第四話
「ピピピピ……」
アーベルが目を覚ますと、耳元で鳥のさえずりが聞こえた。
「ニナ……。もう朝か? 」
「ああ。朝だ。見えなくても分かるようになっただろう」
「エドヴァルド……」
「お前、その目は怪我をしているのか? 」
「……ああ」
「ならば、包帯はなるべく清潔なものに取り替えた方が良いのではないか? 擦りきれてボロボロになっている」
「いいんだ。別に……」
「だが手当てをしておかなければ、そこから壊死して大変なことに……」
「いいから放っておいてくれ! 」
アーベルが声を荒げると、エドヴァルドは静かに笑った。
「俺の仕事では無いようだな……。よし。俺はニナと町へ行ってくる。アーベル、お前はここで留守番をしてくれるか? 」
「ああ。俺は一人では何処へも行けない」
「フッ……。ならば行ってくる。留守番、頼むな」
エドヴァルドが立ち上がる音がした。
アーベルは本当はエドヴァルド達に着いて行きたかったが、町へ行く勇気は無かった。
どれ程の時間が経っただろう。
空腹でアーベルの腹が鳴った。
「アーベル、ただいま」
「……ニナか? 」
「そうよ。危なかったわ。町の中でエドヴァルドがオオカミになったら、二人揃って銃殺されていたでしょうね。この辺りは日が落ちるのが早いのね」
ニナがクスクスと笑いながら言う。
「殺されるとか……、何故平気で笑える? 」
「平気なんかじゃないわ。平気なんかじゃない! 」
「……! 」
突然、ニナが笑うのを止め、大きな声で言ったので、アーベルは驚いた。
「……ごめん」
「ううん。私の方こそ驚かせてしまってごめんね。だけどアーベル、私たちから見れば、アナタの方がよほど命を軽く見ているように思うわ」
「……」
「ほら、これ食べて。
大丈夫。町で買ったものだけど、毒なんか入っていないから」
「……ありがとう」
「そうそう。アーベルは、もっと素直になった方が良いって、エドヴァルドも言っていたわよ」
「……」
アーベルは、ニナから受け取ったものを口にした。
つい最近まで食べていたものかもしれないが、視覚を失ったせいか、初めて口にするもののように思えた。
この数日で、アーベルの世界は百八十度変わった。
「アーベル、消毒液と新しい包帯を買って来たから、傷を見せて? 」
アーベルは、ニナが近付いてくる気配を感じた。
「……いや。目の事は、本当にこれでいいんだ。
ニナ、お前が見たら、きっと驚くだろう。俺はその反応をみるのが怖い」
「大丈夫だって。私達は今まで戦場に倒れた人間を何人も見てきたわ。
それに、エドヴァルドが真っ黒い大きなオオカミに変わってしまった姿を見たときも、あまり驚かなかった。むしろ格好いいと思ったもの。包帯を外すわよ? いい? 」
「……ああ」
ニナは黙ってアーベルの目に巻かれていた包帯を、するすると外していった。