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ボクサーパンツと異世界へ  作者: 東雲破流
2/6

a sense of guilt

 音に聞く村雨の宝剣、抜けば玉散る、露か霤か、奇なり妙なり、焼刃のにおい天に虹睨の引くごとく、地に清泉の流るるに似たり。豊城三尺の氷、呉宮一函の霜、まことに世に稀なるべしーーーーーーーーーーー





 ふと目を覚ますと、俺はベッドに寝かされていた。夏用に買った薄手の掛け布団がきちんとかけられており、ぬくぬくとしたやさしい温もりとともに涼しさを感じる。

 そうだ、あのあと、俺は結局どうしたというのだ。まさかここが天国というわけでもあるまい。走馬灯は走っていたが、あれは多分何かの間違いだろう。

 それよりも問題は、今ここは何処なのか、なぜ窓の外の世界が変わってしまったのか、なぜあんなにも衝撃的な臭いがしたのだ…?

 疑問はとめどなく溢れてくる。そもそもなぜこんなにきれいな形でベッドに横たわっているのだ。窓際で倒れていたはずではないのか。

 俺は急いで体を起こし、真正面にある窓の外を見やった。景色は見えず、そこにあるのは真っ暗な黒色に散りばめられた光。どうやら外は夜のようだ。それも、満天の星空。こんな景色を部屋から眺めた記憶は、生まれてこの方ない。

 まだ夢からさめていないのかもしれない。全ては幻覚なのかもしれない。最近は学校の授業が大変だったから、きっと疲れていたのだろう。これが夢というのであれば、この夢を楽しむということもまた一興だろう。そう考えるとこの世界を楽しんでみようという気にもなる。どうせ夢のだから、何をやっても許されそうだ。

「すや…」

 すぐ左から息遣いが聞こえた。視線を向けると、そこには、椅子に座ってうつらうつらとする少女がいる。

「ヒッ」

 思わず声をあげた。部屋の中に少女が入り込むというシチュエーションがまず想定外であったこと、そして、何よりその容姿に声を上げてしまった。流れるような銀髪が肩まで下げられ、どこかあどけなくもあり、大人びてもいる、端正な寝顔で、長いまつげはより一層少女の美しさに磨きをかけていた。物語にでも出てきそうな雰囲気をしている。

 それに、なんだかいい匂いだ。


 …ん、この空間、つまり俺の部屋、女の子と、二人、きり…?

 

 どうやら海綿体付近に脳が移転して、すっかり理性が飛んでしまったようだ。先程までの動転が嘘のように落ち着き払っていた。いや、むしろ先程とは別の意味で心臓がドキドキしている。俺は男子高校生である。これもまた避けられぬ宿命なのだ。この時期の自分とも上手に付き合っていかなくてはならない。思春期、もとい発情期。いい夢は積極的に観るだけでなく、楽しんでもいきたい。

 しかしどうやったら彼女を起こすことができるだろうか。流石に初対面で触ることはできない。初対面の女子に気軽に触れるスキルが欲しかったが、ついぞ手に入ることもなく時は流れ去って今に至る。この高等技術は夢だからと言って獲得できるものでも無いようだ。

 仕方がないので、声をかけてみることにした。

「あの、すみません、おいくつでしょうか」

なぜこの質問をしたかは全くわからないが、確実に失礼であることは口をついて出た言葉を聞いてなんとなくわかった。無意識というのは怖い。

 返事がないことを予期していたが、たしかに返事がない。俺は質問を続けた。

「まつげ、おきれいですね」

「髪の毛からいい匂いがします」

「太もも触ってもいいですか」

「慎ましやかな胸部、すきです」

何を言っても返事がなかった。むしろ聞かれていたらぶん殴られてしまうような言葉を寝ている少女に浴びせるという新しい性癖が生まれてしまいそうだ。

 仕方がないので、目覚まし時計を使うことにした。目覚まし時刻を現在より1分先にセットし、時が来るのを待つ。

 すぐにアラームはけたたましく鳴り、徐々に音は大きくなっていく。それでも目を覚まさない少女には正直驚きであるし、こんな夢から目を覚まさない俺にもまた驚いた。普段であれば目覚ましの音とともに目がさめ、いつものボクサーパンツを履いているところだ。これはほんとうに夢なのだろうか。

 アラームがうんざりするほど鳴って、そろそろアラームを切ろうかという頃、少女のまぶたに変化があった。いや、まぶただけではない、段々と少女の頬に赤みがさしてきたのだ。人間の目覚めというものを見た記憶が無い為か、その現象は神秘的なものに思えた。少女の唇が震え始める。なるほど、もしかすると人間は体温を上げるために体を震わせるのかもしれない。しかし唇が震えるとは知らなかった。なぜ唇が震えるのだろうか。唇というのであればそれはむしろ怒りの感情を抱いているときなのではないか。セクハラ発言を聞かれていたとしたら今すぐに頭を地面に叩きつけたい。

「…………………………い」

初めて少女が喋った。透き通るような声、かすかに震えている。

「ほ………に……………い…」

少女の声はほそぼそとしていて、なかなか聞き取れない。本当に変態なんだから、とか言われるのだろうか。それはそれでいいものがある。

「ど、どうしたんですか」

おどおどと聞き返す俺。久しぶりに女性に向かって声をかけたが、どうやら対人コミュニュケーションスキルに問題はないようだ。流暢な日本語が口をついて出てくる。


「ほんとうにごめんなさい…」


 少女の突拍子もない謝罪に一瞬思考が停止してしまう。これは一体どういうことだ。なぜ少女に謝られなければならないのだ。少女に謝らせた罪悪感からか、こちらもへどもどしてしまう。

「あ、いえその、ぜんぜん大丈夫ですよ!いや、俺、何にもされてないんで!全然平気!」

むしろ俺は少女に対してセクハラをしてしまったため、そのあたりを聞かれていたらと思うとぞっとしたが、どうやら平気だったようだ。ひとまず安心してしまう。しかしながら、なぜ俺は謝られたのだろうか。

「いえ、もうすでに里見さんには取り返しのつかないことをしてしまいました。そのことについて、まず、本当に謝らなければいけないんです」

はて、この少女は俺の名前を知っているが、俺はこの子に見覚えもなければアニメの中、妄想の中ですら見たことがない。夢の中に現れる人物としては随分と異質な気もする。夢にはもっとこう、知っている人物とか好きな女の子とか、アニメのかわいいキャラが出てくるものではなかったか。

「一体どういうことですか。俺は何もされていませんよ。謝るようなことは一切ないですし、安心してください」

「里見さん。里見結城さん。あなたは今、別の世界に来ています」

「?」

つい間抜けな表情をしてしまった。何を言っているのだ。

「ですから、ここは夢の世界でもなければ、現実の世界でもない、全く別の世界です」

「ははは、面白いことを言う子だな。夢の中の人間がこれを夢じゃないなどと言ったのは初めてだ」

「いえ、あなたは今夢の中にはいません。ここは私にとっては現実世界。つまり、あなたの言う現実世界は、この世界での異世界であり、里見さんの言う異世界は、私にとっての現実世界なのです」

なるほど、たしかに俺が日々暮らしている世界が夢の世界であるということは証明できないような気がする。夢の世界の住人にとって見れば、その夢世界は現実の世界であるわけか。

「頑張る子だ。俺はこんなに面白い夢を見たのは初めてだ。部屋には勝手に女の子が入ってくるわ、窓の外の景色が一瞬で変わるわ」

「…では、私が里見さんのほっぺたをつねってあげます」

少女はおもむろに俺のほっぺたをつまみ、上下左右、あらゆる方向にこれでもかと言うほど引き伸ばした。

「痛え!」

痛みがあまりにもリアルだ。痛みがきっかけで夢から覚めるということを期待したが、そんなことにはならなかった。

「はい、ですから、これは夢の世界ではなく、現実世界なのです。里見さんにとっては、異世界なのです」

頭がついていかない。

 俺はこれから学校に行って、いつもどおり退屈な授業を寝て過ごし、学校のオタク友達と駄弁るのだ。にわかには信じがたい。

 だが、痛みは本物だ。リアルな夢を見ているとも考えにくい。

「どうして窓の景色が変わったんだ…?」

「ですので、最初にもいいましたが、里見さんには本当に謝らなければならないんです」

「?」

「はい、私、妖刀村雨が、里見さんを、正確には里見さんの部屋をこの世界に召喚いたしました」

やっぱり何を言っているのかがわからない。面白すぎる冗談にも程がある。つい笑ってしまうような単語ばかりが聞こえてくる。

「妖刀村雨に、何、部屋の召喚?フフッ。そろそろ冗談が過ぎるって。これ、何かのドッキリ番組なんでしょ?寝ている間に部屋ごと田舎に飛ばしちゃいました!みたいな。嘘が下手だぜ、村雨ちゃんとやら。演技はもういいから、早くスタッフさん呼んできてくれよ。村雨ちゃんも恥ずかしいでしょ、こんな役やらされて。まあでも厨二病要素を取り入れたドッキリ番組っていうのは面白いと思う。あ、それとオンエアするときは名前の部分カットしてくれ」

「はい、里見さんの部屋ごと異世界の一国の外れに飛ばした、連れてきたのです」

「冗談をいうのもいい加減にしろ。怒るぞ。たとえお前がどれほど可愛かろうと、本気で」

「冗談ではありません、本気です。私は、一生里見さんに恨まれる覚悟で、里見さんを、里見さんの部屋をこの世界に召喚いたしました」

少女の声色、視線、表情。全てを観察してもなお、彼女は至って真剣に話している。俺なんかよりもずっと真剣な目つきなのだ。頬はまだじんじんと痛んでいる。

「……………つまり、俺は、いわゆる異世界に召喚されたと」

「はい」

「で、なんだ、俺はこれからどうなるんだ。元の世界に帰れるのか」

少女は一瞬大きく目を見開いたあと、うつむいた。


「…いえ。里見さんは、恐らく、元の世界には戻れません…」


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