世界
前回までのあらすじ
訳の分からないまま鎖で縛られて牢屋にぶちこまれたら、女の子のお友達が出来ました。
やったね!
「――ということ何ですよ」
「なるほどなるほどー」
という馬鹿な冗談はさておき、俺は今お勉強会を開いていた。
議題は勿論、この場所についてだ。
俺が今いるこの大樹は、《始まりの大樹》と呼ばれる樹齢うん万年の物らしい。鳥人族が統治する場所でもあり、また住み家でもあるとのこと。
この世界には大陸ごとに統治している種族があり、俺が今居る大陸は鳥人族が統治している大陸らしい。
「他にもいくつかの大陸がありまして、支配力で言えばこんな順位です。」
龍人が統治する地 中央大陸
鬼人が統治する地 南大陸
鳥人が統治する地 東大陸
獣人が統治する地 西大陸
人が統治する地 北大陸
「こんな風にわけられてはいますが、序列2位の鬼人と3位の鳥人との間には、埋めきれない格差があるんですよ」
例えるのなら、ゾウとアリの様なものです、と少女は付け加えた。
個人の身体能力にもよるが、基本的な平均値で比べるのであれば大体順位通りらしい。
取り敢えず、龍人と鬼人には逆らうな、ということだろう。
「そういえばさ、あのハクリって奴が使った鎖があっただろ、あれって何なんだ?」
「あぁ、捕縛術のことですか? ハクリが使うのは、相手の身体の自由を奪う術です」
あの歳であのレベルの捕縛術を使えるのは、優秀な部類らしい。少女は自分の事のように自慢気だった。
少女の説明曰く、《術》には大きく分けて4種類ある。
攻撃をする、攻撃術
守護をする、防御術
相手を捕縛する、捕縛術
自身の能力を底上げする、付属術
他にも様々な《術》があるらしいが、基本的にはその4種類らしい。
少女の説明は更に続く。鳥人族のこと。
少女の説明は更に続く。どんな食べ物が美味しいのか。
少女の説明は更に続く。種族によって違う文化のこと。
少女の――――――って、ちょっと待て
「それから――」
「えーっと、ごめん。その前にさ、君の名前を教えてくれないか?」
多少遅くはなったが、君では失礼だろう。名前で呼んだ方が良さそうだし。
だが、俺のそんな考えとは逆に、少女が身構えたことが雰囲気で伝わった。
「っぁ、えと。……さ、先に貴方の名前を伺ってよろしいですか?」
言いたくない。
そんな事を言いたげな雰囲気が、少女の声から伝わって来た。
――人の名前を知りたいなら、先に自分の名前を名乗りな
そう言いたいのだろう。絶対違うだろうけど。
でも、どうしようか。俺は名前が分からない。
どう答えるべきか……。
……。あ、そーだ。
「あ、えーと。俺の名前はー、ナナシって言うんですよ、はい」
「ナナシ……、良い名ですね!」
ごめんなさい、嘘です。
名無しをそのまま名前にしただけです。安直ですみません。
嘘の自己紹介も終わり、場が一瞬だが固まった。自分の名前を名乗るべきか、少女は悩んでいるのだろう。律儀な娘だ。
「失礼します」
場の空気を変えるため、なんて会話を切り出そうか考えているとバサバサという翼音と共に、聞き覚えのある声が聞こえた。
「あ、ハクリさん」
「お疲れ様です。人間を引き取りに来ました」
「そうですか……、お勤めご苦労様です」
「これが僕の仕事ですから。……おい行くぞ、人間」
明らかに少女に話し掛けるのとは違う声音と一緒に、俺の身体にジャラリと巻きつくこれまた覚えのある鎖。
「それでは」
ハクリはそう言うと、バサバサと音を立てて飛んだ。
とすれば、つまり。
気持ち悪い浮遊感と共に、俺の身体も宙を飛んだ。
「……ナナシ、さん」
誰も居なくなった場で、少女がそうぽつりと呟いた。
「あんなに知らない方と長い時間話したのは、始めてですね」
此処に運ばれる人間は、ほぼ全員が恐怖や悔恨の言葉を口にする。
“自分にこれから起きること”を知っているからこそ、皆そんな事をするのだ。
なのに、あの人は……。
「記憶喪失と言っていましたが、案外本当なのかもしれませんね」
そう言って、少女は笑った。
「人間と話すなって、ハクリが言ってなかったっけ?」
心臓が止まるかと思った。
背後から聞こえたその声に、少女の額から嫌な汗が流れた。
壊れやすい硝子細工の物を扱うように、肩に優しく手が置かれる。
「し、シロナ、さん。いらしていたのですね」
「うん、ハクリからのお願いだから♪」
「お願い、ですか?」
出来るだけ動揺しないように気を付けるが、生来の素直な部分がそれを邪魔する。
“人間と話す”という、してはいけないことをしたのだ、普段ならタダではすまない事態である。
少女の髪を手櫛して遊んでいるシロナの様子から、そこまで怒ってはないのだろうか。
「怒ってるよ」
その言葉に、少女の時は再度止まった。
さっきまでとは別人の声音に、少女は身体が硬直するのを感じた。
「心配だから、迂闊に話すなって言ってるのに、何で会話なんかするの?」
その声には、感情が無かった。
「ぁ、ご、ごめんなさい」
「私はさ」
少女の声なんか耳には入っていないかのように、シロナは続ける。
「大切に思ってるから、言ってるんだよ?」
「欲しいものがあれば、持ってくるよ」
「食べたいものがあれば、持ってくるよ」
「見たいものがあれば、描いてくるよ」
その言葉に、少女は自分に置かれた環境を思い出して、例えようのないやるせなさを感じた。
そうだ、私は。
「だから、此処で大人しくしててよ。姫様」
突き付けられたその言葉に、少女は現実に引き戻された。