ユモアの森 洞窟探検
翌朝、朝告げ鳥のけたたましい鳴き声に起こされた。朝告げ鳥というのは朝のみ活性化する魔獣で、その鳴き声は非常に遠くまで届く。基本的に無害なのだが、日が完全に上るまで鳴き続けるため、朝方に近くにいられるとどうしても起きなくてはならなくなる。うるさくて寝ていられないのだ。きちんと起きれるのは助かるが、仕留めるまでしばらく鳴き続けるのは如何ともしがたい。
「うるっせぇ……鳥はどこだ……」
「おはよ、シル兄ちゃん。機嫌悪そうだね。鳥はほら、外に出てちょっと登ったとこにいるよ。微妙に魔法の射程範囲外だからちょっと仕留めにくいんだよね」
「ほぉ……木にのぼれば魔法が届くな。こちらに落ちるように誘導すりゃいい……」
「へ? って、シル兄ちゃん……よくのぼれるね」
ゼノンが何か言っていたが無視して木をのぼる。あのうるさい鳥をさっさと仕留めないと。人がせっかくよく眠っていたところを起こしやがって……。
「【アースウォール】」
ココォ!?
「【アースウォール】」
コッ……コココォ!
「【アースウォール】」
これで3方面を閉じたからあいつはこちらへ来るしかなくなる。うむ。ようやく静かになるな。
コッ……ココッ!?
「はい、確保~。朝食ゲット! シル兄ちゃん、機嫌直してよ」
「ゼノンくん、血抜きはちゃんとやってね?」
「もちろん。地抜きに便利な魔法はちゃんと覚えてるからね。それにしても、食い出のある大きさだよね」
「果物も大きいですしね。しかも、この辺りは種無しの物も多いですよ」
「それはディオールの話にあったのとは違うな。分布が変わったのか?」
「そうかもね。ディオールさんが生きていた時代がいつだったかは知らないけれど、かなり時間が経っているのでしょう。何百年と経っていれば分布も変わると思うわ」
そんな会話をして、朝食を終えた俺達は洞窟の奥まで行ってみることにした。ひょっとしたら財宝がまだ隠されているかもしれないからだ。
とは言ったものの
洞窟の内部は本当に罠がひしめき合っていた。縦横無尽に飛んでくる槍や矢、剣山が仕込まれている落とし穴、毒の道などなど、実に殺しにかかってきている。そのほとんどが連動罠であるという辺り、殺意が透けて見える。
「うう……ディオールとの対戦もそのあとの罠の森突発も大概だけど、ここも酷いよ。外の植生からして相当な時間が経っているはずなのに衰えもしていないんだから……」
「案外、最期にディオールも手を加えていたのかもな。俺達がここに来て驚くのを願って黙っていたのかもしれないぞ」
グルルゥ《あのような性格の者ならばその思考もあり得る》
「あの……どうして僕だけ蜘蛛の巣に掛かり続けているのでしょうか?」
「う~ん……どうしてだろうね? 蜘蛛の巣は今のところ罠でもなんでもないから察知できないんだよね。諦めて」
「そうですか……何か、蜘蛛にしては粘りがないので人工モノかと思いましたが違うようですね」
「そうなの? じゃあ、何かあるのかな……今の時点で分かることはあまりないけどね」
「あ、見て。扉があるわ」
ようやくディオールの話にあった扉の前に来た。この先が居住空間で、財宝類はそのさらに奥にある……かもしれない。
「やけにキレイだな。まだ人が来たりしているのか?」
「う〜ん……それはなさそうだよ。埃が積もっていないのは気になるけど、人が来た形跡はないよ。でも、何か魔術が掛けられているかもしれないから迂闊に触らないでよ」
「「「了解」」」
扉の先は椅子や机が置いてあったり、台所が設置してあったりと人が住んでいた形跡が見られる。
「日記の類があればいいんだがな。流石にそういったものは残っていないか」
「だね。食器とかも持ち出されてる……やっぱり人が住まなくなってしばらく経っていると思うよ。奥に向かおうか」
そしてゼノンが奥に続く扉を開けると、そこにはびっしりと黒いアレ(蜘蛛)がいて……
「「「うわぁ……」」」
「ロウが蜘蛛の巣に引っ掛かり続けたのもおかしいことじゃなかったんだね~……」
「ゼノン!! 現実逃避は後にしろ。全員奴等に集われないように注意しろ! 火は極力使うなよ!」
「【ダウンバースト】」
「【サンダーシャワー】」
「【ダイヤモンドダスト】」
「【ニードル】【ニードル】【ニードル】!」
まず俺のダウンバースト、次にゼノンがサンダーシャワーを放ち、ロウはダイヤモンドダストで大量の蜘蛛を仕留め、ラヴィさんは日中は初級魔法しか使えないという制限があるため、【ニードル】を連続で放っていた。
カサカサカサ……という擬音が聞こえてきそうなその挙動に粟立つ肌をさすりながらも魔法を放つのを止めない。数分後、無事に制圧したのを見て、一旦下がることにする。
「やったか……?」
「とりあえず目につく奴は全部倒したと思うよ。あの部屋の先にはまだまだいるかもしれないけど」
「ねぇ、ゼノンくん。この蜘蛛って……絹蜘蛛じゃないかしら?」
「ええ!? 本当ですか? 絹蜘蛛から取れる糸は最高級品ですよ。その絹蜘蛛ですか」
「確かにね。道中のロウの話からしても絹蜘蛛かもしれないね。希少種が何故あんなに繁殖していたのか……」
「絹蜘蛛は有名だが、調教されていないものはかなり獰猛だと聞いたな。事実、あの特攻には肝が冷えた。もったいないと思うことがないとは言えないが、制圧したのは正しい判断だろうな」
「奥に数匹くらい仕留め損ねたのもいるかもよ」
実際、改めて奥に行ってみると先程制圧した部屋は2、3匹の生き残りがいた。これ幸いと捕まえる。少し荷物になるが、換金できる金額を考えたら苦にはならない。
ちなみに部屋には大したものはなかった。銀食器が数個あっただけだ。ただ……まだ奥に部屋がある。今度はもっと重厚な扉がついていた。今度こそ宝があると期待したい。
「宝か、蜘蛛か……」
「ああ、そっか。また蜘蛛部屋の可能性もあるんだね」
「そこで何故こっちを向く?」
ジロリとゼノンを睨むも堪えた様子もなくスススッと俺に近付き上目遣いで手を合わせた。言い出すことは何となく分かるが、敢えて分からない振りをする。
「お願いだから! シル兄ちゃんが開けてよ、あの扉」
「い・や・だ!」
「……はぁ、この意気地無し共め。私が開けるわよ」
「「え!? ちょ、待った……」」
「あら?」
扉の先には目をギラリと光らせた蜘蛛がまたうじゃうじゃと……
「「キャーーー!」」
グルルゥ《二人とも、それは些か情けない悲鳴ではないか?》
「俺は蜘蛛とかダメなんだよ! 獲物を捕るのに邪魔になる低い位置に巣を張る性質! 妙に多い足! 地面をカサコソとはい回るあの動き! どれをとっても嫌悪感が勝るだろうが」
「うんうん、シル兄ちゃんの言う通りだよ。それに加えて、俺の場合は何度か仕掛けた罠をふいにされたこともあって余計に嫌いになった」
「それに、してはっ、随分と余裕ですねっ!」
「【ニードル】っ、さっきの方が余程慌てていたじゃないのよ!」
まぁ、今回は扉の向こうに蜘蛛がいるかもしれないと推測できていたからな。最初のは不意討ちでパニックになったんだよな。
そんな思考を続けつつ蜘蛛を倒し続ける。足を折って機動力を無くせばあとはただの的だ。
「ふぅ……今回も何とかなったか」
「人生で最悪の戦闘だったよ……もう流石にいないよね?」
「そうですね。この部屋が最奥だと思いますよ」
「あ……ここは……」
「「財宝部屋か!!」」
あらゆるものが蜘蛛の巣にまみれていたが、それを払って見えたものは間違いなく宝箱で、中身は宝石類が非常に多かった。金貨銀貨が少ないのは、この場所では貨幣のやり取りの必要がないことに起因しているのだろう。
「よし、絹蜘蛛の糸を巻き取りつつ宝箱を確認していこう。アルは入り口で敵が来ないか見張っていてくれ」
「「「了解!」」」
グルルゥ《承った》
先程までこの場にいたのは絹蜘蛛だ。奴等の糸は最高級品の服になる。蜘蛛本体もいい値段がつくが、絹の糸も状態が良ければ天井知らずの値段になる。100年ほど前に乱獲されて以降、絹蜘蛛は本当に希少な存在になった。それを大量に殺してしまったことには……目を逸らさせてもらおう。一応、捕獲した十数匹以外に逃がしてやったのもいるからまたどこかで繁殖するだろう。
「宝箱は合計14箱か。そのうち空箱が8箱に宝石が入っていたのが5箱、残りの1箱は……これは、本か? 読みにくいな……『神術指南書』?」
手近にあった一冊を手にとって読んでみる。かなり昔の文体で非常に読みにくい。とりあえず題名を口に出すとロウがぎょっとして覗き込んだ。
「シル兄さん、そそそそれ、幻の書ですよ! 『スペル』の元となった体系です」
「スペルって確か、神代の文字を使って発動する、回復・援護の術だったよね? 昔から続いているものじゃないの?」
「ええと……僕も聞き齧った知識でしかないので、はっきりとは言えないのですが、確かに『スペル』は回復・援護の術です。ここが大切なのですが、今現在知られているのは回復・援護しかありません。攻撃系の術はないのです。
仮に『スペル』が昔からのものだと仮定すると、おかしいですよね? 神代の時代はまだ魔法の技術が未発達で、他の魔法的手段を用いていたというのは有名な話です。それを『スペル』だと考えてみましょう。その時代にも存在していた魔獣や魔物をどうやって倒したのでしょうか? 回復・援護だけでは限界があるのです。
そういった事から『スペル』には元となる何かがあったとされているのです。その有力候補が神術なのです。本を読めば自ずと知れるでしょうが、神術は大気の魔力だけでなく、あらゆる魔力を用いることができると書かれているらしいです。『スペル』と似ていますよね? いえ、この場合は『スペル』こそが神術の一部であったと言うべきでしょうか」
「……幻の書とまで言われているのは……」
「ただ単に数が少ないかららしいですよ。それに、使える人もそんなにいなかったため重要視されずに大昔に大量処分されたと言われています」
俺は手の中にある『神術指南書』を見下ろす。これは大変貴重なものだ。そして、危険なものだ。
ロウは気付いていないようだが、これを表に出してしまうと『スペル使い』の重要性が薄れてしまう。実は『スペル』というのは教会が中心に教えているものだ。簡単なものは流出しているが、高度なものは依然として教会の手の中にある。その希少性から教会は所謂『スペル使い』を方々に派遣して利を得ている。覇権も、な。
ロウの話を聞くに、この本はおそらく教会の手の中にある高度な術も、攻撃系の術も載っているのだろう。これを売却し、研究所に渡った場合、『スペル使い』の希少性は崩落する。
「……教会、ひいては教国が敵に回るのか。まずいな、それは」
かといって教会に寄贈してしまうと、売却することで得るだろう莫大な利益をみすみす逃すことになるし、内容を知られていることを危惧して教会から『鬼』が放たれるかもしれない。さらに、逆恨みした研究者からの魔の手も……
「しまったな、どうしよう。どう動いても生きていられない気がする。詰んでないか、これ」
出来れば見なかったことにしたいと強く思う。だが、そうはいかないんだろうな……。俺が考えているのはあくまでも可能性でしかない。それに、サバイバル授業中でのこの発見はいい実績になる。捨てるのは惜しい。
仕方ない、持っていこう