デュクレス帝国跡1
竜の卵を手に持ってしまったらどうなるだろうか? 竜は珍しい生き物だ。だが、生まれたての子竜は暴れまわり、力を暴走させる。周囲の被害は甚大になる。そして、一番近くにいた者が割りを食う。
さぁ、もう一度問おう。竜の卵を手に持ってしまったらどうなるだろうか?
答。周囲の環境に対して過剰に反応する羽目になる
ユモアの森の洞窟で見つけた『神術指南書』。あれは今の例で言うと竜の卵にあたる。そもそもなぜ危険かと言うと、その書物を欲しがるだろうところが2つに絞られるのだが、どちらも大変恐ろしい裏の顔を持つ組織だからだ。その組織とは、教会と研究所。平和的な機関に感じられるかもしれないが、それは気のせいだ。俺が命の心配をしてしまうほど真っ黒い組織だよ、あれらはな。
今、俺はユモアの森を抜けたところだ。俺がここにいること、『神術指南書』を持っていることはパーティメンバーを除けば誰一人として知らないはずだ。知っているはずがない。そんなことは俺だってわかってる。
だがな、怖いものは怖いんだよ!
お陰で気の休まる暇がない。森での魔獣の襲撃だって例えば、エイプ襲ってくる→俺振り向きながら拳振るう→俺無双って感じだったからな。今のところいい感じに作用してはいるが……そう持続はしないだろう。
ともかく、俺は非常に神経質になっていた。だから、気づけたんだろうな。
「うん? ちょっと待ってくれ。なぁ、これ、門の跡じゃないか?」
「おお……本当だ。確かに門みたいだね」
「これ、門なの? ほとんど崩れているけど」
「でもほら、こっちに続いているのは壁だったものでしょう。王都レベルの都市だった可能性があります。だいぶ風化しちゃっていますがいい石を使っていますから」
俺もそれを見てここが門の跡だろうと判断したんだ。
「なるほどねぇ。とすると、この先は街なのね。もしかして、デュクレス帝国かしら?」
「その可能性が高いね。ディオールさんの話では位置関係はよく分からなかったけど、ユモアの森から行けるところにデュクレス帝国があったのは間違いないんだから」
「ディオールがこれを見たらがっかりするだろうか。それなりに愛着を持っていたようだったしな」
「う〜ん……案外ケロっとしているかもね。時の移り変わりが残酷なのは分かっているだろうし」
まぁ、アンデッドとして出てくるときに嫌でも時代の変化を感じるだろうしな。本人もその変化を認めている様子だった。
俺達は街があったと見られる場所を探索する。どうやらここの建物はどれも同じ種類の石を使っているようだ。しかし、建物の原型をとどめているものはない。これは捨てられて大分経った荒れ具合だ。いや、正直に言うと森に取り込まれていてどんな規模の街なのか、どれだけ栄えていたのかはさっぱり分からない。ディオールはどれだけ昔に生きていたんだ?
「ここは、石畳が残ってるね。街の中心地かな」
「これは元々は噴水だったんじゃないかしら? やけに大きいけど」
「そのようですね。まだ設備が生きているでしょうか? 少し時間をもらえますか?」
「別に構わない。ロウはそんなことも知っているのか? 10歳とは思えないな……」
「そうですか? 以前に僕が貴族の関係者だと知って襲ってきたおじさんがいたのですが、屋敷の外の設備を見て直してくれまして。本人は職業病だと言ってうちひしがれていました。それがきっかけでいろいろ教えてもらえたんですよ。今では公爵様のお抱えです」
「そのおじさんは建造物の整備士だったのかな? 何とも珍しいことだね。貴族を相手にしかけたのに生きていることもそうだけど、そこまで腕の良い人が解雇されることも」
「そんなに昔の話ではないのですよ。1、2年前です。不景気でどこも大量解雇の憂き目にあったと話していましたね。あ、動きました。水が出てくるので離れて!」
水が噴き出し、どんどん溜まっていく。とうとう噴水プールからも溢れだした。
「すごい!! こんなに荒れるほど時が経っていてもまだ水源がいきているんですよ! 素晴らしいです」
「確かにすごいが……うん? 噴水のところ、何か書いてあるんだな……ロウ、ここ入っても大丈夫か?」
「え、はい、大丈夫ですよ。あ、でもいいのかな……何かまずい成分でも含んでいたら……」
「もう俺達皆びしょ濡れだから、今更だ。ちょっと見てくるな」
噴水が噴き出しているその近くに先程まではなかった文字が浮かび上がっていた。直していたロウが見逃すとは思えない。何か別の要因で現れたのだろう。しかし、噴水プールの外縁からはよく見えないため俺は慎重に近付く。
「なになに……『街を甦らせし者よ、以下の文言を唱えよ―――リバイブ・タウン』」
俺がその言葉を唱えた途端木や草が光となって消えるなどして周りが光輝き、さらにとても不思議なことが起こった。
「な、何これ!! 街が……」
「これは……元に戻っている、のか?」
ぐるるぅ《この水は普通の水ではないのではないか?》
「そう、だな……なぁ、ゼノン。この水を調べられるか?」
「あ、そうだね。……シル兄ちゃんが唱えたのが呪文だとして、この水は触媒ってことになるのかな……」
溢れていた水はそこらに転がっている石に当たると光となって弾けて消えてしまう。そのすぐ後に水がぶつかった石が方々に飛び、建物になっていく。いや……元の建物に修復されていくと言った方が適当か。確かに言葉を言うと共にかなりの魔力が持っていかれたが、それだけでこのような変化を出すことはできないはずだった。まさしく、魔法。かつては、現代魔法では到底辿り着けないほどの高度な魔法文明が広がっていたのだろう。
「ゼノン。何か分かりそうか?」
「う~ん……俺の知識じゃ何も分からないってことが分かったよ。これはそうとう昔の遺跡だったんだろうね。この水も、何か魔法的な要素を含んでいるのは確かなんだけど、それがどんな風に作用するのか……まぁ、物の修復だろうと当たりはつけれるけど、ほら、特定の素材にしか反応しないとかありそうだし。あ、でも人はあまり飲まない方が良さそうだよ。魔力基盤が狂うかもしれないから」
「……そうだな。後は、この街に使われている石も調べるか?」
「もうやってみたよ。特殊な石だってことしか分からなかった。この水と反応するのは確かみたいだけど……見て。これはこの建物を少し削った物だけど、こう水につけるとひとりでに戻っていく。あと、建物の欠けた場所に水をかけるとこの部分が修復される」
「実際にこうして見ると凄まじいな……。この水が有る限りこの街はずっとそのままであり続けるんだろう。だが……今まで荒れていたのは何故なんだろうな?」
「噴水は人為的に止められていたようです。街を捨てなければならない事情が出来たのかもしれません」
「そうだな。ディオールの時代もこの辺りは社会的にも相当荒れていたらしいからな……というか、そもそもここはデュクレス帝都の跡なのか?」
「多分そうだと思うけどね。もうちょっと先にお城っぽいものが見えるし」
「行ってみたいわ。その、お城なら何かレリーフが残っているかもしれませんし」
先に進むことで意見が一致して広場の先に目をやったその時、俺達がやって来た道とは反対の方からのっそりと大きな影が近付いているのに気付いた。復活した街の建物に遮られて全貌は見えないのだが、影からして大きなヒトだろうか? もしここのことをよく知るモノだったら、俺達が侵入者だと認識される恐れがある。
「……全員構えておけっ」