14・集落の掟
下着一枚になり、ボロボロの服は処分。お湯を貰い身体を拭き、改めて肩に薬草の塗り薬を塗り込み包帯を巻く。
ジガンさんのお古の服を貰い、臭い身体からようやくおさらばした。
「うん。似合ってるわね、少しサイズが大きいけど我慢して。後で縫い直してあげる」
「あ、ありがとうございます」
「アロー、これも持っていろ」
「はい。これは······剣、ですか?」
「ああ。集落の鍛冶屋が打った剣だ。オレには細すぎて使えん、お前にやろう」
「おお······ありがとうございます」
手渡されたのは、細い片刃の剣だった。
一般的な剣は両刃のロングソードで重量もそこそこあり、主に叩きつけるように振るうのが基本だが、ジガンさんに貰った剣は片刃で細く軽い。
まぁ、使う機会はないだろうし、護身用としてなら丁度いい。
貰ったベルトに差し、最初に貰った解体用ナイフをジガンに返す。
「さて、まずは食事だ。それが終わったらゴン爺のところへ行くぞ」
「ゴン爺?」
「ああ。この集落の長だ。これからどうするにしろ、挨拶だけはしておけ」
「は、はい······ん?」
くい、とズボンが引っ張られた。
視線を下げると、小さな女の子が俺のズボンを引いている。
「ああ、紹介しよう。オレの娘のレナだ」
俺はしゃがみ、目線を合わせる。
小さな子供は嫌いじゃない。変な意味じゃないぜ?
「こんにちは。俺はアロー、よろしくね、レナちゃん」
「こんにちは、レナです、よろしくお願いします‼」
ぴっちりとした自己紹介だ。
単語の1つ1つを丁寧に喋り、キチンと頭を下げてる。
レナちゃんはローザさん似なのは間違いない。ジガン要素がないように見える。
俺はレナちゃんの頭をなでると、レナちゃんはにっこり微笑んだ。
「さてローザ、食事の支度を頼む」
「任せて。お昼だけど肉を焼くわね」
ローザさんはキッチンに消え、ジガンさんはレナちゃんを抱っこして椅子に座る。
ジガンさんに促され、俺も椅子に座った。
「さて、集落のことを説明しておこうか」
「お願いします」
ジガンさんは、俺が知りたいことを話してくれた。
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マリウス領土は魔境って聞いたけど、蓋を開けると知らない事だらけだ。
元々が断崖絶壁に囲まれた領土で調査が不十分ってのもあったし、送り込んだ調査隊がたまたま大型魔獣に出くわした。そして生還した調査隊員が報告した事実によって、ありもしない噂が飛び交ったのかもしれないな。
だけど、大型魔獣が普通にいるのは事実。
大型魔獣なんて、72の領土でも、年に数回しか出現の報告は聞いてない。
この集落は、マリウス領土に無数に存在する集落の1つで、暮らしてるのは30人ほどの小さな集落だ。
集落の大きさはバラバラで、大きい所でも100人程度。それぞれの集落でやり取りすることもあれば、全くの自給自足で生活する集落もあるらしい。
この集落は後者。正確には、やり取りの出来る集落が近くにない。なので、狩猟や農業で生活をしてる。
ジガンファミリーは、ジガンさんが狩猟でローザさんが家事と小さな畑をやって暮らしてるらしい。
生まれも育ちもマリウス領土。生粋のマリウスっ子だ。
「······マリウス領土に人が住んでるのは分かってましたけど、みんなバラバラに住んでるんですね」
「まぁな。昔からそうらしいが、詳しいことはわからん。それとここ他の領土と違い、ここは大型魔獣が多く生息する。何の対策もなしに入ればあっという間に魔獣のエサだ。現にオレは、何度も死体を見てる」
怖すぎるだろ。
セーレ領でも、大型魔獣なんて見たことがないぞ。俺が知る限り中型魔獣が過去に1度だけ出たらしい、それでも討伐団が100人規模で編成されて、犠牲を出しつつようやく討伐出来たほどだ。
「集落のやり取りは、基本は物々交換だ。肉や薬草はもちろん、魔獣の素材や鉄鉱石なども好まれる」
「鉄鉱石?」
「ああ。集落の鍛冶屋が武器防具や農具を作る。魔獣の骨などを加工して鎧を作ったり、革を加工して服やカバンを作ったりな」
じゃあ、俺が着てる服や剣もこの集落原産の物か。
そこまで喋ると、ローザさんが食事を運んできた。
「話はそこまでにして、お昼にしましょう。アローくんの歓迎と、心配をかけたジガンの帰宅祝いよ」
「······うぐ、す、すまんな」
「あ、ありがとうございます」
バツの悪そうなジガンさんは、レナちゃんを手作りの子供椅子に座らせた。
「おぉっ‼」
「わぁ、ごちそうだぁ‼」
俺とレナちゃんは、思わず声を出した。
メインは丸々と太らせた七面鳥だ。どうやら血抜きをしていたらしく、俺の祝いはともかく出す予定だったらしい。
エサが良かったのか、普通の七面鳥より大きく見える。
付け合せのスープに、小麦も育ててるんだろうかパンもある。
「さぁ、遠慮なく食べてね」
ローザさんが七面鳥を取り分け、俺の皿の上に。
腹も減っていたので、俺は遠慮なく齧る。
「·········うまい」
食感は弾力があり、噛めば噛むほど良い味がしみ出してくる感じだ。部位によって味が濃厚で、手が止まらない。
「ふふ、いい食べっぷりね」
「ああ、オレも負けてられん」
「レナもー‼」
温かい食事、温かい家族。
失い、彷徨い、孤独だった俺の心に染み渡る。
肉を咀嚼してると、視界が滲んで来た。
「······あら」
「······」
ローザさんとジガンさんが俺を見る。
レナちゃんが、心配そうに声を掛けてきた。
「おにーちゃん、オナカいたいの?」
「······いや、ちがうよ」
「でも、泣いてるよ? いたいの?」
「ううん、嬉しくても、涙は出るんだ」
七面鳥は、綺麗な骨だけになった。
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涙を拭い、食事が終わる。
一息付いてゴン爺という長の元へ向かった。
「······大丈夫か?」
「はい。すみません、心配かけて」
なんか俺、泣いてばっかだな。
いろんなことが有り過ぎて、涙腺が緩くなってる。
そしてゴン爺の家に到着。
見た目は普通の丸太の平屋だ。
ジガンさんはドアをノックして返事を待たずに開ける。
するとそこには、キセルを吹かす老人がいた。
ツルツルのスキンヘッドにモッサモサの顎髭をした、70歳くらいの老人だ。だが、不思議と弱さは感じない。
「ゴン爺、新しい移住者だ」
「聞いとるよ。まぁ座んな」
まるで待ち構えていたような態度だ。
普通なら、返事もしてないのにドアを開けたことを怒ってもおかしくない。
ゴン爺は、俺をじっと見てる。なんか怖いな。
「え、あの」
「アロー、まずはお前の事情を話せ」
「······はい」
俺は全ての事情を説明した。
セーレ領土、サリヴァン、リューネとレイア、そしてモエ。
話していると、再び怒りがこみ上げる。
「なるほどのぅ······」
ゴン爺はそれだけ言うと、タバコを吹かす。
「それで、お前さんはどうしたいんじゃ? 復讐か? それとも全て忘れてここで暮らすか?」
「······」
サリヴァンを殺したい気持ちはある。
リューネとレイアをぶん殴りたい気持ちはある。
だけど、俺一人ではアスモデウス領土へ行くことも出来ない。
ここで暮らすのも悪くない。
だけど、父上を毒殺されて、セーレ領土を奪われて、何事もなかったかのように忘れて、安寧の日々を送るなんて、俺に出来るだろうか?
「·········わからない」
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「ふぅむ。なら······復讐したい気持ちを忘れず、ここで暮らすのがよかろう」
「え」
「まぁ、いずれ復讐の気持ちが薄れるかもしれんし、ふとしたきっかけで復讐のチャンスが来るかもしれん。まずはしっかり考えるんじゃ」
「は、はぁ······」
な、なんか適当じゃね?
「焦っても仕方ない。まずは生きて力を付けるんじゃな。お前さんがどんな答えを出そうと、その時まではこの集落の仲間じゃ。それに、マリウス領土の領主でもあるからのぅ」
ゴン爺は、キセルを吹かしながら言う。
なんか、楽しそうに聞こえるな。
「ジガン、確か集落の外れに空き家があったはずじゃが。手入れをすれば使えるかの?」
「······オレの家でも構わんが」
「アホたれ。小僧は一人で考える時間が必要じゃ。それに、お主もローザとの夜の情事を知られたくはあるまい?」
何言ってんだこのジジィ。
ジガンさんが無表情でゴン爺を見てるしよ。
「よし。では今日の夜は小僧の歓迎会じゃ。それぞれ肉や酒を持ってワシの家に集合じゃ‼」
「わかった。皆に伝える。家屋の手入れは······」
「集落にいる若い衆総出でやればすぐ終わる。ワシは小僧と少し話すから、後は頼むぞ」
「······わかった」
そう言うと、ジガンさんは出ていった。
「さて、せっかくだし聞きたいことはあるかの」
「聞きたいこと······」
うーん、そう言われても。
現状を理解するのだけでも精一杯だしな。
「ま、わからんことは何時でも聞け。それと、この集落の掟を教えておく」
「掟?」
「うむ。『助け合い、決して仲間を見捨てるな』じゃな。これだけは守ってくれ」
「わかりました」
助け合い、決して仲間を見捨てるな。
仲間とは、この集落の人たちだろう。
これから俺は、この集落で生活を始める。
考えることは山ほどある。もちろん、サリヴァンに復讐したい気持ちもある。
だけど、まずは生きなくちゃならない。
これからのことを考えながら、精一杯の力で生きてみよう。
そして、俺は新しい出会いに恵まれる。
赤ちゃんを抱いた少女と、もうすぐ出会う。
その出会いにより、マリウス領土は変わっていく。