第二話
「この辺りでいいだろう」
エドヴァルドはアーベルを地面に座らせた。
「アーベル。少しここで待っていてくれるか?」
「ああ。逃げたりなんかしないよ」
「ハハハ」
エドヴァルドの笑い声と足音が遠退いていくと、アーベルは即座に手探りで、自分のいる場所を確認した。
ゴツゴツとした岩の感触が手に当たる。
洞窟の中なのだろうか……。
エドヴァルドと出会った、何もない場所よりは安心出来そうだ。
目の見えないアーベルは、エドヴァルドがいなければ何処へも行けない。
もしこの場所にエドヴァルドが帰って来なければ、ここで死を待つのみだ。
アーベルは、その場にうずくまった。
「待たせたな」
エドヴァルドの低い声と、何かをバサッと落とす音が聞こえた。
「……何だ?」
「アーベル、嗅覚はあるか?」
「ああ。……それがどうした?」
「もうじき分かるさ」
「……」
アーベルはまた、黙ってうずくまった。
エドヴァルドが何かをしている音は聞こえるが、何をしているのかは、さっぱり分からなかった。
次第にパチパチと音が立ち、アーベルの体が温まってきた。
「……火をおこしたのか?」
「ああ。正解。それと、もう一つ」
「……何かを焼いているのか?」
「ああ。
勘が良いな。今日の戦利品だ。
猪の肉を食ったことはあるか?」
「……いや。無い」
「だからそんな華奢な体をしているのか。
肉を食って、もっと体力を付けた方が良い」
「今さら体力を付けても意味が無い」
「フッ。そうか」
エドヴァルドは短い返事をした後、アーベルへの質問を止めてしまったので、辺りは肉の焼ける音だけになった。
「……エドヴァルド」
「ん? どうした?」
「……いや。
この毛皮は……。お前が身に付けていたものではないのか?
だったら、返すよ」
アーベルは、自分の肩に掛けられた毛皮をぎゅっと握った。
「お前の方が薄着だし、幸いなことに俺は寒さに強い。
その毛皮はお前にやる。遠慮するな」
「……」
アーベルが黙ると、再び火がパチパチと音を立てる。
エドヴァルドに出会うまでは、音など気にもならなかったのに、エドヴァルドの声が聞こえなくなると、アーベルは堪らなく不安になった。
「……エドヴァルド」
「どうした?」
「あのうるさい鳥は……。
アイツの声がしないが、そこにいるのか?」
「ハハ。ニナはいつも俺の側にいる。
今は眠そうにしているから、静かだな。
アーベル。こいつの事は『うるさい鳥』ではなく、ニナと呼んでやってくれ」
「うるさくない時はな」
「ハハハ!
さあ、肉が焼けた。
ほら。食べたことがないのなら、一度食べてみろ。美味いぞ」
エドヴァルドはアーベルの手に肉を握らせた。
アーベルは恐る恐る肉を口に運んだ。
「……」
「どうだ? 上手いだろう?」
「……ああ。不味くはない」
「ハハ。良かった良かった。
俺達が普段食べているものが口に合わなかったら、お前が食べられるものの調達に苦労しそうだからな」
「鳥……。ニナも、肉を食べるのか?」
「ああ。
今は食べないが、夜になったら食べるだろう」
「へぇ……。
まあ俺には、今が昼か夜かすら分からないから、どうでも良いけれど」
「フ……。もうじき分かるようになるさ」
「もうじき?
……ニナはどんな鳥だ?」
「どうした?
俺の彼女に興味を持ったか?
悪いがニナは俺のものだから、お前の頼みでも譲れないな」
「誰が! そんなうるさい鳥なんか、欲しくない!」
「ハハ。冗談だ。
俺は鳥の種類には詳しく無いが、ブルーとグリーンが混ざった、綺麗な羽の色をした鳥だ」
「大きさは?」
「両手に乗るぐらいの大きさだ。
だが、ニナは俺以外の人間に触れられる事を極端に嫌うから注意してくれ」
「ああ。分かった」
それから二人は黙ってしまったが、アーベルは不思議とその静けさを心地よく思った。