1 プロローグ
プロローグ
成田空港に向かう佐々木尚道を、久しぶりに会う友との再会を喜び楽しみにする気持ちと何やら一抹の不安が彩っていた。そして、尚道が友からのエアメールを受け取ったのは僅かに3日前で、もしエアメールの到達が遅れたなら、この出迎えは叶わなかったことを思い、何故にこんなに切迫したようなスケジュールを立てたのかと少しばかりの腹だたしさを覚えていたのであった。それでも、その不安や腹立たちしさを抑えて成田空港に着いたタクシーを降りた尚道は、友が乗る便の到着の確認に向かった。
パリ発のJAL南回り便は、予定通りに到着するらしく、後1時間もすれば着くらしい。友は、その便に中東から乗ったらしく、エアメールには『事情があって帰国することになった。悪いが当面の滞在先を見繕ってくれ。金はある。できれば人とあまり接しないところがいい。すまんが、理由はきかないでくれ。』とあり、それ以外は挨拶の文句はおろか、到着日と搭乗便のこと以外の余計な文言は一切なかった。尚道からすれば、あいつらしいというところであろうが、その尚道でさえ今回のことは『何かきな臭いことを起こしたんじゃないだろうな?』と若干の心配をしていた。『もしかしたら、どこぞのお姫さまと駆け落ちをしてきたとか...』とどこかで聞いた報われない王子様とアラブのお姫様の話を思い出していた尚道であったが、『それはないな。やつは駆け落ちという性分じゃない。やるなら王様に直談判して頭と胴が離ればなれになるという方が合っている』などと、とりとめもない空想をしている中に便が到着したらしい。
ところが、ゲートで待つ尚道を裏切るように友は一向に現れなかった。その時、空港内に声が響き渡った。場内アナウンスである。『四方想様をお迎えの佐々木尚道様、恐れ入りますがJAL5番窓口までおいでください。』と、同じアナウンスが2回響くのを待たないうちに尚道は窓口に向かっていた。
「佐々木ですが」
「四方想様をお迎えの佐々木尚道様ですね。」
「はい」
アナウンスがあった時から嫌な予感はしていたが、次の瞬間にその予感は最高潮に達していた。
「実は、この先の空港内警察署においで願いたいんですが...」と、その言葉が終わらないうちに制服の警官が傍にやってきていた。
「佐々木さんですね。身分証明書を見せてもらいますか。」
「これでお願いします。」と、唯一の写真入り身分証明書であるパスポートを差し出した。
「はい。結構です。では、こちらへ」
「想はどうしたんでしょうか」
「詳しいことは、署に着いてからお話しますよ」
ほどなくして空港内警察署に着いた尚道は、連れだってきた警察官と代わった担当者と呼ばれる警察官に連れられて階下へと降りて行った。『おいおい、まさかチーンってことはないよな。いくら俺がこんな格好をしているからって。この警察官らも丁度いいなどと思っていやしないだろうな。』と考える尚道は僧侶であり、この日も普段着の僧服で出掛けてきたのであった。
「ここです」
「ここ?ここは牢屋じゃないんですか?鉄格子が嵌っていますし...窃盗ですか?下着泥棒?いや、あいつはそんなせこいことはしないはずだ。まさか爆弾テロ?」
「いえいえ、ただ酔っ払っているんですよ。年に何人かいるんですが、スチュワーデスさんも扱いに困ってしまって私たちが呼ばれるんですよ」
「酔っ払い?泥酔?うん、それなら、やつらしい」
「引き取ってもらえますよね。出国審査の確認をしてもらって、ただ連れて帰ってもらうだけなんですが」
「もちろん、引き取りますよ」
「よかった。それで、もう1つあるんですが...おい」
「おい」と呼ばれて、婦人警官が生後間もない赤ん坊を抱いてやってきた。
「誰?想の子供?え、え~~~」
「こちらもお願いします」
『事情とは、この子と(事)か?』と思う尚道であった。
それは西暦1989年の春の出来事であった。