12・ジガン
肉を食べ終え、俺は元気を取り戻した。
気になることはいくらでもあるが、まずは頭を下げる。
「助けていただき、ありがとうございました。貴方がいなければ、俺は死んでました」
男性は俺をジロジロ見て言う。
「気にするな………お前は身なりからして貴族か? ずいぶんボロボロだが」
「······はい。アローと申します」
「そうか。オレはジガン、たまたま狩りに来てお前を見つけた。あそこでオレが来なかったらお前はグレーウルフのエサになっていたぞ」
「······あの、聞きたいことが」
「ふ、外から来た人間には未知の領域だ。知りたいことや聞きたいことは山ほどあるだろうな」
ジガンと名乗った男性は、30代半ばほどだろうか。
厳つい顔に短く切り揃えられた髪、全身が鍛え上げられ、その上から鉄の胸当てを装備してる。
ジガンの後ろの壁には、大きな大剣が立てかけてあった。
俺から見たジガンは、傭兵のイメージだ。
だけど恐怖はない。むしろ温かく優しい近所のおじさんみたいな雰囲気を感じる。
「えっと、ここ······どこですか?」
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「ここはお前の倒れていた草原近くの岩場だ。岩場の隙間と言った方が正しいな」
確かに、洞窟と言うよりは岩場の隙間だ。
これなら魔獣が襲ってきても死角はない。だが逃げ場がないということでもあるが、この人の自信からすると、逃げる必要がないくらい強い人なのかも。
「ここは、マリウス領……ですよね」
「そうだ。72の地域で未開発の地域。そして最も恐るべき地域だ」
ジガンは荷物の中から瓶を取り出し、中の琥珀色の液体をカップに注ぐ。
「お前も飲むか?」
「い、いえ……」
「そうか。では酒の肴にお前の話を聞かせてくれ。助けた礼と思って気軽に話せばいい」
「………」
気軽に話せって……けっこう重い話だ。
アスモデウス領の未来の為にセーレ領の没収されたこと、婚約者を寝取られ、可愛がっていた婚約者の妹とメイドも奪われたこと、父親を毒殺され無実の罪でこのマリウス領に放り出されたこと。
俺は全てを話し……拳を握り締めていた。
「………そうか」
「………は、いっ!!」
「で、これからどうする?」
「…………」
これからの予定。
そんな物はない………いや、ある。実現不可能なだけだ。
俺は、この怒りを忘れることが出来ない。
「俺は……サリヴァンを、ぶっ殺したい……ッ!!」
煮えたぎる怒りが、言葉となって出た。
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「サリヴァンだけじゃない。アスモデウス領をぶち壊したい。あの町を、サリヴァンの全てを破壊したい。サリヴァンの頭を踏みつけて、脳ミソが出るまで踏みつけてやりたい。サリヴァンだけじゃない、リューネとレイアもモエも、顔面が変形するぐらいぶん殴ってやりたい」
ドロドロと俺の中から何かが溢れてくる。
醜い液体が、身体中の穴から出てくるような不快感。
だけど止まらない。言葉がトマラナイ。
「落ち着け」
「っ!!」
「お前の怒りは分かった。だが、どうすることも出来ない。お前1人では、立ち向かうことも出来ない」
「………」
俺は、命の恩人のジガンを睨む。
この人が間違っていないのはわかる、だけど俺の感情は暴走していた。
「だったら……どうしろってんだ」
「知らん。オレは事実を言っただけだ。それに、お前1人じゃこの領土から出ることも出来ない。断崖絶壁で立ち往生して、そのまま魔獣のエサになるのがオチだ。今回はこの平原で最弱のグレーウルフが相手だったからよかっただけだ」
琥珀色の液体を飲みながらジガンは言う。
きっと強い酒なんだろう。香りが俺の傍まで漂ってきた。
「俺は……どうすれば」
「………」
自分の無力が恨めしかった。
こんなにも弱い自分に絶望した。
ジガンはカップを空にすると、一息ついて言った。
「明日、オレの住む集落に連れて行ってやる。そこでゆっくり考えろ」
「……え?」
「力を付けてアスモデウス領に復讐するのもいい。全てを忘れて集落で生活するのもいい。どうするかはお前の自由だ」
「しゅう、らく?」
「ああ。マリウス領には大きな国はないが、小さな集落は無数にある。その内の1つに、オレの住む集落がある。そこでよければ案内しよう」
「………なんで」
「ん?」
「なんで、そこまで……」
ジガンに取って、俺はただの行き倒れだ。
そこまでする理由はないし、こんな17歳の子供なんて放っておけばいい。
だが、ジガンは微笑んだ。
「人を助けるのに理由はいらん。お前の境遇には同情するが……元気を出せ。どんなに辛くても、明日は来る。いつだって今日を生きるしかないんだ」
その言葉は、俺の中にストンと落ちた。
久しく向けられなかった、優しさに溢れていた。
「………う、うぅぅ」
「泣くな。水分がもったいない」
ジガンは、優しかった。
全てを失った俺の心を、慰めてくれた。
ジガンの存在が、父上と重なって見えた。
どんなに辛くても、明日は来る。
いつだって、今日を生きるしかない。
これから先のこと、じっくりと考えてみよう。