2-5 分家
2-5 分家
「おお、本家もその気になったか」と大和の分家の現当主である神代弥太郎は嬉しそうな笑みをこぼした。日本の惨事を目の当たりにしてヤキモキしていた気持ちを本家の肝いりということで腕がふるえると勇んでいるのであろう。しかし弥太郎に持ちかけられた役割は難題極まりないものだった。
「彦四郎、手立てはあるか?」と呼ばれた人物は弥太郎の弟で神代医学・薬学研究所を統括している4男であった。
「健康チェックは省きます。治療用のシャワーを用いそのまま人工冬眠という工程が最短の手段ですね」
「治療用のシャワーには何を用意するのだ?」
「体力増進剤と癌消滅レーザ、それに免疫促進剤です」
「在庫はあるのか?1千万人だぞ」
「現在200万人分の在庫があります。残りは工場をフル回転させます」
「それと実際の人工冬眠までの作業でどのくらいかかる」
「最低でも3か月は必要ですね」
「それを本家への回答とするか」
「3か月ですか?」と想は、その対処への素早さと現実には長いと感じさせる期間に目を瞑ってしばし考えた。
「それが現在の最良なのでしょう。それで救済をお願いします」と無理な注文はかえって時間のロスを招くと思い、決断を下した。
「次に東北の地の復興ですが、第1の問題は放射性物質の除去になります。これは可能ですか?」
「それは宇佐に聞いてみるのがよろしいかと...」
「我らの技術が役に立つ時が来た」と喜ぶのは宇佐の現当主である黒松慎太郎であった。
「完全に東北の放射能汚染を除去するぞ。しかし装置の輸送手段がない。本家に掛け合うのだ」
「輸送手段は出雲がよろしいかと」と守人は言う。
「あるだけの潜水艦を宇佐に回せ。復興重機は後回しだ」そう言うのは出雲の現当主である 岩波清太郎であった。
このようにして、三京財閥総本家とその3つの分家は東北の救済作戦を整へて行った。
「わしは食料をかき集めるもん」とべスは本国に連絡を入れているようだった。人工冬眠へと流れが固まれば食料はいらなくなるのだが、そこは一国の指導者たるべスの先見の明であろう。
「多くの国が食料の輸出を規制して高騰するもん。どの国も次は我が身かもしれないと思っているもん」
「おお、頼むのじゃ。いくら三京といえど全ての食料を東北にまわすわけにはいかぬ。日本の民のことも考えねばならぬ」
「食料の備蓄は不可欠ということだな」と想が締める。
「ところで、このことを鹿角の分家に知らせようと思うのだが」と想が提案する。
「おお、それは願ってもないことでございます。三京では人手が足りなくて、共はつけられませぬが、文を書きますのでそれでご容赦ください」
想たちはハスクへと乗って鹿角に向かった。鹿角の分家の屋敷は目立った被害はないようだったが、玄関先には人の山ができていた。
「佐野さんの班は塩釜に応援に」
「木森さんの班は会津へ応援を」とトラック部隊と思われる班を差配している人物がいた。
「なんだ、ここは童のくるとこでねェ」とその人物は小さな子供を叱った。その子供は想が文と共に言伝を頼んだ子であったが、上手く繋いでくれるだろうか?
「あそこのおじちゃんがこれを」とその人物に文を渡した。
「いそがしんだからあっち行げ」と言って文を無視しようとしたが、ちらりと何かが目を横切ったようである。
「まで、まで。それよごせ」と文を確かめると、
「これは本家の家紋でねェが。そのおじちゃんはどごだ?」とようやく想らの相手をしてくれるらしい。
「これはこれは大変な道中を」と想らを労うその人物であったが、
「わだしはここの番頭で平治と申すものでこの文はわだしらの主におわたしくだせェ。これ小夜はいるか?」とその人物はここの主ではなかったようである。
「はい、ここに」
「お館様のところにこの文を持ってご案内さしあげろ」
こうして、想らは主のところへ通されたが、ここでも、電話を5本も首に掲げた男が、
「だがらそれじゃ食いもんがまるでたりねといってるだべ」と交渉をしたり、
「道が通れねェ。応援を出す。平治にこれを持ってげ」と小僧に指図したりしていた。
「お館様」
「ん。なんだ小夜か。いそがしィ」とそっけない。
「これを」と小夜が文を差し出した。
目を丸くしたお館様は
「応援なのか」と言って、ほっと肩の緊張を緩めたのであった。
そして想の説明を「ほう、ほう。ふむ、ふむ」と 鳥海熊太郎という名のお館様は本家の作戦を納得しながら聞いていた。
「これで大体ですが、いかがですか?」と想は確認した。
「ん。ありがたい。では儂らは本家の作戦のフォローにまわろう」と熊太郎は番頭の平治を呼んで今後の動きを相談するのだった。




