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パラドックス  作者: 追いかけ人
第1話 希望の技術
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4 新理論とアルコール依存症

4 新理論とアルコール依存症


 治療を受けていたころより少し明るくなった想であったが、その原因は転居となにより楓のはしゃぎようと笑い声であった。楓も1歳になり立ち歩きをするようになり、隣家の牧場の柵のところに想と行って「もうもう、キャッキャッ」と言葉も話すようになっていた。

 住居には想と楓、それと住み込みの40代の乳母兼家政婦さんの3人が暮らしていた。想は深夜にうなされたり、起きている時でも突然に喚きだすことがあったが、家政婦さんは元看護婦であったこともあり、その対応も適切であった。どうするかというと、何事もなかったように振る舞い、何事もなかったように想と接するのである。落ち着いた頃合いを見計らって楓を想の傍に連れてくることもよくあった。楓も想の喚きに驚くこともなく、ごく自然に受け止めていた。

 1歳になった楓は親ばかだけでなく将来間違いなく美人になると思われた。もちのようにふっくらとした褐色の肌、幼いながらも堀の深い造詣、フランス人形を思わせる瞳と日本人離れした美人の到来が予想された。そればかりではなく、歩行もしっかりとし、言葉も次々と覚え、成長は日々うかがえるほどになっていた。

 想の精神状態以外は幸せな日常が続くかに思われたが、やがて想の状態があやしくなっていった。想の日課は朝5時に起き、1時間ほど楓と散歩し、6時に朝食をとり、8時からコンピュータルームに籠り、昼まで過ごす。昼食をとり13時から17時までコンピュータルームに籠り、それ以降は楓と過ごしたり夕食をとったりしながら21時には就寝していた。

 それが、少しずつ狂っていった。まず就寝後に起きて夜更かしをするようになっていった。22時頃起きだして朝まで起きていることが度々起こった。家政婦は気づいていたが、何か急ぎの仕事でもあるのだろうと夜食の支度までしていた始末である。もちろん想に急ぎの仕事などあろうはずもなく、週に5日は徹夜をするようになっていた。やがて、毎夜起きだし昼に寝ている様子がうかがえた。しかし、このころの想は喚くことがなくなっていた。

 想は忘れていたピースを思い出していた。いくつものピースが頭を駆け巡り、嵌る寸前で斥力が働く。じれったいような、歓喜に溢れているような不思議な気持ちで想はピースを漁っていた。そのピースこそが、今の想の状態の原因だったのだが、本人は気が付いていない。そして、ピースの正体はある数学の未解決問題を解くためのアルゴリズムの部分であった。

 ところが、想は今持つピースでは絵画が完成しないことに気が付いた。残りのピースを思い出せないのか、そもそもピースを作っていないのか、今持つピースは方向違いなのか、想は混乱を極めた。命を削るかのように混乱と収束の狭間を漂っていた。

 「狂気が最後のピースを生む」と、部屋から大きな喚きとも知れない大きな声が響き渡った後、部屋の中でガラスが砕ける音とズシーンという何かが倒れた音がした。これは只事ではないと家政婦も部屋の中を覗いてみたなら、アルコールの臭いが漂い、酒瓶が砕けた中に倒れている想を発見した。

 家政婦は想をベッドに運んで、ロープで括り付けた。その後尚道に連絡をとり事後の判断を仰いだ。家政婦の見立ててでは想はアルコール依存症だと思われるということであったので、尚道はその専門医を連れて翌日駆けつけてくれた。

「すいません、全く気が付かなくて」と家政婦が謝る。

「短期間でアルコール依存症になるものなんですか?」と尚道が専門医に尋ねる。

「このような状態になるには普通は短くても数年から数十年必要ですな」

「昔から大酒飲みだったが...」

家政婦は「気付かなくてすいません、すいません」と泣いている。それを尚道は「君のせいじゃないよ」と慰める。結論は、PTSDの原因がアルコール依存症を併発したのだろうということになり、誰も想が新理論を追い求めていたことを知ることはなかった。


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