39・羊の王ファウヌース
申し訳ありません、遅くなりました。
歩きでの旅は中々キツい。
アテナは剣を振り回しながら楽しそうに歩いてるが、俺は少し疲れていた。
背中には旅のリュックを背負い、胸にはルナを抱いている。アテナは俺より大きなリュックを背負っているが、弱音を吐いたことなど一度も無い。
「アテナ、疲れないのか?」
「ん? 別になんてこと無いわよ。もしかしてアロー、疲れたの?」
「……いや、余裕だ」
「なら行きましょう。予定では今日中に森の入口に到着するのよね?」
「あ、ああ」
ニュンペの森まではあと半日ほどの距離だ。
俺たちが歩く道は街道というよりは『整備された獣道』という表現が正しい。恐らくだが、中型魔獣が何度も行き来をして道が出来たのだと俺は予想した。
踏みしめられた草木に足を取られないように、一歩一歩確認しながら歩く。
俺だけならまだしも、ルナを抱えた状態で転ぶのは絶対に避けなくてはならない。前のめりに倒れでもしたら、ルナが大怪我をする。
暫く歩き日も傾いてきて、ニュンペの森の入口近くまで到着した時だった。
「お、この感じ……今日の夕飯が来たわね」
「マジか……」
アテナは、全ての魔獣を食材としか見ていない。
小型も中型も大型もアテナにとっては全て同じ。美味しい肉かそうでないかぐらいの違いしか無いのだ。
すると、アテナが睨んだとおり、四足歩行の中型魔獣が現れた。
「こいつは『ワイルドバッファ』だ。上質なサシの入った高級肉だぞ」
「むっふっふ……その情報は私を本気にしたわ」
「あぅ?」
「よしよし、これもルナのおかげかな」
実際、出てくる魔獣は高級な食材の魔獣ばかりだった。
肉は全く困っていない。しかも周囲には山菜が豊富にあるので食物繊維にも困っていない。
アテナが強すぎるおかげで、現れる魔獣に対して驚くことは無くなっていた。
「じゃ、頼むぞアテナ」
「任せて。今夜はステーキと……肉鍋ね!!」
「野菜も食えよ……」
俺は近くに生えてる山菜を収穫しようと振り返った。
時間も丁度いいし、ここらで山菜を確保して夕飯の支度と野営の準備をしようと荷物を降ろした時、俺の後ろから『ワイルドバッファ』の断末魔が聞こえてきた。
「アロー、言われたとおり血抜きをしたわよ!!」
「ごくろうさん。じゃあ解体も頼めるか?」
「ムリ、グロい」
「お前な……」
ワイルドバッファの動脈がスッパリ切られ、そこから噴水のように血が噴き出した。
心臓が動いている内はこうやって血抜きをする。
取りあえず肉は置いといて、テントの準備とかまどの準備をする。
火を起こして鍋に湯を沸かし、アテナに言った。
「アテナ、ちょっと山菜を確保するから、ルナを頼む」
「はーい。早く帰ってきてね」
「はいはい」
早く帰ってきてね。つまりさっさと肉を解体して食事の支度をしろって事だ。
アテナの考えもだいぶ分かるようになってきた。
俺はテントから離れないように、近くの藪から林の中へ。
「えぇと……まずは」
山菜と言ってもいろいろある。
野草だけじゃなく、地面の下にある山芋や、キノコなんかがあれば尚いい。
ルナの幸運のおかげで食材にはホント困らない。アテナはともかくルナは女神なのは間違いないな。
「お、これは確か『ウメタケ』か。炙ってタレを付けて食うのが絶品なんだよな」
腐った丸太に生えてるのは、高級食材の『ウメタケ』だ。
鍋の材料にもなるし、軽く炙ってそのまま食うのもいい。
生えてる分を全て収穫し、次の食材を探そうとした時だった。
『ぴゅいーっ!!』
「ん?……なんだ、お前か」
『ぴゅいっ、ぴゅいっ!!』
チビフクロウのミネルバが俺の肩に停まった。
こいつは俺に触られるのを嫌がるくせに、俺の肩や頭には平気で停まる。しかもバカにしたように羽ばたくからタチが悪い。
「なんだよ。腹減ったのか?」
『ぴゅいっ!! ぴゅいーっ!!』
「わからん。ちゃんと喋れって……ムリか」
『ぴゅいーっ!!』
「いででででっ!? 耳を噛むな耳をっ!!」
この野郎。俺の耳をグイグイ引っ張りやがる。
止めさせようと手を伸ばすと、ミネルバはひらりと躱して飛んだ。
『ぴゅいーっ!!』
「あーもうなんだよ!?」
『ぴゅいっ』
ミネルバは羽ばたいたまま林の奥を見ては振り返る。
まるで奥に何かあると言わんばかりの動きだ。
「付いてこいって?」
『ぴゅい』
「うーん………」
『ぴゅいーっ!!』
「うわ!? わ、わかったわかった」
このチビフクロウ、威嚇してきやがった。
仕方ない、気が乗らないが付いていくとしますかね。
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ミネルバに付いて歩くこと数分。
林の中は薄暗く、日も暮れ始めてる事から僅かな時間経過でも暗さを増していく。
ミネルバは相変わらず先に進むし、こりゃ止めるしかない。
「ミネルバ、暗くなってきたしもう帰ろう。アテナが心配する………いや、しないか」
『ぴゅい』
そこは同意なのか、ミネルバは小さく頷く。
するとミネルバは俺の肩に停まった。
『ぴゅ、ぴゅい』
「ん?……あそこ?」
パタパタと肩の上で羽ばたくミネルバ。
俺はここが目的地なのかと周囲を見渡すと、地面に大きな穴が空いているのを見つけた。
周囲は開けてるし、草木が押しつぶされてるような場所……ここはまさか。
「これは魔獣の住処だ……この穴、もしかして」
俺は警戒しつつ穴に近付き中を覗き込む。
穴は深く、魔獣の死骸や骨が散らばっていた。
「やっぱり……これは餌入れだ。おいおいミネルバ、こんな場所に何の用事が」
『た、助けてくれ~』
「え?」
どこからか、声が聞こえた。
まさかと思い穴をのぞき込む。
『だ、だれか助けてくれ~っ、このままじゃ、わては魔獣のエサや~』
変な喋りの男の声だ。
だが、それは男ではなかった。
「え………ま、魔獣?」
『お!? 自分、人間か!! こりゃ神の恵みや、わてを助けてくれや!!』
「しゃ、喋ってる……なに、お前?」
『頼むで~、散歩してたら穴に落っこちてしもうたんや。わては非力で弱い生物なんや、こんな穴登るなんてできへんのや』
「あ、そう……で、お前なに?」
『あぁ、わてはファウヌース。偉大なる羊の王や!!』
「え、ファウヌース?」
穴にいたのは、一メートルほどのモコモコした羊だった。
毛並みは桃色で顔は白く、短い巻き角が二本生えている。
可愛らしくて愛嬌があるが、独特の喋りをしていた。
『兄さん、わてをここから引き上げてくれんか? 礼はするで』
「………えーと」
『なんや迷ってるんか? わては見たままの可愛らしい羊やで? 助けてくれたら礼もするし、わての身体をフカフカしてもええで。だからさっさと引き上げてくれやぁ』
「うーん……なぁミネルバ、お前がここに連れてきたのって……」
『ぴゅい』
『ん?……そのフクロウ、どこかで……』
するとミネルバが穴に降り、ファウヌースの前でホバリング。
ファウヌースはミネルバをジロジロ見ると、ガバッと後ずさった。
『みみみ、ミネルバはん!? ななな、なんでこないな場所に!? じゃじゃじゃあ、まさかアテナはんも居るんか!?』
「アテナなら近くに居るよ。たぶん俺を待ってると思う」
『ほ、ホンマでっか!? なんで女神が人間界に!?』
「いや、いろいろ事情があってな。それに、俺たちの目的はお前だったんだよ」
『へ? わてでっか?』
「ああ。ちょっと待ってろ」
ミネルバがファウヌースの頭の上に着地。
俺は近くの樹に巻き付いていた蔦を剣で切り、穴の近くの樹に巻き付けて即席のロープを作った。
そのロープを伝い穴の下まで降りると、ピンクの羊と対面する。
『うーん……ミネルバはんが居るんなら間違いないなぁ。アテナはんはどうして人間界に?』
「詳しい話は後。とにかくここから出よう」
『へへへ、よろしゅうおねがいします』
俺は背中にファウヌースを乗せてロープで固定。再び蔦を登って穴から這い上がった。
俺の背中から降りたファウヌースは、空気をいっぱい吸う。
『いや~助かったわ。おおきに、兄さん』
「ああ。まさか森の入口でお目当てのヤツに会えるなんて思ってなかったよ。さっそくで悪いけど、メシの支度の途中なんだ、一緒に来てくれるか?」
『もちろんでっせ。わても腹が空いてるんで、よければ……』
「もちろん。話したい事や頼みもあるしな」
こうして俺は、何の苦労もなくファウヌースと出会った。
ルナの影響なのかミネルバのおかげなのかは分からないが、この喋るピンクの羊は話せば力になってくれそうな気がする。
でも、まずは夕飯の支度を急がないとな。
活動報告でも書きましたが、別作品の書籍化が決まりました。
現在改稿を進めておりまして、この作品や別の作品の更新が遅れております。
言い訳になりますが、必ず更新をしますのでお待ちください。
返信は出来てませんが、皆様の感想は励みになっております。
どうか最後までお付き合いください。





