9 通信傍受
9 通信傍受
想がアラベスクと楽しくやっているとき、尚道はペンタゴンから特殊任務を請け負っていた。
尚道はハーバード大学の医学大学院に在籍する身ではあったが、日米に3つの顔を持っていた。1つは医師としての大学院生、1つは高野山に属する僧侶、そして1つは世界屈指のハッカー集団のリーダーである。その集団は尚道を含めて一騎当千の5人のメンバーで構成されていた。最初は現メンバーの二人が何気に始めたハッカー同好会であったが、現在の5人が集まるまでさほどの時間は必要でなかった。20歳ころの彼らは自分たちの価値を正しく掴めていなく、ついにはペンタゴンに侵入していた。頻度として10回に9回はペンタゴンに気づかれることもなく侵入できたが、やがて10回目がやってきてペンタゴンに捕縛されてしまった。
3日間捕まったまま尋問を受けた5人だったが、悪意がなかったことと、5人の供述に食い違いがなかったことを鑑みられ、そのハッカー能力をペンタゴンのために使うことを約束させられて御咎めなしとなったのである。ペンタゴン公認のハッカー集団ともなれば、1種の特権持ちと考えられるが、むしろ束縛される環境の方が尚道らには大きかった。
5人の在籍する大学はハーバード大学2人、MIT(マサチューセッツ工科大学)3人だったが、やがて彼らは卒業しアメリカに国籍をもつ者以外は母国へと帰っていった。尚道は大学院へとすすんだため帰国は最も遅れることになった。尚、彼が僧侶となるため日本に帰ったのはある理由からでその説明はまた後日にしたいと思う。それよりも大切なのは彼らが母国に帰ってからもペンタゴンの束縛が解かれなかったことである。
そんな尚道をリーダーとするハッカー集団の密命とは、北朝鮮の通信の傍受であった。もちろんほとんどの軍事通信は暗号化されているであろうから、暗号の解読も必要になってくる。通信パケットそのものが暗号化されいるケースも珍しくなく、民事通信を使って分散パケットを送信された場合、ほとんど意味のない通信を傍受することになる。
例えば、最初の通信は民事通信の周波数帯と日時を送り、その民事通信ではパケットを組み替える順番をさりげなく通信する。最後に軍事通信で一見出鱈目な通信を断続的に送る。全てを知っている受信者は聞き逃しさえしなければ、暗号を平文に変換できるであろうが、傍受する側からすれば、どの通信が最初かわからず、わかったとしても最初の通信の意味が分からなければ次の通信を傍受できない。1つの文だけが対象ならばなんとでもなるが、暗号文や平時の民事通信や軍事通信が入り乱れる中で特定の通信だけを拾い上げることは、ほとんど不可能といえるだろう。しかも、上流の通信は後からくる実文の部分位置を決定する座標、すなわち数値であるからそれが暗号の一部であると認識することは困難である。
さらに実文がRSA暗号化されている場合が多く、鍵がないと暗号を解くことは、非常に困難であるとされている。
さて、じっくりと考えてみると暗号とはf(x) × g(x)× h(x)...と考えられないだろうか?但し、f(x)やg(x)は必ずしも数学的であるとは限らない。例えば民事通信を利用した暗号の一部をf(x)とすることも可能である。また、g(x)をWindowsのフリーソフトなどでよく見かけるLHA(ファイル圧縮)などにしてもよい。『暗号とは単体では単純なものを掛け合わせることによって複雑化させる技法』であるといえよう。所以、元は単純なものという意味において『解けない暗号はない』と言わしめる。問題になるのは解くまでの時間であることは明らかであるから、いくら解けるといっても地球が太陽に飲み込まれるような天文学的時間では用をなさないといえるだろう。
さて、尚道らのハッカー集団の面々はこの難解な暗号すらも平気な顔で解いてしまう。しかし、彼らにその思考方法を聞いても納得できる答えは返ってこないであろう。なにしろ彼らにとってハッキングや暗号解読は通常の人間が息をしたり心臓を動かすことに似ているのだから、知的自律神経ともいえるのだろう。
北朝鮮は3か月ほど前ロサンゼルス沖200㎞に大陸間弾道ミサイルを3発着弾させた。米国は交渉の余地なしとして、戦線布告をする予定だとの噂が広まっていった。それを裏付けるように尚道らに北朝鮮の情報の傍受妨害破壊任務が与えられた。もちろん地上偵察隊を含め多くの諜報部隊が動いているだろうが、尚道らの任務は通信の傍受のみならず、メインコンピュータの心臓部に潜り込んで混乱もしくは破壊することにあった。そのためメインコンピュータを特定するため、必要な通信や情報を拾い集める工作をしようとしていた。