嫌疑Ⅳ
西門から外に出ると夜の平原は月明かりでうっすらと照されているだけだった。
冷たい風の肌触りが目に見えない何かの気配を感じさせ不安を煽る。
「隊長さんはどこだろう?」
兵士の話では隊長は西門付近を警備しているはずだ。
ランタンの灯りを頼りに周辺を見渡すが人影や他の灯りなどは見当たらない。
グルルルル……
不意に唸り声のようなものが背後から聞こえてきた。
振り向くと狼が身を屈めてこちらを威嚇している。
幸い周囲に他の狼はいない。
しかしそれは妙だ。
本来群で狩りをするはずの狼が何故単独でいるのか。
狼は威嚇をするのみで仕掛けてくる様子はない。
ならばわざわざこちらから打って出る必要もない。
慎重に敵意が無いことを示して隊長探しを続けよう。
狼から目線を外さずにゆっくりと後退りをして10mほど離れると狼の方から去っていった。
狼が去るのを眺めていると黒く大きな影が視界を横切った。
気付くと先程までいた狼の姿がない。
グシャ
視界の外から肉を磨り潰すような不快な音がする。
ゆっくりと音の方向へ視線を向けると黒く大きな塊が初めからそこにあったように佇んでいる。
よく見るとその黒い塊には四肢があり、垂れ下がった顔はその殆どを口が占めていた。
その口には少し前まで向かい合っていた狼が挟まれている。
こいつはきっと夜行性の魔物だ。
話には聞いたことがあるが実際に遭うとその恐ろしさは尋常ではない。
見たところ今は狼に気が向いていてこちらには気付いていないようだ。
魔物の顔に目が見当たらないあたり聴覚で獲物を捉えているのだろう。
このまま動かなければきっとやり過ごせる。
魔物は肉を潰し終えると骨を砕き狼の髄液を美味そうに啜った。
口から狼の血を滴らせるその姿にすぐにでも逃げ出したかったが動くわけにはいかない。
狼を味わい尽くした魔物は残りかすを飲み込み次の獲物を探すべく現れた時の素早さからは考えられないようなゆったりとした足取りで歩きだした。
魔物が横を通ると獣特有の臭いと死臭が鼻を刺激した。
魔物が視界から消えてわずかに緊張が解れた瞬間足の力が抜けて躓いてしまった。
魔物の方を向くと今の音に反応した魔物が大きな口でニヤリと笑みを浮かべてこちらを向いていた。
あの速さで飛び掛かられたらどうにもならない。
しかし逃げようとすればこちらの位置をより正確に教える事になる。
逃げても止まってもどちらも死だ。
ガンガンガン
絶望的な状況の中どこかから鉄を叩く音がする。
「うおおおお!!」
次の瞬間魔物は脇腹から血を流して倒れた。
窮地に現れたのは鉄の鎧を纏った一人の男……
この人が隊長だ。
あの情けない兵士をまとめているということから頼りない人物を想像していたが予想は良い方向に裏切られたようだ。
手早く魔物の頭に剣を突き刺し息の根を止めると隊長はこちらに歩いてきた。
「大丈夫ですかな?お嬢さん。む、エリナさんではありませんか。お父上にはお世話になっております。フリーベル駐在部隊隊長を務めているホフマンと申します。……しかし、このような時間に外を出歩くとは感心しませんな。」
あんなに大きな魔物と戦った後だというのに平然としているホフマンに驚いたが、それより早く用件を済ませなければならない。
「あの、急ぎで報せないといけない事があって!今日男の人を捕まえましたよね?あの人から伝言で『土竜のコロニーで蝙蝠型の中位の魔物に遭ってそいつが計画がなんとかって言ってた』のと『西の森にいたゴブリン達が明日どこかを襲撃する』っていうのを伝えに来ました。」
「なるほど…お報せいただき感謝します。ですがそのような急な話をすぐに信じるというわけにはいきませんな。ましてやどこの馬の骨とも知らない男の話となれば尚更です。」
確かにホフマンからすれば得体の知れない男の妄言に思えるのも仕方がない。
しかし、放っておいてはフリーベルが危険だ。
「私もその場にいました!聞きました!」
つい言ってしまった。
どうにかして信じてもらわなくてはと言う思いで自分の秘密をバラしてしまうことになるとは。
もう言ってしまったのだ。
どうとでもなれ。
「その場にいた……それはどういうことでしょうか?」
「私も一緒に魔物を倒しに行ってたんです!」
「むう…それが本当ならば少し話をお聞かせいただきたい。お父上はあなたが魔物退治をすることは認めておりません。とにかく一度戻る必要がありますね。」
こうしてホフマンと共にフリーベルに戻ることとなった―――




