25・アーロン
セーレ領土ハオの町は、全ての住人が1つとなり、アスモデウス家の支配に抵抗していた。
アスモデウス家が送ってきた領主代行は、着任早々町の人間に挨拶もせず、いきなり税を倍近くに値上げして領民の不満を買った。
それだけに留まらず、アスモデウス家が寄越した鉱山発掘の作業員たちは町で好き勝手をした。
酒場では金を払わず飲み食いし、アスモデウスの後ろ盾を使い店の商品を横取りしたりとやりたい放題。
しかも騒ぎを起こすと必ずセーレ領民が悪者にされ、領民たちの不満は爆発寸前だった。
領民の誰もが嘆き、悲しんだ。
亡き領主ハイロウ。そしてハイロウが亡くなり追放されたアローの事を。
ハイロウは過度な税の取り立てなど一切せず、税の支払いが遅れてる家庭などからは自ら立て替えたりもした。
もちろん、立て替えられた家庭は何があろうとハイロウに返金をした。
アローは父の意思を継ぎ、領主として頑張ろうと必死だった。
ハイロウが亡くなり辛いはずなのに、領主として領民たちに頭を下げて挨拶をした。ハオの町の住宅一軒一軒を訪問し、領民の顔を見て挨拶をしたのである。
だからこそ、アローがアスモデウス家の機密を盗んだなんて、誰も信じなかった。
優しくて誠実なアローが、犯罪に手を染めるなど誰も思わなかったのである。
そんな中、1人の男が立ち上がった。
彼はハイロウを支えた執事であり、ハイロウの親友と言っていいほどの男だ。
名前はアーロン。後のセーレ領主代行である。
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アーロンは、アローが追放される前からハイロウの死に不信を感じていた。
子供の頃からの付き合いだから分かる。ハイロウはやんちゃ坊主で怪我は良くしたが、病気らしい病気は1つもしない健康体だ。
何の前触れもなく倒れ、徐々に衰弱していくことに、ずっと不信感があった。
アローが追放された後、アスモデウス家の領主代行であるサリヴァンが到着し、アーロンはいきなりクビになった。
アーロンだけではない。セーレ家に使えていた使用人は、若い女性を除いて殆どクビになったのである。
いきなりの横暴にアーロンは怒り、ずっと続けていたハイロウの調査をしながら街の有志に声を掛けて人を集めた。
サリヴァンが去り、アスモデウス家から領主代行がやって来たが、それはろくでもない人間だった。税を上げ、アスモデウス家から連れて来た作業員たちばかり優遇し、聞き覚えのない鉱山の採掘の労働者を、半ば強制的に募りだしたのだ。
町の人間たちの怒りがピークに達した頃、アーロンはついにハイロウの死の真相を知った。
全ての犯人は、ハイロウを診察した町の医者。彼が毒を盛っていた事を突き止めたのだ。
使用人の1人であるメイドが、医者が毒を水に溶かす瞬間を目撃していたのだ。
そのメイドは金を掴まされ、黙るように命じられていたが、罪の重さに耐えきれずにアーロンに告白した。
その医者は何食わぬ顔でハオの町で診療を続けており、アーロンは怒りを堪えながら医者の元を訪れた。
執事として鍛えられ、ハイロウを支えたアーロンは、慌てることも狼狽えることもない。それは主を支える執事として、支える立場の人間が揺れる訳にはいかないからだ。
アーロンは少しずつ追及をする。証拠はないのでメイドの証言を話し、当時の事を説明する。その上で医者を尋問し揺さぶりを掛けた。
「す、すまない‼ 金に目が眩んで······」
すると、あっさりと吐いた。
長年の付き合いや絆より、この医者は金に目がくらんだ。金を欲した理由は、娘を他領土へ行かせ医学をきちんと学ばせるための資金だと分かった。
ハイロウとはよく酒を飲んだ仲でもあるのに、この医者は娘のために手を汚した。
「すまない、すまないっ‼ すまないハイロウ······すまない······」
「·········」
アーロンは、床に頭を擦り付けて医者を、これ以上責める気になれなかった。
責めたところでハイロウやアローは戻らない。何より、ここで医者を責めて晒したところで、きっとハイロウは喜ばないと分かっていた。
長い付き合いだから、そんな事まで分かってしまった。
きっとハイロウが生きていたら、仕方なく笑って許すのが目に見えていた。
だからハイロウではなく、アーロン自身の言葉を叩きつける。
「ハイロウ様はきっと貴方を許すでしょう。しかし、ハイロウ様を殺して手に入れたお金で医者になった貴方のご息女は、どう思うでしょうか」
それだけ言うと、アーロンは診療所を出た。
項垂れる医者に、アーロンの言葉が届いたどうかは分からない。
アーロンは、振り返らずに立ち去った。
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アーロンは町の有力者たちを集め、全ての経緯を説明した。
医者の事を伏せ、毒を盛られただけと伝えたのは、アーロンなりに医者のことを考えたからでもある。医者は変わらず診療を続けていたし、町人からも慕われていた。
話し合いの結果。町人たちの心は1つになった。
「アスモデウス家を、セーレ領から追い出すぞ‼」
「この町······いや、この領土を取り返すぞ‼」
「みんな、立ち上がる時だ‼」
この瞬間、町人たちの反乱が始まった。
有力者たちが声を掛け、町人たちによるデモが始まる。
これは果たしてアミーによる『不幸』なのか、答えは誰にも分からない。





