35・新たな目的地
「あ、帰ってきた」
「え」
集落の長の家でのんびりしてると、アテナが言う。
ルナをあやしていた俺は外を見てるアテナの方向を向くと、アテナは窓から身を乗り出すように手を振る。どうやら合図を出しているようだ。
するとアテナの差し出した腕に、真っ白くて小さなフクロウのミネルバが着地。アテナは間髪入れずに頭をウリウリとなでる。
「お疲れ様ミネルバ。大変だったでしょ?」
『ぴゅいぃ……』
「ふふ、ありがとね」
『ぴゅいーっ!!』
「お、おいアテナ」
「ああ、はいはい。これね」
ミネルバの足にはやや太い筒のような物がある。その筒には紐が巻かれ、ミネルバの足にしっかりと固定されていた。俺の書いた手紙には重い物でも運べると記載したが、ミネルバよりも大きな筒をこんな短時間で運んでくるとは……やっぱり凄いな。
アテナは紐を外すと、筒を俺に差し出してきた。
「はい、どうぞ」
「よし、どれどれ……」
俺はさっそく筒を開けて中の手紙に目を通す……よし、やっぱり思った通りだ。
ニヤリと笑った俺を見て、アテナは理解したようだ。
「ゴン爺、受け入れてくれるの?」
「ああ。しかもこの集落に救援隊を送ってるみたいだ。その人達が合流したら集落に出発するって」
「へぇ……じゃあ、これで私たちも帰れるのね」
「…………いや」
手紙に書かれていてのは、それだけではなかった。
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俺は手紙を持ってゲンバーさんの元へ行く。するとゲンバーさんは農機具を一纏めにしていた。俺とアテナの姿を見ると、優しそうに微笑む。
「やぁ領主様、何か?」
「はい。集落から手紙が届いたんです。移住の件はこれで解決されました」
「おぉ!! それはいい。これで問題は1つクリアか」
俺は手紙をゲンバーさんに差し出す。するとゲンバーさんはその手紙をじっくりと読み、少し難しい顔をした。
「ふむ………家畜の問題と住居の問題か」
「ええ。移住自体には賛成ですが、皆さんの住む住居の手配と農業用の家畜が足りないそうなんです。なので集落では男性が採掘業と開墾、女性が農作業の補助を務めて欲しいと。住居は簡易的な藁小屋なら作れるが、本格的な建物はやはり時間が掛かるとの事です」
「うむ。仕方ない……だがやはり畑は必要だな。アロー君の集落には一気に五十人の住人が増えるんだ。食料の心配が出てくるな……」
「はい。なので家畜が必要になりますね。食用と農業用、乳牛も居ればありがたいんですが」
「………家畜か」
俺とゲンバーさんが話してる横で、アテナはルナを抱っこしていた。アテナが抱っこするとルナはギャンギャン泣くが、アテナの肩にミネルバが留まっている時だけ静かに抱かれている。
「ねぇルナ、赤ちゃんだから私の記憶がないの? うーん……肉体が未成熟だから思考力も低いのか。なら大きく成長すれば私のことも思い出す?」
「あぅー?」
「うふふ、まぁ人生は短いけど、そのうち喋れるわよね。その時はたーっぷりお仕置きしてあげないとね」
「あぅぅ、あは」
「いたたっ、ちょっと、髪の毛引っ張っちゃダメ!!」
『ぴゅいぃ』
そんな平和な光景を横目で見てると、ゲンバーさんが思い立ち、荷物の中から一枚の羊皮紙を取りだした。それを机の上に広げると、指で一点を指す。
「見てくれ、ここがニケの集落。そしてここが『パーンの集落』だ」
「パーン?」
「ああ。ここは牧羊や家畜の飼育が盛んな集落だ。取引こそ少なかったが親交はある、ここに頼めば家畜を分けてくれるかもしれん」
「なるほど………でも、対価がないと」
「ああ。そこが問題だが、アテナ君が居れば問題ないだろう」
「え、アテナ?」
「ああ。『パーンの集落』の家畜は小型魔獣でね、乳製品などは全て魔獣の乳を加工して作ってる」
「ま、魔獣の!?」
「ふふ、品質は全く問題ない。むしろ一般的な家畜より栄養価が高い。肉体労働をする我々には持って来いの家畜となるはずだ」
「なるほど。でもアテナの出番ってのは?」
「ああ。対価が必要なら彼女に狩ってもらえばいい。それこそ価値のあるような『特殊魔獣』をね」
「と……特殊、魔獣!?」
それを聞いて、俺は驚かずには居られなかった。
『特殊魔獣』は伝説級のレア魔獣。文献にのみ存在すると言われた存在すら疑われてる魔獣で、見た者の証言しか見つかっていないので存在すら疑われてる魔獣だ。
痕跡ですら過去に数例しか見つかっていない。それほどレアな魔獣を対価に家畜を分けてもらうと言うのか。
「あ、あの……お言葉ですが、特殊魔獣なんて」
「いる。ここから西の『ニュンペの森』にファウヌースと呼ばれる羊の王が住んでいる。奴を捕獲、または討伐をして部位を土産にすれば、きっと家畜を分けてくれるはずだ」
「ひ、羊の王……それって、強いんですか?」
「わからん。噂では神に仕える獣と言われてる。だがアテナ君なら……」
「まぁ……確かに」
俺とゲンバーさんはルナをあやすアテナを見る。
大型魔獣ですら片手で一刀両断するアテナだ。羊の王くらい余裕だろう。
「……わかりました。じゃあ俺とアテナは『ニュンペの森』を経由して『パーンの集落』へ向かいます。家畜を貰ったら集落へ連れて行きますから」
「ああ、頼む」
こうして、新たな目的地は決まった。集落には帰らず先に進む。
ゲンバーさんは俺の持っていた地図に新たなルートを記入した。余白だらけの俺の地図が少しだけ色付いたのが何故か嬉しかった。
俺とアテナとルナは家に戻り、今後の方針を話す。
「えーっ!! じゃあ帰らないで先に進むの!?」
「ああ。家畜が足りないらしいからな、先にある集落に掛け合って家畜を分けて貰う。そこでお前の出番だ」
「へ? 私の?」
「ああ。家畜はタダで貰えないから対価が必要なんだ。そこでアテナに特殊魔獣を討伐してもらってそれを土産にしたい」
「へぇ、特殊魔獣ねぇ……それって大型魔獣より強いの?」
「わからん。殆ど幻の魔獣だからな、強いか弱いかもサッパリだ」
「ふぅん」
「まぁルナもいるし会える予感はする。名前はファウヌースって言うんだけど、知ってるか?」
「ファウヌース?………ああ、『落神獣』ね。まさかこの世界でその名前を聞くなんて思わなかったわ」
「……は? らく、しんじゅう?」
「ええ。簡単に言うと神界にいた神獣が、何らかの形で人間界に落ちちゃったのよ。私たち神様は人間界にあまり干渉出来ないから基本的には放置してるわ」
「お、おいおい、そんなヤバい魔獣なのかよ!?」
「別に平気よ。神獣もバカじゃないし、人間に危害なんて加えよう物なら、私が黙っちゃいないからね」
「ええと、じゃあ平気なのか?」
「ええ。私たち神様が人間界に干渉出来るのは、命を生み出す時とそれぞれが司る役目を果たすときだけ。私だったら断罪、ルナだったら幸運みたいにね。だから偶発的な事故で落ちた神獣には干渉できないの」
「…………」
よく分からんが、とにかく平気なのか?
アテナは俺の顔を見ながらヤレヤレといった感じで首を振る。
「ま、理解しなくてもいいわ。とにかくファウヌースは平気よ、殺しは出来ないけど説得すれば一緒に来てくれるかも」
「せ、説得?」
「うん。神獣には意思があるからね。ミネルバだってそうでしょ?」
『ぴゅい』
「いやまぁ……うん」
ミネルバはアテナの肩の上で鳴く。確かに意思疎通出来るようだ。
「ファウヌースなら小型魔獣程度なら使役出来るわ。集落に連れて行けば周辺の小型魔獣を家畜に出来るかもよ」
「そ、そうか……」
「なによ、信じてないの?」
「………頭がパンクしそうなんだよ」
とにかく、何とかなるって事だけはわかった。
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翌日。俺とアテナとルナは旅支度を済ませ、ゲンバーさんに挨拶をする。
「申し訳ないアロー君。キミに全て任せる事に……」
「いえ。ニケの代表としてゲンバーさんは必要な人です。それに俺は領主ですから、パーンの集落にも挨拶に行かないと」
「ははは……そうだな」
俺とゲンバーさんはガッチリと握手を交わす。
「ジガンと言う人が護衛で来ますので、この手紙を渡して下さい。その人が代表です」
「わかった。くれぐれも気を付けてくれ。アテナ君も」
「もちろん。みんなも気を付けてね」
「必ず家畜を手に入れてきますから。集落で待ってて下さい」
「ああ、頼むよアロー君」
俺とアテナとルナは、ニケの住人に見送られて出発した。
目指すは『ニュンペの森』だ。そこで神獣ファウヌースを説得して力を貸して貰う。
「………よし」
「あぅー」
俺は力強く頷き、胸元のルナを優しくなでた。
次回、リューネ視点





