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第11話 Scrap Alley(2)

<1>


「なぁ英二? 勃起男の相談って何だと思う?」


「さぁな、秀才の考えてる事なんか、俺には分かんねぇよ」


 拓巳との約束通り、英二と順平は、放課後の校舎を中庭までと歩いていた。

 拓巳の急な申し出をうけ、怪訝な顔をする順平に対し、英二は赤い傘を楽しそうに振り回しながら、にこやかに歩いていた。


「英二さぁ……、朝から思ってたんだけど、お前、なんでこんな天気のいい日に、嬉しそうに傘なんか持ち歩いてんだ?」


「おっ? これか?」


「おぅ、だってどう考えても、おかしいだろう。しかも真っ赤な傘なんて」


 英二は、不思議そうに首をかしげる順平の横を急に駆け出して、順平に向かって、その傘を大きく広げた。


「愛だよ、愛! どばぁっと真っ赤に燃える愛の光さっ!」


 そして、順平に向かいブイサインを突き出したかと思うと、

「ほら、順平早く行くぞ」と跳ねるように長い廊下を駆け出した。


「……っおい! 英二、待てよ! なんだよ愛って。お前まさか、こないだの女と再会したのか!」


「……さぁね〜!」


「なんだよ、この色ボケ男! 白状しねぇとぶっ飛ばすぞ」


 校舎の窓から差し込む日差しは、嬉しいそうに無邪気に駆けてゆく英二と、それを追いかける順平を、眩しいくらいに照らしていた。



<2>


「出逢いカフェの女を助けたい〜!?」


 英二と順平の驚く声が、中庭の芝生を包んだ。

 真剣に二人の目を見つめる拓巳は、眉間に皺を寄せ、英二と順平に話を続けた。


「このままだと、彼女の幼い心は、腐敗した大人たちの心なき言動や行動により、いつしか立ち直る事もできないくらい、傷つけられてゆくだろう。大人たちは、口を揃えて言う。勉強すれば、立派な人間になれる、そして誇り高き人生を歩めるってね。だけど、本当にそう思うかい? もし、大人たちの言う事が正しいのなら、なぜ彼女はあんな所に閉じ込められなきゃならないんだ! 娘を返りみない母親と、性にまみれた汚い大人たち! 大人たちは偉くなんかない! 社会で生きてゆく中で、自分が抱えてしまったストレスを、僕らにぶつけているだけなんだ!」


 拓巳は、そう言い放った後も、肩ではぁはぁと息を切らし、興奮さめやらぬ状態で二人を見つめる。


「……なぁ、勃起男よ。全然言ってる意味は分からんが、ようは出逢いカフェにいたあの子に惚れたんで、あそこから連れだし、自分のものにしたいって事だろ。カッコつけずに、素直にそう言えばいいじゃん」


 順平は、興奮する拓巳の肩に腕を回し、呆れたように笑っていた。


「違う! 惚れたとかではなく、僕が言いたい事は、もっと高尚な事なんだ。彼女の夢を……東大合格を叶えてやりたい。僕らは、一緒に東大に行くんだ。そして、大人たちから受けた全てのストレスをバネにして、東大で勉強を続け、この街を……イヤ、この社会を変えれるような大人になるだ! これから僕らのあとに生まれてくる子供たちのためにも、僕らは絶対に東大へ行き、勉強しなければいけない! 僕は……僕はやっと分かったんだ。僕が僕であるための価値が。僕が、僕が……勉強するのは、親のためではない! 僕らが生きてゆくこれからの社会のためなんだ!」


「僕が僕である価値か……。なぁ、順平、お前、自分の価値ってなんだと思う?」


「なんだよ急に、英二。オレはそのぉ……なんだ……? えっと、よく分かんねぇや」


「俺もだよ、順平。なんのために生まれてきたのかも、何のために生きてんのかさえも分かんねぇや。……ははは、でもさぁ、俺、最近気づいたんだ。自分が何の価値を持ってんのかも分からねぇ人間だけど、例えば誰かの事を好きになった時、その人を愛しく思う気持ちや、その人を大切にしたいって気持ちは、この世界中で俺だけのもんなんだ。俺だけの心に輝いてるもんなんだ。だからさぁ、誰かを好きになって、その人の事を想う時、もしかしたら、それが俺だけにしかない、俺だけの価値なんじゃないかな、ってね」


 英二は、昨夜の降りしきる雨の中、瞳と出逢い、瞳と話したひとつひとつの事を思い出しながら、優しい眼差しで順平に話していた。


「……なぁ、拓巳が言ってるような難しい事は俺にも分からねぇよ。だけど、コイツが見つけた価値ってのが、その子と一緒に東大に行く事なら、俺たちも手伝ってやろうぜ」


 英二は、芝生に寝っ転がり、流れる雲を見つめるて、静かに呟いた。


「……英二くん」


 そんな英二に向かい、嬉しそうに拓巳は声を上げる。


「誰かを好きになったらね……」


 そんな二人に対し、順平はというと、自嘲気味に一人複雑な笑みを浮かべ、英二に背を向け芝生に横になった。


――英二も拓巳も、恋をして好き勝手に盛り上がりやがって。


 順平は里美の事を思いながら、目を閉じる。

 昔から順平が好きだったのは、クラスメイトの里美。しかし彼女がずっと想いを寄せてるのは親友の英二だった。そんな事くらい順平も分かっていた。


 自分の恋が叶う訳なんかないって事も。


 里美の恋を応援してやりたいが、英二の恋も応援してやりたい。


 ――だけど……

 俺だって里美が大好きだ。ちくしょう!


 順平は、しばらく何か考えた後、目の前に広がる芝生をかきむしり、ぱぁっと空に向かって投げつけた。


「わぁ〜ったよ! 英二、拓巳ぃ。二人まとめて面倒見てやるよ! そのカフェの女の子の連れ出し手伝ってやるから、ぐだぐだ難しい事なんか言わねぇで、ちゃんと自分の気持ちぶつけてやれ! それから、英二! お前も拓巳に負けねぇように、頑張んだぞ!!」


「順平くん! ありがとう。……ありがとう」


「バーカ、言われねぇでも、俺は彼女を幸せにするぜ」


 順平のその言葉に、嬉しそうに順平に乗っかり声を上げる拓巳と、空を見つめる続ける英二がいた。


<3>


 三人は、いったん自宅で私服に着替え、ハチ公前に夜の九時の集合する事を約束して、中庭を解散した。


『じゃぁ、俺はちょっくら彼女に傘返してくるぜ』


 英二のその言葉で、一人で帰宅する事になった順平は、青山通りを渋谷駅へ向かい一人うつ向き歩いていた。


 辺りは、眩しいくらいのオレンジ色をした夕日に照らされて、順平の影は長く長く映し出されていた。


「あれ、順平! めっずらしぃ、英二と一緒じゃないんだ」


 ふと自分を呼ぶ声がしたので 顔を上げると、少し先を歩いていた里美が順平に気づいたのか、手を振り微笑んでいた。


「……あぁ、里美ちゃん」


 順平は力のない声で一旦返事をすると、また一人でうつ向き歩き続けた。


「コラ! 順平、人が声かけてやってんのに、ナニ無視して先に行こうとしてんのよ!」


 里美は、いつものようにふざけて、順平の背中に飛び付く。


「ねぇ、英二は!?」


「知らねぇよ」


 順平は、ため息をつき、里美の手を振り払い、また歩き出す。


「なによ、どうした順平? 暗い顔して。英二とケンカでもしたの?」


「…………」


「コラ! だまってちゃ分かんないぞ、順平」


 里美は、順平の前に周り込み、無邪気な笑顔で順平を見つめた。


「ね、ナニかあったんなら、里美ちゃんに言ってみな? 山下順平くん」


「……ほっとけよ」


「何よ。今日の順平つまんない」


「……俺だって、……俺だって色々あんだよ!!」


 里美の笑顔についに耐えられなくなった順平は、自分を心配する里美をよそに、思わず青山通りを走り出した。


 次第に視界から遠くなる順平を見つめ、里美は大きな声で叫んだ。


「プロテスト……。受けるんだってね! おじさんから聞いたよ! ファイトだよ順平!」


 その言葉に、一瞬順平は立ち止まり、里美を振り返った。


 オレンジ色の夕日が眩しく、遠くの里美の姿は人影のようになっている。

 そして、そんな里美を見つめていると、順平の目に涙が溢れてくる。


「なぁ、里美ちゃん! プロテスト……プロテスト合格したら……――!」


「……何? 聞こえない!?」


「プロテスト合格したら、オレと付き合ってくれ! オレ、ずっと前から、里美ちゃんが好きなんだ――!!」


 順平は、里美に叫ぶと、遠くに佇む里美を残し、オレンジ色の夕日に向かって思いっきり駆け出した。

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