11 脅威
11 脅威
メインコンピュータに侵入した合図がパテライトの点滅と静かなチャイムによって知らされた。
「やったか」
侵入に成功したのは尚道の仲間であるワインズであった。彼はオーストラリア生まれのオーストラリア育ちで現在もオーストラリアに在住している。それが今回の任務のため日本に呼ばれたのであった。彼のハッキング技法は、大域把握からのnarrow rangeであった。大きな網を張り、獲物を独特の感性で見つけると鷹のように襲い掛かる。傍から見るとそのように見えるのであった。その様子から仲間内では”ハリアー”と呼ばれていた。相手は突然何もないところから一瞬で網を絞り込まれ鷹の餌食になるのだからたまったものではない。尚道の仲間はそれぞれが独自のハッキング技法を持っていて、仲間といえども他の仲間の技法を真似することができなかった。また、本人に本人の技法の説明を求めても、本人ですら説明が難しいらしい。それは個々人が持つ天賦の才といえるものであった。どのようにして見つけたのか?侵入したのか?と聞いてもいけない。聞いたとしても『そこに見えたから』という答えが返ってくるのが落ちだから。
そのメインコンピュータの秘密文庫に”条件別シナリオ”という文章が存在した。その中身を覗くと、
① アメリカが我が国の核所持を認めた場合⇒外交の正常化と民主化への努力をする。
② アメリカを主軸とした諸国が経済を含む制裁を解除した場合⇒外交の正常化を模索する。
③ 核所持を認めず、制裁も解除されない場合⇒ミサイルや核実験の続行とあらゆる兵器の開発を進める。
④ アメリカに宣戦布告をされた場合⇒保持する核とミサイルの全てをアメリカ本土を含むアメリカ領土に打ち込み、我が国のトップの面々は自決をする。
とあった。
上の文書が本当なら北朝鮮は自国への圧力を脅威に思っており、その反動として過剰な軍備拡張を行っているのではないかと推測される。彼らも世界各国の仲間になりたいと願っているのかもしれない。しかし、この文章をどう判断するのかその権限を尚道たちは持っていない。尚道たちは、ただこの文章を発注(命令)元に送るだけの役割しか持っていない。
文章を送った次の日に新たな任務が発注(命令)された。それは、”全てのミサイルの発射装置を凍結せし”であった。尚道は発注(命令)書が届いた直後に返答を返している。
『ほとんどのミサイルを凍結させることは可能ですが、凍結したミサイルが北朝鮮の保持するミサイルの全てだと確認する方法がありません』
すると、それに対する返答も直ぐに届いた。
『命令を続行せよ。責任はわれらが負う』であった。
アメリカはそれほどまでに北朝鮮を脅威に思っているのであろうか。尚道は筋が通っていないような命令に釈然としないものを感じていた。それでも任務を遂行しなければならない。
その日の中に全てと思われるミサイルを凍結した。その方法はミサイルの発射ボタンに直結したコンピュータにアクセスし、プログラムを書き換えるというものであった。ミサイルの発射ボタンが押下されたときの振る舞いは仲間個々人に委ねていた。何故なら不備の挙動が同じであるならば、同一の組織の仕業であるとまるわかりであり、同じ振る舞いは復旧の対処もスムーズに行われるだろうと考えたからである。その結果、ミサイルの発射ボタンが押下されたときの振る舞いは停電がおきる、水道管が破裂するなど種々雑多な振る舞いとなっていた。
最も尚道らが苦労したのはミサイルが発射されるまで気付かれないということであったが、実は北朝鮮もサイバー攻撃を受けることは想定の範囲内であった。全てのミサイルの稼働を守ることは不可能であろうから、少なくないダメージをアメリカなどに与えるため発射するミサイルの5%が稼働するように誤認識をさせたり、トラップをかけたりしていた。
現状でアメリカVS北朝鮮あるいは尚道グループVS北朝鮮の勝者はアメリカや尚道グループになるだろうが、アメリカとその同盟国も少なくないダメージを受けると予測される。しかし、このことを知るものはまだ誰もいない。