第一話
深い森の奥で、一人の青年がうずくまっていた。
目に包帯を巻き、寒空の下、薄着姿で動こうとしない青年の耳に、低い男の声が響いた。
「こんな所で何をしている?」
「……」
「聞こえないのか?」
「……」
「こんな所に座っていると、獣に襲われて死ぬぞ。
その前に凍死するかもしれないが」
「……」
何も言わない青年の耳に足音が遠ざかっていくのが聞こえたが、しばらくするとまたその足音が近づいてきた。
「ピピピ……、キュイ……」
「分かった分かった。放っておくなと言うのだろう」
青年の肩にふわりと温かい毛皮の感触があった。
「お前は誰だ!」
「ほお……。口はきけるのか。
ならば、ここで何をしているか、教えてくれないか?」
「死ぬのを待っているだけだ。
お前が誰かは知らないが、殺しに来たのなら早く殺せ」
「キュイ……、キュイ……」
「ハハ。そうだな。お前の嫌いなタイプだ。
だが、助けろと言ったのは、お前だろう」
「……誰と話している? 一人ではないのか?」
青年は、姿の見えない声の主に困惑していた。
「一人と言えば一人だが……。今は一人と一羽だ」
「一羽? 鳥と話しているのか?
可笑しな奴だ」
「キュイ、キュイ……」
「ハハ。可笑しいのはお前の方だと言われているぞ。
死にたいのなら、わざわざこんな所まで来なくても、何処でだって死ねただろう」
「来たくてここに来たわけではない。
ここに連れて来られたんだ」
「ん? よく分からないが……。
そんなに話す元気があるのなら、俺達に付いて来ないか?
今ここでお前を見捨てたら、彼女が黙っていないからな」
「彼女? 鳥のことか?
本当に可笑しな奴だな」
「ピピピッ!」
「ハハ。さあ、立ち上がれるか?」
「ああ。一人で立てるから、俺に触るな。
それより、お前はこれから何処へ向かうつもりだ?」
「さぁね。
取りあえず、雨風の凌げる場所まで移動しよう」
「俺は、街へ行くつもりは無い」
「奇遇だな。俺達も街へは行かない」
男が青年に手を貸すと、青年はその手を振り払い、よろけながら立ち上がった。
「お前……。
随分足元がふらついているが、目が見えなくなって間もないのか?」
「……。ああ」
「……そうか。
別に過去の事など聞くつもりはないが、名前ぐらいは聞いても良いだろう?
俺の名はエドヴァルド。彼女はニナだ」
「俺は……。……アーベル」
「アーベル、よろしくな。
ニナは少々口うるさい奴だが面倒見は良いから、お前の助けになる事もあるだろう」
「別に。鳥の助けは必要ない」
「ピピピッ!」
「ハハハ!
ニナ。そろそろアーベル君の天の邪鬼な性格に慣れろ」
「なッ……!」
アーベルにはエドヴァルドの姿は見えないが、少なくとも敵では無さそうなことに安堵した。