無能の旅立ちⅢ
アルベルトは眩しい朝陽と小鳥のさえずりで彼には似つかわしくない爽やかな朝を迎えた。
ぼんやりとする頭にだんだんと記憶が戻ってくる。
今日は森を抜けてフリーベルに向かう予定だ。
目の前には昨日と変わらない森が広がっている。
朝食にパンとチーズとこれから森を抜けるための気合いのために干し肉を食べた。
彼にとっては十分な贅沢である。
そしてアルベルトは視線を森に向け歩きだした。
森の道は整備が行き届いてなく時々見失いそうになる。
まだ朝だというのに薄暗く周囲からは様々な気配が感じ取れる。
草むらからはカサカサと乾いた音が響き、視界には親指より少し大きい虫が通りすぎて行く。
漠然とした不安感に襲われるアルベルトであったが彼のいる森は実に一般的な森である。
ここまで彼が恐れるのは自分の知らない地に足を踏入れたという事と単に胆が小さい事が原因である。
ビクビクとしながら森を進むと開けた場所に出た。
「はぁ、疲れた」
倒木に腰掛け息をつき水筒の水を飲もうとすると前方の草むらが大きく揺れた。
草むらからはグウウウウという低い唸り声が聞こえてくる。
近づいてくる何かに備えてアルベルトは無意識に腰に着けたナイフに手を置いていた。
唸り声は少しずつアルベルトに近づき遂に草むらから姿を現した。
中型犬程の大きさの身体に身長の半分は有りそうな長さの角を着けた兎型の魔物。
角兎が現れた。
戦闘力で言えば森の動物と大差ないが角兎も立派な魔物である。
魔物とは体内に魔素を含んだ生き物の総称であり好戦的な性格をしているものが多い。
勿論アルベルトにそんな知識はない。
「なんだちょっとデカいけど兎か~」
角兎の愛らしい姿にほっとしながら再び水を飲もうとするアルベルトだったが状況は彼が思うほどは良くなかった。
アルベルトに狙いを定めた角兎は鼻息を荒くして突進の構えをとった。
それを見て流石のアルベルトも危機を察してナイフを手に取り及び腰で構えた。
「お、おい!切るぞ!来るなよ!」
震える声で精一杯の威嚇をするが通じる様子もなく角兎はアルベルトに角を向け全速力で突進してきた。
「おい待てよ!」
ナイフを振り回しながら頼りなくそう叫ぶが状況は変わらない。
そうしている間にも角兎との距離は縮まりあと数mというところまで来ていた。
人生初の命の危機にまともに動くことも出来ないアルベルトの足はガクガクと震え使い物にならず、遂に腰を抜かして地面に尻を着いてしまった。
これではもう助からないと普段は録に祈りもしない神に祈りを捧げて目を閉じた。
スゴッ!という角が物体を貫く鈍い音が静かな森に響く。
それを聞いてやっぱり駄目だったと諦めきっていたアルベルトだが不思議と痛みは感じない。
相変わらず腰が抜けて力は入らないがそれ以外は何も変わりないのだ。
恐る恐る目を開けるとそこでは倒木に角が刺さって動けなくなった角兎がじたばたとしていた。
アルベルトが倒れたことで運良く狙いが外れたようだ。
それを見たアルベルトは仕返しなど微塵も考えずに一目散に森の出口に向かって走り出すのであった。
「こんな危ない森はもう嫌だ!早くフリーベルに行きたい!」汚い顔をさらに崩しながら一心不乱に走り続けているといつの間にかアルベルトは森の出口にたどり着いていた。
森を抜けた街道の先にはクシル村と比べて石造りの建物の多い町が見えた。
あれがフリーベルだーーー