2-3 比叡の天家
2-3 比叡の天家
ハスクの体内は快適だった。触れるものも視覚に映るものも現実のものとは感じられなかったが、居心地は快適に造られていた。そして、想たちは知らないが、ハスクはマッハ4の速度で、1時間足らずで京都上空に到達していた。
「まもなく目的地に到着いたします」とシエルの言葉がハスクの体内に響き渡った。想たちがハスクの体内から出るとそこは山の中腹だった。「京都の比叡山の中腹のようです」とシエルは案内するが、シエルもこの地にきたことはないようだった。「それではハスクが鍵を用います。何が起こるのかわたしにもわからないのでご注意ください」とシエルは言うが、何とも無責任なものである。そして、鍵は扉を開いた。
「うわ~っ」とアラベスクが、悲鳴をあげると「なんだ、なんだ?」と想が右往左往していた。そこは蛇や蜘蛛、ムカデの巣かと思われる溜まり場であった。
「お決まりの試練なのか?」と想は我に返るが、現状は変わらない。「シエル~」とアラベスクが助けを求める。その時『真の扉を』と告げたものがある。月夜であった。すると蛇たちの姿は消え、重厚な屏風が見えた。
「シエルどういうことだ?」と想が尋ねる。
「わたしにもわかりません。主の記憶に残されていないものです」
「この六水鏡の告げるように訪ね人がいらしたようですね」としゃがれた声と共に屏風の陰から老婆が現れた。
「どなたですか?」と思わず想が尋ねる。
「突然の訪問でどなたかと尋ねるか」と老婆が憮然とする。
「こ、これは失礼しました。俺、いやわたしたちにも事情がよく呑み込めていないのです」と想は謝罪する。
「まあ、よい。大体はこの六水鏡のお告げによって分かっておる」と老婆が救いの手を差し伸べた。
「わたしたちより分かっていると...」と想は不思議そうに尋ねる。
「そうじゃ。そなたかの?われらの主は?」と膝をつき礼を尽くす老婆は月夜に向かっていた。
「お、おじいちゃん...」と月夜は先ほどの『真の扉を』と告げたときとは打って変わって怯えているようであった。察するに先ほどの啖呵は本能的なものであったのであろうと思う。
「この子は何も知らぬのか?知らされておらぬのか?」
「月夜様はまだ継承の儀を受けておりません。あなたの真の主は遠く中東におります」とシエルが割って入ったが、シエルとて事情を全て呑み込めていないので、ほとんどはったりではあったが。
「う~む。しかし、扉が開いたということは我らの主と認められたからこそ。やはりその方が我らが主じゃ」ということで、この老婆の主は月夜ということで決定したのであった。しかし老婆が我らというからには複数の人間がまだいると考えていいだろう。
「これこれ支度は整っているか?」と老婆が部屋の外へと手を叩くと、
「はい。よろしゅうございます」という声がした。
そして想たちは100畳近いと思われる大きな座敷に用意された豪華な膳の前に案内された。ここは派生次元の中だと思っていた想だったが、どうも様子がおかしいと思い老婆に聞いてみた。
「ここはどこなのですか?」
「すぐにここの現当主が参るでの、それまで待ちなされ」と想はお預けをくう形となったが、確かにすぐに30代と思われる凛々しい若者が座敷に入ってきた。
「よくぞ比叡の天家へお越しくださいました。よもやわたくしの代に真の主にお目にかかれるとは光栄至極にございます」とその若者は月夜に向かって平伏していた。
「まずはここがどこか教えていただきたいのですが...」と想は尋ねた。
「こ、これは失礼を致しました。わたくしなどが真の主に直接口を開くなどと...従者の方を通して接せよということでございますな」と何かを勘違いしているようである。
「そういうことでいいですが、ここはどこなのですか」とじれったくなった想は勘違いをただそうとはしなかった。
「現世では比叡の天台の世話人であり、三京財閥の総本家であります。しかしてその実態は高天原への関所にございます」