第三話
アーベルは、いつの間にかうたた寝をしていた。
目を覚ますと、火が燃えている音は聞こえるが、エドヴァルドが近くにいる気配は無い。
アーベルは急に不安になった。
「エドヴァルド?」
「……」
「エドヴァルド!」
「エドヴァルドなら、ここにいるわ」
聞き覚えの無い、若い女の声がした。
「誰だ、お前は」
「誰って……。ずっと一緒にいたじゃない」
「ずっと一緒に?
……。エドヴァルドなのか?」
女がクスクス笑う。
「やだ。
エドヴァルドが女になった姿を想像しちゃったじゃない」
「……」
アーベルは、得体の知れない女の声の前で身構えた。
「ニナよ」
「ニナ……? あの鳥と同じ名前」
「そう。あの鳥のニナ」
アーベルは、急に笑うのを止めて真面目な声で答えた女が嘘を言っているようには思えなかった。
「私は、もともと人間よ。
だけど昼間は鳥の姿で夜の間だけ人間の姿に戻れるの」
「え?」
アーベルが当惑していると、自分の事をニナだと言っている女が静かに話しを続けた。
「驚くのも無理は無いわね。
私達もこの姿に慣れるのに時間がかかったもの」
「私達って?」
「そう。エドヴァルドも元は人間だったけれど、人間の姿でいるのは昼間だけ。
夜は黒くて大きなオオカミになってしまう」
「オオカミ?」
「ええ。アーベルにエドヴァルドの今の姿が見えなくて良かった。
かなり大きなオオカミよ。
初めて見た人間なら、驚いてエドヴァルドを殺そうとするでしょうね」
「……」
にわかには信じられない話だが、それでもアーベルは女が嘘をついているように思えなかった。
それは多分、女が悲しそうな声で話していたからだろう。
「エドヴァルドは本当にそこにいるのか?」
「アナタ、本当にエドヴァルドの事が好きね」
「違っ……!」
慌てるアーベルに、女がクスクスと笑った。
「そんなに慌てなくてもいいじゃない。
エドヴァルドは良い奴よ?
こんな姿じゃなかったら、皆から好かれるのは当たり前。
エドヴァルドはずっと私の側にいて、私を守ってくれているわ。ね? エドヴァルド」
「クゥ……、ン……」
アーベルの近くで、獣の鳴き声と、パタンパタンと尻尾で地面を払っているような音がした。
「アーベル。こんな私達で良かったら一緒に旅をしない?
こんな所に一人で居たって楽しくないでしょう?」
「……」
女はしばらくアーベルの返事を待っていたが、何も言わないアーベルを見て小さく溜め息をつき、
「無理にとは言わないけれど」
と、笑った。
「……いや。
お前達が、得体の知れない俺を簡単に信用しているのが気になって。
もし俺が、とんでもない秘密を隠している悪党だったとしたら、お前達はどうするつもりだ?」
「隠し事が一つもない人間なんていないわ。
無理に正体を知ろうとしても、相手に嘘をつかれたら、そこで終わり。
もし、私達に言っておかなければならない秘密があるのなら、私のように、言いたい時に言いたい事だけを言えばいい」
「……」
「それに、初めてアナタを見た時思ったの。
あの日のエドヴァルドにそっくりだと……」
「あの日?」
女はまた、クスッと笑った。
「私達にも秘密は沢山あるから。
アナタの秘密を無理矢理聞くつもりはないわ。
安心して」
「だけど……。
目の見えない俺は足手まといになるだけじゃないか?」
「ああ、もう!
アナタのそんなところが嫌い。
一緒に旅をしていれば、私達の方が足手まといになる事だってあるから。
お互い様でしょ?」
「……」
「ほら。夜が明けるまで、まだ時間があるわ。
今のうちに眠っておきましょう。
エドヴァルドも眠るけれど、鼻も耳も良いから、危険を察知したらすぐ起こしてくれる。
それに、私が鳥の姿になれば、朝になったしるし。
ね? 便利だと思わない?」
「……ああ」
アーベルはニナの言葉に圧倒され、返事をするのが精一杯だった。
それを見たニナは満足して、エドヴァルドの体にもたれ掛かった。
「おやすみアーベル」
「……おやすみなさい」
アーベルはしばらく眠れそうになかったが、その場で体を丸めて横になった。