デュクレス帝国跡3
うっかり国王にされてしまった俺に、その日の夜に天から助けの手が差し伸べられた。本人からすれば助けるために連絡をして来たわけではなかっただろうが。だがこちらの事情に巻き込まれてもらおうか。こちらは手詰まりなんだ、逃がさないからな。
「ナイスなタイミングだな、ヘヴン。ちょうど相談したいことがあったんだ」
『この声は……そこにいるのはシルヴァーで間違いないよね?』
「うん? ああ、そうだが。どうしたんだ、一体。コレで連絡できるのは今は俺しかいないって話だっただろ。そっちも何かあったのか」
『あったというか……おかしなことを聞くけど、君は今の暦を知ってるかい? 教えてくれないか』
「今は確か、プロミス暦3467年だったはずだが」
そう返答すると向こうは黙ってしまった。今の言葉に考え込む要素などあるか? 本当にどうしてしまったんだ? 話し方も記憶に残るヘヴンと違う。いつもよりずっとテンションが低いではないか。それに、対応に出た俺を疑うときた! 俺の持つこの魔道具は世界に一つ、使い方を知っているのも俺だけだろうとまで言っていたというのに。
「おい、ヘヴン? 大丈夫か」
沈黙に耐えかねて聞く。向こうは何かぶつぶつ言っているようで、聞き取りにくい。
『……どういうことだ? プロミス暦……『約束された暦』……シルヴァー……『栄光の暦』……時代が違う……』
「ヘヴン? どうしたんだ」
いつになく真剣に悩んでいるその声音に妙な気持ち悪さと不安が煽られる。
『……ああ、そうか……私の存在軸の方がぶれたのか。ああ、分かった……すまない、待たせたね、シルヴァー。用件は何かな? 久しぶりに話せた友のお願いならある程度なら叶えてあげようじゃないか!』
「いきなりテンション上がったな……一体何に悩んでいたんだ? それに、久しぶりってほどでもないぞ。3ヶ月くらいか?」
『そうなんだ。でも、私の方は5000年ぶりくらいなんだよ』
……は? 年数の桁おかしくないか。5000年? どんな種族でも死んでいるだろ。
「おい……冗談はよせよ。5000年なんて生きていられないだろ。こっちは真剣に相談したいことがあるんだ。ここからはふざけないでくれよ」
『嘘でも冗談でもないんだけどね。それで、相談したいことって何かな?』
「釈然としないが……まぁいいか。相談したいのは、今日俺達が見つけた遺跡についてだ。そこはおそらく元デュクレス帝都だった場所のようなんだ。うっかり国王として登録してしまって、この街の扱いに困っている」
『デュクレス帝都? ディオールくんの話にあったね……私が覚えている限りではそこは封じられ、原型を留めてはいなかったはずだよ。ざっと500年前のことだ。それが君達の手によって姿を取り戻したということだね? 支配機構……ゴーレムやブレインも復活しているのかい?』
何故ヘヴンがここまで知っているんだ? デュクレス帝国が滅んだのが500年前だと一体どこで知ることができる? 少なくとも今の時代に残っている文献には300年以前のものは詳しく載っていない。辛うじて伝わっているのは英雄達の活躍くらいだ。まさか、実際に見てきたというのか?
こいつは、本当に5000年以上もの時を……過ごしてきたのか?
だとしたら……ヘヴンは一体何者なんだ。話せる以上、知的生命体であることは間違いないだろう。しかし、長命で知られるどの種族だって3000年以上の生はありえない。
それ以上に
「ちょっと待ってくれ、今ディオールと言ったか? カルティエという妹を持つ、【最凶の双剣】【双頭の兇手】【時の盗人】の異名を持つあのディオールで間違いないのか?」
『おお……そこまで知っているんだ。今も意外と文献が残っているのかな? ま、とにかく、そのディオールだ。幸か不幸か、彼は長い時を経て自国の最後を見届けることができたんだよ。その話を聞いたのさ。で、ゴーレムやブレインはどうなっているのかな?』
まだ何かすれ違いというか、勘違いがあるようだな。訂正できるうちにしないとな。このヘヴンは俺と同じ時代に生きているのだろうに、このかみ合わなさは一体何なのだろうか。素早くそう考えて返事をする。
「ゴーレムもブレインも無事だよ。精力的にサポートする気が満々だ。……ヘヴン、俺の生きる時代には300年以前の文献は残っていない。ディオールの話は俺も本人から聞いた。英雄達との腕試しは知っているか? それで現れたうちの一人がディオールだった」
『何かつい最近似たような報告があったような……? そうか、少し前に遊びに出した子達が絶賛していたのは君達だったということか。なるほどね……そうだ、君の困りごとを解決する手があったよ。前提として、君はそこのことを国に知られたくない。それは反逆とかそういうことではなくその街の立地に由来する。また、国王として過ごすこともしたくない。それは君の気質だね。孤高の虎さん?』
「黙っとけ。まあ、前提についてはその通りだ。まだ余計なものを持ちたくない」
『うん。その上で提案するんだけど、その街自体を私が今いるここ……【妖精郷】にまるごと移してしまうというのはどうだい?』
三拍
「はあっっ!?」
いったいなにをいっているんだおまえはふざけているのかまちごといてんとかどれだけまりょくをひつようとするとおもっているんだそもそもそんなことができるまほうなどしらねぇよ!!!
一拍
「一体何を言っているんだお前はふざけているのか街ごと移転とかどれだけ魔力を必要とすると思っているんだそもそもそんなことが出来る魔法など知らねぇよ!!!」
ヘヴンの言葉に混乱した思考のまま口から矢のようにツッコミが放たれた。
『ワンブレスで言われると反論がしにくいね。ええと、魔力については問題ないよ。話題のディオールとカルティエを送り込むから! 魔法じゃなくて魔術を仕込むからたぶん大丈夫』
「それ、だいぶ問題があるよな!? ディオールってとっくに死んでるだろうが! 送り込めるわけがないっ!」
『さて、それはどうかな? ……シルヴァー、君はアンデッドフェスティバルの主催者って誰だと思う? この私さ! だからディオールとカルティエを送り込むことは可能だよ』
「そうか。まぁ、それについては実際にディオールとその妹がこちらに来ることで本当だと証明できるからいいとしておこう。だが、妖精郷というのはどんな場所なんだ? どこかの国に属しているとかはないよな?」
『うん。妖精郷は英雄クラスの人達が生活している場所さ。場所によってはイ・ラプセルとも言われているね。私達はどこの国にも従属するわけにはいかない。となみに、ここにいる英雄は皆、生前に強い力を持っていたために輪廻から外れてしまって、行く宛がなくここに辿り着いたという経歴を持っているんだ。アンデッドフェスティバルは彼等のストレス発散のために企画したものなんだよね。
だからディオールは私の手の届くところにいる。そして私は彼等をも越えた存在さ。そちらにディオールを送るくらいわけないよ』
にわかには信じがたいが、ヘヴンの声は真剣なものだ。本当のことを言っているのだろう。だが……
「……ふぅ、とりあえずその言葉を信じておく。それならば、いつ頃ディオールをこちらに送れる? 魔術を仕込むのならばかなり時間がかかるか?」
『大丈夫。明後日にはそちらに送れるようにするよ。どうせ二人とも死ぬことはないし、ちょっと大変かもしれないけど、彼等なら大丈夫でしょ』
1つの魔術を覚えるのに常人なら1ヶ月はかかる。それを2日でマスターさせるとか……こいつは鬼かっ!
そういや、俺のときも……オモイダシチャイケナイ。オモイダスナ……はっ! もしかして、俺も似たようなことを経験しているのか? 無意識に記憶の底に封じようとするくらいの悪夢を……。
「ああ、手加減なしに完璧に教え込んでくれると助かるな」
ディオール(とその妹)にとっては地獄だろうが……うちのゼノンにした仕打ち、忘れたとは言わせないからな。精々頑張ってくれ。
「あ、でも妹……カルティエさんには手加減してやってくれ。その人には恨みはないからな」
『了解! ディオールは鬼モードで、カルティエはハードモードで教え込むよ。でも、あの子も悪気があった訳じゃないことは分かってやってよ。どうせ久し振りに骨のある子と出会って羽目を外しちゃったんでしょ』
あのディオールをあの子扱いできる辺りにどことなく安心感。そしてどこぞの親のような慧眼。これは長く生きた経験によるものだろうか?
何はともあれ、とりあえずはディオールに復讐出来ることに喜んでおこう。