最終話・超辺境の領主アローの生活
最終話です。
アテナは、双子の男児を出産した。
兄はエリクト、弟はニオスと名付け、兄はマリウス領地、弟はセーレの後継者として育てることに。
アーロンに報告、そして父上の墓前にも報告……アーロンは感極まって泣いていた。
そして、アーロンに報告するために向かったセーレでレイアと再会した。
レイアはすでに結婚、二児の母親になっていた。
今でも、セーレ領主邸でメイドをして暮らしている。父親は街で知り合った大工らしいが……俺と同じ年代で、真面目な若者だった。
まあ、レイアは幸せそうだ。挨拶したが、俺のことを完全に忘れていたけどな。
そして、双子を産んで三年後……アテナはなんと、さらに双子を出産した。
しかも今度は女の子の双子だ。
姉をアイギス、妹はパラスと名付けた。
成長したルナが二人を可愛がり、お姉さんとして接しているのがまた可愛らしい。
そして、ルナ。
ルナは成長し立派な少女となったが……女神としての記憶は戻らなかった。
どうやら、女神としてのルナではなく、人間としてルナの人格が形成されたそうだ。なので、ルナが死んだ時、女神としてのルナが神界へ帰る……らしい。正直よくわからない。
そして……リューネ、モエ。
俺はリューネとモエ、二人と関係を持ち、二人にも子供が生まれた。
リューネは男の子、モエは女の子を出産……貴族だし、一応は側室が認められている。というか……マリウス領地では普通に重婚している部族も多かったし、誰も気にしていない。
俺も、三十代半ばになった。
今ではマリウス領地の領主として、大都市となりつつあるカナンをまとめている。
マリウス領地の各地に調査隊を派遣した結果、どうやらマリウス領地にあるほぼすべての集落が、カナンに合流したようだ。
他領地との交流も活発化し、マリウス領地はまだまだ大きくなるだろう。
俺は、幸せだった。
◇◇◇◇◇◇
ある日。
俺は、カナンで作られた酒を持ち、ジガンさんの元へ。
ジガンさんの家は建て直しされ、大きくなっていた。
娘のレナちゃんが結婚し、夫婦で住んでいる。子供も生まれ、思い切って増築したそうだ。
ジガンさん、もう六十歳になるが、相変わらず筋骨隆々でたくましい。
今日も、裏庭で薪割りをしていた。
「ジガンさん」
「……アローか」
この無愛想も、出会った時から変わらない。
俺が酒を見せると、薪割りを止めて近くの椅子へ。
木のカップを二つ用意し、俺は酒を注ぐ。
「……最近、どうだ?」
「相変わらずです。子供たちは元気一杯ですし、アテナもリューネも狩りで大活躍。モエは俺の秘書を引退して子供の面倒見てます。ルナは学校の先生として子供たちに教鞭振ってますよ。変わらないのは……」
指笛を吹くと、上空からミネルバが飛んできた。
そして、俺が差し出した腕に止まると、俺の頭を翼でべシベシ叩く。
「こいつくらいです。未だに、触らせてくれないし……子供たちには触らせるくせに」
『ホォルルルルル』
ミネルバ、すっかり大きくなり、片腕で支えるのは正直キツイ。
しかもこいつ……どこで見つけてきたのか、番のフクロウを連れてきてみんなを驚かせた。今じゃ屋敷の外に専用の小屋があり、ミネルバの子供であるフクロウが五羽ほどいる。まだ小さなミニフクロウたちで、子供たちのお人形と化しているがな。
「オオカミ家族たちも増えて四十匹くらいいるし……本当に、毎日騒がしいです」
ああ、変わらないのはミネルバって言ったが……ファウヌースも変わらない。
あいつ、もう十年以上、食っちゃ寝生活してでっぷり太ったんだよな。体形は変わったがマイペースなところは変わらない。
「……変わらないことは、悪いことだけじゃないな」
「ええ。初めて来たときはすごい辺境でしたけど、今じゃ大都会ですし……」
「ふ。生活が楽になったのはありがたい」
以前は、冬になると備蓄の心配ばかりだったが、今はない。
他領地との交流は、生活を豊かにさせた。
俺は酒を飲む。
「こんな生活が、ずっと続けばいいですね」
「……ああ」
俺はジガンさんのカップに酒を注ぎ、乾杯をした。
◇◇◇◇◇◇
マリウス領地の領主になって、四十年が経過した。
子供たちはセーレ、アスモデウスへ。今では領主として立派に治めている。
俺も、娘のアイギスに領主を譲り、アテナ、リューネ、モエと四人で静かに暮らしていた。
アテナも年を取ったが、老いたのは身体だけで、心は変わっていない。
「はぁ~、今日もいい天気ね。ねえ、どこか行かない?」
「勘弁してくれ。最近、膝の調子が悪くてな……ゲホッ、ゲホッ」
「……あんた、最近咳ばっかりね。大丈夫? 寿命?」
「……そうかもな。でもお前、寿命とか言うなよ……ははは」
こいつは本当に変わらない。
すると、リューネとモエがお茶の用意をしてくれた。
「さ、お茶にしましょう。あなた」
「ああ、ありがとうな」
モエが淹れてくれたのは、薬草茶。
リューネはアテナに言う。
「アテナ。あなたはいつまでも若々しくて、羨ましいわ」
「そう? まあ、私は女神だしね」
女神、か……。
ルナは結局、女神の記憶が戻らなかったし……今じゃ結婚して一児の母だ。
アテナが死んだら、神界に戻る。
死ぬ時が……本当のお別れか。
「なあ、アテナ」
「なに?」
「……俺さ、お前に出会えて幸せだったよ」
「なにそれ。寿命じゃあるまいし、そういうのは死ぬときでいいわよ」
「……ははは」
この別れの言葉から十日後……俺は、この世を去ることになる。
◇◇◇◇◇◇
◇◇◇◇◇◇
夢を見ていたような気がする。
俺が入った棺桶で泣くリューネ、モエ、ルナ、そして子供たち。
アテナは泣いていない。
意外だったのは、ミネルバが俺の棺桶に止まり、悲し気に鳴いていたことだった。
『ああ、死んだのか……』
不思議と、意識はあった。
意識だけというか、身体はない。
ふわりとした意識だけがあった。
『ああ、幸せな人生だった』
俺は、生きた。
かけがえのない、俺の人生。
女神たちと一緒に、マリウス領地の領主として、毎日が楽しかった。
意識が消えそうになる……見えるのは、俺の墓前。
誰だろうか? 俺の墓前に、花を添える子供がいた。
そして、お墓が増えた……誰のだろうか?
目まぐるしく、景色が切り替わっていく……夢、だろうか。
『───……』
まあ、いいさ。
俺の愛する妻たち、そして子供たち……どうか、幸せに。
俺は意識が消えるのを感じ……もう、何も考えなかった。
◇◇◇◇◇◇
◇◇◇◇◇◇
───……。
───……っ。
───……る?
───……ーい。
───……………い!!
◇◇◇◇◇◇
◇◇◇◇◇◇
『───…………ーい!! おーい!!』
◇◇◇◇◇◇
◇◇◇◇◇◇
「おーい!! 起きなさーい!!」
「っ!? っふぁ、あ……あ?」
「やっと起きた。ほら起きて」
叩き起こされた。
何が起きたのか?
『俺』は自分を見た。
手があり、足があり、顔があり、身体がある。
ここにいるのは、『俺』だ。
「……え?」
「なに寝ぼけてんのよ」
近くには、女がいる……女?
見覚えがある。俺は、口をパクパク動かし、声を出した。
「……あ、てな」
「ええ、アテナよ」
「……お、れは、アロー……?」
「そ、アロー。十二年前に死んだアローよ。あー大変だった。リューネとモエの『魂』を拾い上げるのも大変だったんだから」
「…………」
「なーに? 寝ぼけてんの? よし……ミネルバ!!」
『ぴゅいーっ!!』
「いでぇ!?」
いきなり現れた『フクロウ』が肩に止まり、俺の耳に食いついた。
「い、痛いな!! おいミネルバ、何を……って」
「ようやく自覚した?」
「……アテナ。お前……アテナなのか?」
「そう言ってるじゃない。ほら、そっちにはリューネとモエがいるわ」
「リューネ、モエ……」
アテナが差した方を見ると、裸の少女が二人、転がっていた。
そして気付く。俺も裸だった。
意味がわからないことだらけ。だが、一つだけわかった。
「俺は……死んだんじゃ」
「ええ。十二年前に死んだわ」
「じゅ、十二年前?」
「そ。あんたが死んで十二年後に、私も死んだのよ。リューネはあんたが死んで二年後、モエは五年後ね。んで十年後にルナが死んだの。ミネルバは私が死んだと同時に死んだわ。ファウヌースは無理やり連れてきたわ」
「……すまん、ちょっと整理させてくれ。って……裸だし。というか、若い?」
「感謝してよね。魂を活性化させて、いちばんイキのいい十八歳で固定したんだから」
「……えっと」
周囲を見渡す。
ここは花畑だ。遠くには神殿のようなものがあり、町のようなものも見える。
そして、アテナ。
白いローブを着て、金のサークレットを嵌めている。年齢は俺と同じくらい。
すると、リューネとモエが起き上がった。
「うぅ~ん……んあ、あ?」
「……ぅぅ」
「二人とも、しっかりしろ!!」
「え……?」
「……え?」
俺は二人を抱き起す。
二人は俺を見て何度も目をぱちぱちさせる。
「……アロー?」
「……アロー様?」
「ああ、そうらしい。っはは……なんだこれ、すげえな」
「……アローっ!!」
「アロー様!!」
俺は二人を思い切り抱きしめた。
柔らかな感触が生々しく、これが現実だと理解する。
顔を放し、俺は二人と思い切りキスをした……そして。
「ちょっと!! 私を無視して盛り上がらないでよ!!」
「「「……あ」」」
「まったく。死んだあんたたちの魂を拾い上げて、活性化させて、神界で私の統治する国に連れてきてあげたんだから。感謝してほしいわ」
「「「……」」」
「なに呆けてんのよ。とりあえず服ね」
アテナが指を鳴らすと、白い光がまとわりつき、俺たちの服となった。
「アテナ、お前……俺たちを蘇えらせたのか?」
「違うわ。ヒトの魂って、死ぬと神界に漂うのよ。私は死んだあとここ『オリエント』に戻ってきたの。で、あんたたち三人の魂を探して、ここに引っ張ってきたのよ。ま、死んだ人間の魂を持ってきちゃ駄目なんてルールないし、問題ないわ。ふふん、これでまたみんな一緒に暮らせるわね!!」
「「「…………」」」
もう言葉がない。
すると、上空から可愛らしい金髪、桃色の瞳の少女が降りてきた。
「アテナ、帰ってきたのね!!」
「あ、ルナ」
「ルナ!? お前……ルナなのか?」
「パパ!! じゃなくて……こほん。はじめまして。ルナです」
ルナはニコッと微笑みお辞儀。そして、慌てて言う。
「って、大変なの!! アテナがいない間、オリエントの街で問題がいっぱい起きちゃって!!」
「マジで? えー、帰って早々めんどくさわねー」
「ヘスティアお姉ちゃんとアルテミスお姉さまが激怒してるの!! お姉さまたちの国で、いろいろやり取りしてたでしょ? それどうなったのって」
「げっ……あのババアたちとの約束、忘れてたわ。ん~……あ、そうだ!!」
アテナは俺を見る……なんかイヤな予感。
「アロー、あんた、私の仕事を手伝いなさい!! 私の国オリエントの領主にしてあげる!!」
「……は?」
「あのさ、ヘスティア、アルテミスって女神の国と交易してたんだけどさ……いろいろ問題起きてるっぽいの。あんたの力で、なんとか解決してくれない?」
「……お前なあ」
「あ、それそれ。ふふ、なんか懐かしいっ!! さ、行くわよアロー!!」
「お、おい!?」
俺はアテナに手を引かれ、走り出す。
「なんかよくわかんないけど……とりあえず行くわよ、モエ!!」
「は、はいっ!!」
リューネとモエも走り出す。
そして、ルナは笑顔で言う。
「なんだか、懐かしいね。アテナ」
「そーね!! さ、頼むわよ領主様っ!!」
「……ああもう、こうなったら何でもやってやるよ!!」
俺は走る。
女神アテナの国オリエント。その新たな領主として。
女神の国の領主って何だとか、神様の国なのに人間の俺でいいのかとか、いろいろある。
でも、今は。
「さあアロー、新しい生活の始まりよっ!!」
「ああ、そうだな!!」
女神の国。人間の俺からすれば、辺境どころではない……さしずめ、超辺境ってところだ。
こうして、超辺境の領主である俺、アローの新しい生活が始まるのだった。
─完─
これにて完結です!!
応援ありがとうございました!!