに水を与え、雑草をむしり取る。ちなみに、鍛えるために耕してる畑は何も植えてない畑だ。
ここまでが朝の仕事。次は朝食の支度だ。
湯を沸かし、肉と野菜をふんだんに使ったスープを作り、卵とベーコンを焼いて集落で作られたパンに挟む。俺とアテナはこれで完成。そして数種類の野菜を煮込みすり潰す。こっちはルナの離乳食だ。
ここまで支度をすると、ルナが起きて泣き出す。
「ふえぇ、ふぇぇ〜」
「はいはい、待ってろよ〜」
俺は自室にあるルナのベビーベッドへ。ベッド内にはピンクの羊ファウヌースはグースカ寝てる……こいつ、最近は昼過ぎまで寝てるんだよな。放っておこう。
ルナを抱き上げてあやし、オシメを交換する。
ルナは夜泣きもしないし、オシメが濡れたときや寂しいときしか泣かない。なので常に側にいれば、実に手の掛からない赤ちゃんだった。
「よ〜しよし、ルナはいい子だなぁ〜」
「あぅぁ〜」
「それに比べて······」
俺は自室の隣のドアを開ける。そこには、イビキを掻いて寝てるアテナがいた。
寝間着は乱れ、片方の乳房が露出している。俺はそれを見ないように毛布をかけ直し、ルナを抱っこしたままアテナの身体を揺する。
「おいアテナ、朝だぞ、起きろー」
「ふぅ、んん······んぁ」
「朝飯、できてるぞ。今日はパーンの人たちと山で黒ハゲワシを狩りに行くんだろ? 弓の腕前を見せるって息巻いてだろ? 遅刻なんて恥ずかしいことすんなよー」
「······んぁ、起きる起きる」
アテナは寝ぼけ眼でムクっと起き上がると、ベッドの上で着替えを始めた。
せっかく毛布をかけたのに、上半身裸で手をフラフラ彷徨わせてる。どうやら着替えを探してるらしい。
俺は、アテナを見ないように落ちていた服を差し出し、部屋を後にした。
ルナにご飯を食べさせていると、アテナがバタバタしながら降りてきた。
起こしてからだいぶ時間が経ってる。アテナ用のスープは冷めてしまったので、鍋に戻して再度温める。
「ちょっとアロー‼ もっと早く起こしなさいよーっ‼」
「いや起こしたぞ、お前が二度寝するのが悪い」
「ああもう、パーンの人たちみんな行っちゃったでしょーっ‼」
「はいはい、飯は食べるのか?」
「食べる‼ 早く食べて追っかける‼」
アテナは、ベーコンエッグサンドとスープをかっ喰らうと、剣と弓を片手に出ていった。アテナの身体能力なら追いつけるかもな。
「さて、俺も集落の見回りに行くか······」
見回りもだが、ルナの散歩も。
おんぶ紐を準備してルナを抱っこする。荷物は護身用の剣と水筒くらいかな。
さて、行きますか。
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まず最初に、鉱石採掘の現場に向かった。
ここは主にニケの集落の人たちが中心になって作業している。鉄鉱石や銅鉱石、銀鉱石や宝石の原石など、通常ではあり得ない石が大量に埋まっている。これもルナの力なのだろうか。
作業現場を指揮するのは、ニケの代表であるゲンバーさんだ。
病で倒れてからそんなに日数が経過してないのに、誰よりも忙しそうに働いている。俺は邪魔にならないようにタイミングを見計らって声を掛けた。
「こんにちは、ゲンバーさん」
「おお、アロー君。何か用事かね?」
「いえ、ルナの散歩ついでに、集落を見回ってるんです。何か困ったことはありますか?」
「いや、特にない。それよりも鉱石が大量に採れる採れる。質のいい装備や農具も造れるし、取引材料としても使えるね」
「取引材料……つまり、このマリウス領土で貿易を行うって事ですね」
「ああ。このマリウス領土は、小さな集落が数えきれないくらい存在する。それぞれが独自の技術を持つ集落も珍しくない、取引材料はあった方がいい」
「ですね……」
どうやら、また冒険に出かける日も近い。
ゲンバーさんと別れ、パーンの集落のテントへ行く。そこは魔獣の骨と皮で作られたテントで、ぱっと見は不気味だけど、住人はみんないい人たちばかりだ。
俺はルナを抱っこしながら歩いていると、小さな子供狩人に弓矢の指導をしてる女性を見つけた。
「ん……アローかい」
「こんにちは、ウェナさん」
「ああ。ルナも元気そうだね」
「あぅあ~」
パーンの代表、ウェナティオことウェナさんだ。
豪快な美人でパーン最強の狩人らしい。腕の筋肉なんて俺より太い。
でも、どこか包み込むような優しさを感じる。このへんがアテナとの違いだよな。
「どうした、またミルクが欲しくなったのかい?」
「い、いや……あの、見回りに」
「ああ、さすが領主サマだね。感心感心」
「わわ、ウェナさん……」
ウェナさんは、俺の頭をガシガシなでる。
ウェナさんのこういうところ、実はちょっと苦手だ。なので話を逸らすために視線を子供たちへ。
「狩りの訓練ですか?」
「まぁね。武芸を身につけるのは素直な子供のウチからのがいい。とくに狩人なら弓矢の腕前が命だからね」
「確かに……他の狩人たちは?」
「聞くまでもない、お前の奥さんと狩りに出かけたよ」
「お、奥さんって、アテナは同居人で」
「はは、男女二人同じ屋根の下で子育てしてるんだ。誰がどう見たって夫婦じゃないか。それよりアロー、もうヤッたのかい?」
「ぶっ!? だ、だからぁ!!」
ウェナさんはケラケラ笑い、俺の顔は赤くなる。
子供たちの教育にも悪いし、ここは退散した方がよさそうだ。
そそくさとその場から退散した。
「次は、カナンの人たちかな」
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集落の中央は、カナンの人たちが住んでいる。
俺は集落内を周りながら、一軒の家の前に到着する。ここは集落唯一の医者であるドクトルさんの診療所だ。診療所のドアは解放され、中にはダンディなヒゲのおじさんと、最近出入りするようになった、一六歳くらいの少女がいた。
挨拶しようと診療所のドアの前に行くと、声が聞こえてきた。
「ええと、火傷にはヒノの葉を煎じて火トカゲの血を一滴、そして……ええと」
「それで合ってる。傷に塗り込んでヒノの葉を貼り、ズレないようにサラシで固定だ」
「なるほど……メモメモ」
ドクトルさんに最近弟子入りしたニケの集落の少女、ミシュアだ。
この集落にやって来たとき、ニケの人たちはドクトルさんの健康診断を受けた。そのときミシュアはドクトルさんに惚れ、弟子入り兼嫁として診療所に転がり込んだのだ。
ドクトルさんは最初こそうっとうしがっていたが、最近は自分の知識をミシュアに伝授してる。どうやら自分以外にも医者がいれば、何があっても大丈夫だろうと考えている。
ミシュアは医者の卵兼助手として頑張ってるようだ。挨拶はあとにして、邪魔しないようにしよう。
カナンの集落内は賑わっている。
俺はヌイヌイさんに挨拶したり、忙しそうに鉄鉱石の加工をしてるドンガンさんに挨拶し、最後にゴン爺の家に挨拶に来た。
家の前で、ゴン爺はキセルをふかしていた。
「おお、アロー」
「どうも、ゴン爺」
「よう来た、座れ座れ、おっと」
ゴン爺はルナを見てキセルを止めた。
ちょっと申し訳ないが、ありがたい。
「最近、どうじゃ?」
「最近……普通ですね。仕事してご飯食べて寝て、平穏な暮らしそのものです」
「カッカッカ、平穏か……お前の望みは平穏なのか?」
「もちろん、復讐は忘れてませんよ」
俺ははっきり言った。
この復讐心が枯れることはない。絶対に。
「今は、これでいいと思ってます。ルナとアテナがいて、一緒に暮らして……この集落と人たちのために、出来ることをしていきたいです」
「そうか……なら、今はそれでいい」
「はい……」
ゴン爺はそれ以上何も言わず、俺も黙っていた。
蒼い空と白い雲、緑の匂いと風の音だけがある、この世界。今はこれでいい、平和で穏やかな暮らしがとても居心地がいい。
「ところでアロー……」
「はい?」
ゴン爺はニヤッと笑いながら言った。
どことなく、イヤらしい笑みだったのは間違っていない。
「アテナちゃんとは、もうヤッたんか?」
「………」
俺は無言で立ち上がり、その場を後にした。
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俺が向かったのは、ジガンさんの家だった。
ここにはこの一月、かなりお世話になっている。主にルナ関係で。
家の前でジガンさんが薪を割り、娘のレナちゃんは木の棒を振り回して遊んでいた。
「あ!! おにーちゃんとルナだ!!」
「ん……来たか」
「こんにちは、ジガンさん、レナちゃん」
「こんにちは、おにーちゃん」
レナちゃんは木の棒を持ったまま、俺の足にじゃれつく。
俺はレナちゃんの頭をなでなでして、ジガンさんに向き直る。
「見回りか……領主らしいな」
「いや、領主らしいってか、日課で。みんなの顔を見ないと落ち着かないんです、それにルナの散歩もしたいですし」
「そうか。昼飯は食ったのか?」
「いえ、まだ……」
「食って行け、その子のメシも準備する」
「あ、でも」
「おにーちゃんおにーちゃん、ルナと遊びたい!!」
こりゃ決まりだな。レナちゃんの誘いは断れん。
結局、お昼をごちそうになり、ジガンさんの奥さんであるローザさんに、ルナ用の離乳食レシピをいくつか伝授してもらった。そしてジガンさんの薪割りを手伝ったり、レナちゃんと一緒に昼寝を始めたルナを眺めたり、気が付くと夕方になっていた。
レナちゃんを起こさないようにルナを抱っこして玄関へ。
「すみません、そろそろアテナが帰ってきますんで、失礼します」
「ああ、また来い」
「またいつでも来てね、アローくん」
ジガンさんとローザさんに見送られ、俺は自宅へ。
アテナが黒ハゲワシを仕留めるって言ってたし、今日は鳥の丸焼きなんていい、というかアテナがそうしろって言いそうだ。
自宅に帰り、ベビーベッドにルナを戻す、そしてブラックシープたちにエサを与えると、アテナが帰ってきた。
「たっだいまーっ!! アローアロー、見て見て!!」
「おぉっ!! でっけぇ黒ハゲワシ!!」
アテナは、羽を毟られ血抜きしてある黒ハゲワシの首根っこを掴んで俺に見せた。
黒ハゲワシは、羽を毟っても真っ黒な肉が特徴だ。見た目は悪いが味は絶品。
「えへへ、スゴいでしょ。私の弓で仕留めたのよ!!」
「すげーな、さっすが戦と断罪の女神、惚れ惚れするぜ」
「ふっふーん。じゃあアロー、丸焼きでヨロシク!!」
「おう、任せとけ」
ルナ用に新しい離乳食レシピもあるし、今日は豪勢にいくか。
こうして、俺とアテナとルナは、楽しくも騒がしい夕食を楽しんだ。
夕食後、アテナは庭の裏手で水浴びをすると言い出した。
「アロー、お湯ある?」
「ああ、少し温いけど使えよ。せっかくだしルナも頼む」
「あいあーい」
アテナはルナを連れて外へ。
すると、二階からピンクのモコモコが下りてきた。
『ふぅぁ~~~~……よう寝たわ。アローはん、わてのメシは?』
「お前、もう夜だぞ……起きるの遅すぎ」
『いやぁ、わては夜型で』
「あのな……まぁいいや」
余った黒ハゲワシの肉とスープを出してやると、ファウヌースはがっつき始める。
すると今度は窓がカツカツ叩かれた。どうやら、アテナの友達である白フクロウのミネルバが帰ってきた。こいつ、朝からいないと思ったら、狩りに出かけていたらしい。
『ぴゅいぃ』
「はいはい、ほら」
『ぴゅいーっ!!』
ミネルバは、天上にぶら下げてる専用の止まり木へ。
白いチビフクロウは相変わらず可愛い。というか、少し大きくなった気がする……成長したのかな。
「はぁ、気持ち良かったぁ~……さぁルナ、おねむの時間よ」
「あぅぅ~………」
「お、来たか。じゃあルナを寝かせて、俺も水浴びするわ」
「うん。じゃあ私は寝るね。明日はアローに付き合うから」
「明日は畑をいじる予定だ、それでもいいのか?」
「うん、いいよ。じゃあおやすみー」
そう言って、ルナを抱えたアテナは風のように去って行った。
俺も簡単に水浴びをして寝間着に着替える。ファウヌースは再び眠り、ミネルバは起きているがジッとしていた。構ったら突かれそうだし放っておこう。
さて、俺も寝るか……明日も仕事だ。
「ふぁ……おやすみ」
これが、今の俺の日常。
新しく集落に迎えた人たちや、馴染みある人たちとの日常。
やることはたくさんある。でも、一歩ずつ確実に。
新しい冒険は、すぐそこまで迫っていた。





