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パラドックス  作者: 追いかけ人
第1話 希望の技術
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5 訪問者

5 訪問者


 想の治療のため、専門医の所属する病院の近くに引っ越すことを余儀なくされたが、幸いにもその場所は現在の牧場跡住居から100kmあまりの場所に存在した。引っ越しに難を示すかと思われた楓も素直に従い、新住居はほどなく決定した。本来なら想は入院することが望ましいらしいのだが、家政婦が病院からアルコール依存症の最新の知識を学び対応することで自宅治療が可能となっていた。

 想はこの時より、アルコール依存症が寛解となるまで3年あまりの日数を必要とした。しかし、その日数でも想は不特定の人間に対する恐怖が抜けきらず、いわゆる典型的な対人恐怖症となっていた。そのため、想は人のほとんどいない場所を転居先に望んでいた。家政婦もお世話に付いていきたいと申し出ていたが、契約である楓が3歳になるまでという期間も既に楓は4歳を越しており、尚道のあなたにはしかるべき居場所を用意しますからと言う言葉に家政婦は渋々ながらうなずいたのであった。

 こうして、想と楓は今の住居に移ってきたのである。


 2020年7月


「おじいちゃん~、お客さんだよっ」と7月7日の誕生日を迎え11歳になった月夜が想を部屋に呼びに来た。8月で59歳になる想は僅かな時間ではあったが、コンピュータに向かっても狂気を感じなくなっていた。

「うん?だれかな?」

そう、この住居に人が尋ねてくるなど、皆無といっていいほどないはずなのである。そのため少しばかり警戒しながら客の元へと向かった。

「どなたかな?」

「はい。実は謝罪とお願いに参りました」

「は~?」と、想は一時惚けてしまった。

「それと、少しの言い訳を...」と、(事情を掴めないのは)わかっているとばかりに男は続けた。

「ここまでやってくるということは人違いということはないようですし、お話をうかがいましょう」と、想はウッドデッキの椅子に客を案内した。

「突然の訪問を謝罪いたします。」

「それが謝罪の部分なのですか?」

「いいえ、本題はこれからです。」

「俺は人に謝るようなことは多くしてきたが、わざわざ謝られるようなことは身に覚えがないのだがな」と、相手に敵意が無いと感じたのか想は普段の喋り口になっていた。

「精神状態が思わしくないようで」

「そうだな、よくはないな」

「治せると言ったら」

「うん?あんたは医者か?」

「いえ違いますが、あなたの病の原因は私共なのです」

「何?」と想は考えに耽った。

「よく思い出せないのだ。」と想はポツリと語った。

「確かに全ての症状が私共が直接の原因とは言えませんが、根本は私共です。ここに深く謝罪させてもらいます。」

「それが謝罪の部分ですか?しかし、怒る気にもなれない。なにしろ覚えていないのですからな」

「治療をさせてもらえませんか?」

「それは難しいですな。今日会ったばかりの人にこの身体を預けるのは難しい。最低でもこちら側から何人か共同での治療なら可能かもしれません。」

「確かに仰る通りです。では、少し言いわけめいた経緯を話させてください。」

「それくらいならどうぞ。興味もありますし。」


 経緯とは、こういうことであった。


 想は若いころ、主に中東でフリーのコンピュータコンサルティングを生業としていた。ハードからソフトまで手広くコンサルティングを行っていたのだが、最も得意とすることはアルゴリズムの構築であった。そして、最後にコンサルティングを行ったのが、ある国だったのだ。その時、ある人物が「彼は脅威である」と言ったそうである。彼とはもちろん想のことであるが、想はその場で監禁され精神の枷を嵌められることになる。その精神の枷が今想を苦しめているという。


「私共に2つの落ち度がありました。1つは、その時の担当者が先走りによって精神の枷を嵌めてしまったことです。その担当者は私共の技術の支柱である人物の配下だったのですが、手酷く叱られ精神の枷を外すためあなた様の元に向かったそうですが、あなた様は忽然と消えていたそうです。それが2つ目の落ち度でした。」


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