第5話 愛の消えた街(1)
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「え〜っと……、名前はさくらちゃん、年齢は二十歳かぁ。職業は事務……と。おぃ英二見てみろよ! この女の子なかなか可愛いんじゃね〜の!!」
順平、英二、拓巳の目の前には、華やかに並べられた、数枚の女の子のプロフィールカードが広がっていた。
名刺サイズのそのプロフィールカードには、それぞれの女の子の写真と、彼女たちの手書きによるプロフィール、そして様々なメッセージが綴られていた。
昼休みに、屋上から飛び降りようとしていた拓巳だったが、結局は、順平が言う『セックスする前に死ぬなんて馬鹿げている』という、極めて煩悩的でくだらない説得で、自殺を思い止まったのだ。
確かに、まだ経験のない十七歳の三人の少年たちには、『セックス』という言葉は、きわめて甘美的で、自分たちの心の奥底にある探求心をくすぐる魔法のような言葉だった。
彼らの頭の中は、いつも『セックス』という未知なるものへの好奇心でいっぱいだった。
<2>
「……で、順平、この女の子たちとホントにヤレんのか!?」
英二は、タバコに火を点つけた後、上を向いて、ふぅっと大きく息を吐いた。
「……ったりめ〜だろ! 雑誌に女の子のセックス体験談が出てたんだよ。【私はここで『運命の人』と出逢いました……】ってな」
順平は、腕を組み堂々と英二と拓巳に答えた。
三人は、学校が終わった後、一旦私服に着替えて、渋谷駅に集合した。そして、道玄坂の方へ向かい、ある雑居ビルに店を構えている【出逢いカフェ】に来ていたのだ。
三千円の入場料を払い店内に入ると、小綺麗に片付けけられた店の中は、中央をパーテーションで仕切られて男性用の待合室と、女性用の待合室に分けられていた。
英二ら三人が案内された男性用の待合室の壁には、少し大きめなボードが掛けられており、そこには隣の部屋で待機している、数名の女の子たちのプロフィールカードが貼られていた。
英二らは、目の前に並べられた、出逢いを求める女の子たちのプロフィールや、パーテーションの磨りガラス越しに見える、女の子たちが動く様子に、好奇心を強く刺激され、先ほどから心臓の鼓動が早まるばかりであった。
「でもさぁ、順平、ヤルんだったら、別にこんなとこなんか来ず、ソープにでも行った方が早かったんじゃねぇの?」
「馬鹿ヤロ―。英二、お前、やっぱ『はじめて』はプロじゃイヤだろう! オレは普通の女の子とセックスしたいんだ。それに……、ソープになんか行ったら一体いくらかかると思ってんだよ。学生のオレらにそんな金ある訳ねぇだろ。ここなら、入場料の三千円、そして女の子と話すためのトークチケット二千円で、計五千円しかかかんねぇんだぞ!!」
「俺たちのセックス料は五千円かぁ……。なんか金出してセックスするなんて、しっくりこねぇけどな……」
英二は、興奮状態で話す順平を横目に、ため息をつきながらタバコを灰皿に押し当てた。
「バーカ。セックス料じゃねぇよ。オレら今からエンジョとかする訳じゃねぇんだからよ。この五千円は、オレらにセックスを教えてくれる『運命の人』との出逢いのお見合い料さっ」
「運命の人かぁ……」
英二は、プロフィールが並べられたボードから目を離し、そっと店内の窓に目をやった。
三階にあるその店の窓からは、渋谷の街を行き交う人混みが見えた。
「……ちくしょう! なぁ、あんたは一体どこにいるってんだよ……!」
目を細め、渋谷を行き交う人混みを眺める英二は、この間の朝の痴漢騒動で出逢った女性の瞳に感じた、儚いほどの寂しさを想い出していた。
「英二、こないだの女の事考えてるのか?」
窓際に佇む英二に、順平がゆっくり近づいた。
「オレはさぁ、昔っからお前のダチだし、お前の恋ならいくらでも応援してやる。だけどな、どこに住んでるのかも、一体何者なのかも、名前すら分かんねぇ相手を、どうやってこの人混みで探すってんだよ」
「…………」
「諦めろ、英二。あの女を探すのは今日までって、オレと約束したじゃねぇか。もぅ夕方だぜ。今日中に、もう一度あの女に出逢うなんて不可能だ。お前は、あの女を忘れるためにも、ここで新しい女を探して、新しい恋でもしろ!」
「……なんだそりゃ」
英二は、自分を見つめて真剣に話す順平のその言葉にくすっと笑い、ふざけて尖らせた口を順平に向ける。
「なんだよ、英二。ほら、ふざけてねぇで、どの女の子を誘うのか早く決めろよ。……ってか勃起男、お前、なんでこんな所まで来て参考書なんか読んでんだ! 参考書じゃなく、プロフィール読めよ!」
順平は、先ほどから少し冷めた様子の英二と、緊張でガチガチの拓巳の首に、ボクシングで鍛えられた太い腕を回し、プロフィールの貼られたボードに、二人の顔を力強く近づけた。
「いたたたたた。オイ、順平、お前ぇ力入れすぎだっつーの!」
「ちょっ、ななな何するんだよ、いきなり君は!」
「うっせ〜この虚弱体質共! 早く女の子選んで口説きに行くぞ!」
狭い店内には、順平に首を締められ痛がる英二と拓巳の声と、順平の高らかな笑い声が、爽やかに響いた。