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虎は旅する  作者: しまもよう
クナッスス王国編
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閑話 ディオールの異名譚2


 また数年後のことだよ。僕達は鍛練と勉強の質を上げていって、帝都でも密かに恐れられる存在になった。実際に爺さんの屋敷にやって来る非公式の客人はあの一件以来一人も逃げることが出来なかった。


「……みぃーつけたっ! お兄様! あそこにおりますわ」


「……今日はティアの勝ちか。いつも通り仕留めるのは僕がやるよ」


「……まぁ、今日は私はあまり動けないドレスですし。お兄様に譲りますわ。でも、確実に仕留めてくださいませ」


「もちろん。じゃあ、ティア。僕は少し席をはずすよ。大人しく待っていてね」


「はい。お兄様」



「……カルティエ様。ディオール様はどちらへ?」


「気分転換に向かわれたのですわ。少しだけ一人になりたいそうよ」


「あら、私と踊っていただこうと思っていましたのに。残念ですわ」


「今度、兄から誘うように言っておきますわ」


「あら、よろしいの? 楽しみですわ」


 20代になればもう社交界に出ないわけにはいかなくなるんだ。僕は仕事を理由にあまり顔を出していなかったんだけど、断りきれないものもあってね。そういったものは大抵僕達を亡き者にしようとする暗殺者が紛れ込んでいるから夜会の合間に掃除しちゃおうと思って、妹とちょっとした勝負をしていたんだ。暗殺者を見つけたら1ポイントずつ加算していって先に10ポイント貯めた方がもう一方の言うことを一つ聞くってゲームだ。大体二月で勝負が決まるね。基本的に見つけた暗殺者を始末するのは僕の役目だった。


「あいつか……!」


「っ、ダレだ……?」


「華やかな夜会に不粋な客は必要ないよね。君もそう思うだろ、【禍いモノ】殿? 雇用者はダンカン侯爵かな。あの人も大概しつこいよねぇ」


「……オマエも裏に生きる者か。それなのに、表でも動いているとは。侯爵様の言う通り、生かしてはおけない者のようだなっ」


「おっと、基本に忠実に投げナイフか。甘いねぇ」


「ちっ…………ぐぅっ!?」


「あははっ。やっと気付いたんだ。もう君は動けないよね? だって……少しでも動けば首が飛んでしまうものね? ……ところで君は傭兵の情報を持っているかな?」


「傭兵など、ほとんどが騎士崩れだろう。どこにも混ざれないはぐれ者さ。さぁ、さっさと殺すがいい。もっとも、私が死んでもあの方の痛手にはならない!」


「つまらない回答をありがとう。君がこんな愚かで役立たずだとは思わなかったよ。さようなら」


「あっ……」




「……お兄様。気分転換は出来ましたか? まだ浮かない顔ですわね。(ちゃんと仕留めてきたようではありますけど……)」


「やっぱりそう見えるか。ちょっとね、【禍いモノ】は所詮【紛い物】だったと分かってね」


「ああ、愚かで役立たずな人はお兄様の大嫌いな人種ですものね。では、今日のところは退出いたしましょうか」


「そうだね。……本当に、つまらない。忠義に厚い暗殺者など、今時流行らないさ」


 さまざまな面から見ても爺さんが守っていた国はどうしても滅びに向かっていた。だというのに、国の上流層は何の心配もせずいつも通りを貫いていた。いよいよ夜逃げセットの使い時かと思ったその日のこと。宰相の訃報が届いた。


「嘘だろっ!? 一体何故……」


「馬車で王城から帰還していたところ、横から別の馬車がぶつかり、投げ出されたセルダム様はそのまま暴走した馬車に轢かれてしまわれたのです。即死でした」


「……そうか。爺さんがいなくなった以上この国は俺たちにとって敵しかいないと思え。モード、悪いが僕はここを出る。私兵隊長のコームにも言っておいてくれ」


「お兄様。荷造りは済んでいますわ。いつでも出れます」


「そうか。一応僕は爺さんの死を陛下に奏上しておく。あの方もお救い出来ればいいが……。それで、そのあとユモアの森で落ち合おう」


「ディオール様。私は教国へ亡命します。コーム達も共に。ですから、お館様が助けたその命、無駄に散らすことはないようにお願い致します」


「無論のこと。さぁ、今日中に動かねばならない。モードは情報の伝達を急げ。亡命先は各々決まっていたな? その確認もしてくれ。カルティエ、外で張っているであろう愚者どもを間引いておいてくれ。気取られるなよ」


「勿論ですわ。そのような愚は決して犯しません」


「頼んだぞ。では、行ってくる」





「……聞いたか、宰相閣下が儚くなられたそうだ」

「……ああ、これはダンカン侯爵の動きが気になるな」

「……あれには侯爵様が関係してるって話だ。暴走した馬車、あれの持ち主の商人は侯爵様と懇意だとか」

「……それは怪しいな。とんでもないことをしでかしてくれたものだよ」

「……宰相閣下がいらっしゃったから国は辛うじて体裁を保っていたと言うのにな」

「……シッ。上流層に聞かれたらただじゃ済まないぞ」



「使用人の間でも広まっているみたいね。意図的に広められたのか……陛下のもとへ急いだ方が良さそうだ」



「……女官長! 陛下も正妃様も、もう……!」

「……静かになさい。私達は最低でも明日まではそれを隠さねばなりません」

「……殺人ですよ? 納得できません!」

「……どのみち我らも長くないのは分かっていますね? せめて、宰相閣下の秘蔵っ子が逃げれるだけの時間を稼ぐのですよ」

「……はい。それがお二人の遺言でしたから」

「……税と軍の鎖の証、春を右端、押し込み左へ。どうか、お気をつけて」

「……女官長、一体何の呪文ですか?」



「今のは爺さんの屋敷の緊急脱出のキーかな。それを知ってるって……あの女官長、何者なんだろ? まぁ、いいか。爺さんも信頼してた人みたいだしね。しかし……陛下まで暗殺されてるとか。終わったな、この国」



 おそろしく優秀な国王陛下と宰相がいたから何とか回っていた国の業務だが、二人がいなくなったら、頭の足りない貴族達がどう動くか……少なくとも国の業務をやろうと思う人はいなかっただろうね。というか書類の見方からして知らないような気がしたね。僕一人で出来るものでもなし、爺さんにも、もし国王陛下共々暗殺されたら即座に逃げろと言われていたから、あの国を見捨てることに対して罪悪感など無かったよ。しかも、事件の起こる1週間前に陛下は『有事の際は書類申請なしに王都から出ることができる』と定めた法律を施行したから賢い都民はもう既に国から出ていただろう。


「ちょっと危険だけど、爺さんの屋敷に戻ろうか。女官長の言ったことを確かめておかないと」


 『税と軍の鎖の証、春を右端、押し込み左へ』これは僕に宛てた符丁だった。思い当たることがあって早速行動に移した。

 具体的には爺さんの執務室で、かつて紛れ込んでいた税務局と軍部の不正が見られる書類のコピーがおいてある棚に何故かあったエロ本(ハードカバー。爺さんが生きているときは何かの罠と思って避けていたもの)を右端に置き、それを軽く押し込んで左へ力をかける。すると、微かにカチリと音がして本棚が横にスライドできるようになり、地下へと続く階段が現れた。


「ここを通ればすぐに地下に出られるってことか。良くできてるね。微かに風があるからどこかに通じてるみたいね。しかも、こちら側から入り口を閉じることができる。……やっぱり予想していたのかな」


 少し歩いたところに、ポツンと1部屋だけあった。何か罠が仕掛けられている訳でもなかったけど、異様な存在感があったから恐る恐る覗いてみたんだけどね、何とビックリ、そこは僕にとっての宝庫だった。殆どが紙や本……暗殺者の心得とか、罠師の心得とかだったんだよ。ま、奥の方には多くの金塊や宝石、魔術書なんかもあったけど、今の僕をみていれば、僕が宝庫って言ったのはどちらを見てのことか分かるよね。有り難くもらっていったよ。手紙も1枚あって、それによるとあれは爺さんの隠し遺産で、万が一のことがあったら僕に譲ると書いてあった。その他に帝都を出てから向かってほしい場所なども書いてあったから僕はティアとの合流を急いだ。


「お兄様! 無事ですわね?」


「まぁね。ティア、どうやら陛下もお亡くなりになられたようだよ。それで、ここでしばらく暮らすのもいいと思っていたんだけど、爺さんの遺書を見つけてね。この森の深部に向かって欲しいとあったんだよ。もういない人の願いを叶える必要もあまり感じないんだけど……」


「行きますのね? ティアもついていきますわ。危険なのは承知しておりますから」


「話の分かる妹で兄は嬉しいよ。じゃあ、行こうか」


 爺さんの遺書に書かれていたこと。それは、ユモアの森の奥深くにある洞窟へ向かい、そこに住んでいる人物を引き摺り出すようにという指示だったよ。ご丁寧にどういけば洞窟にたどり着くかまで書いてあったよ。それで、目的の人物は見た目はアレだが有能で、どれだけ混乱した政治でも恐らく持ち直せる、義理人情に厚い人物で、どうしてもゴネたらリンゴで釣れとか書いてあった。『アレ』って何だろうとか、そんな人物が何故そんな場所にいるのかとか、リンゴで釣るってどういうことだとか疑問は尽きなかったけど、それなりに心配していた国が立ち直る可能性を示されたら乗らずにはいられなかったんだ。ほら、僕って一応義理堅い方だからさ。


「お、お兄様……本当にここに住む人がおりますの? 何故かお爺様に嵌められた気になるのですが……」


「うーん……もう既にいない人に聞けないからねぇ。でも、いっそ見事なほど人の気配はないよね。足跡も殆どが重量級の熊のものだし」


「いえ、私が言いたいのはそれではなくてですね、いえまぁ、それも問題ですが! この、薄気味悪さは何なのですか!? あれ、どう見てもヒトガタですわよ! きゃうっ! い、いま何かがくびに!」


「気持ちは分かるけど。ティア、動揺しすぎ。もし熊が来たらどうするの」


「うう……ごめんなさい」


 ゼノンを地下に叩き落とした時のことを覚えてるかな。あの時の洞窟と同じような罠がユモアの森の洞窟にもあったんだよね。入口は薄気味悪い雰囲気だった。石筍(せきじゅん)って言うんだったかな、あれがどうしてか人が見悶えているような形で成長していたり、クリスタルのように透明で、刃のように切れる鍾乳石が上から垂れていたりしていたよ。鍾乳石は怖かったよホント。薄暗い洞窟じゃ見えにくいからうっかり触って手をザックリ何てこともあった。自然の攻撃も大概ひどかったけど、中腹くらいの場所から現れた、『目的の人物』が仕掛けたであろう罠もバリエーションに富んでいてさすがの僕も命の危機を感じたね。僕がゼノンに仕掛けたあれとは比べ物にならないほど殺意に満ちていて、爺さんの遺した本を見ていなければあそこで僕達の人生は終わっていただろうね。


「……本当に、何ですのこの洞窟は! 私達が仕留められそうではないですか!」


「そうだね。僕もちょっと心折れそうだよ」


「お、お兄様も気を確かにしてくださいませ。あら……見てくださいませ。あそこが終点ではありませんの?」


「うん? 普通の扉が見えるね。終点だといいけどね……礼儀として一応ノックした方がいいと思う?」


「ええ。誰かがいらっしゃるのでしょう?」


 コンコンコン


「すみません!」



 扉の向こうからくぐもった会話が聞こえてきた。


「……キッド! 開けてやれ!」


「ええっ!? こんなとこまで来るやつがまともなはずないっすよ! 危険っす。お引き取り願いましょうや」


「ぐだぐだ言うな!」


「へいっ! ……ん? 一応同業者っぽいっすね。お二人、武器や暗器の類いはこの箱に入れてもらっていいっすか? おかしらを傷つけさせる訳にゃいかないんで」


「仕方ありません」「女性の護身用のナイフもですの?」


「もちろんっす。そも、お嬢様の方が俺より強いんすよ?」


「それを自己申告してどうしますの……?」


「おーい、キッド。自分の実力をばらしてどうすんだ? 相変わらずバカなやつだよなー。客人、こいつのことは生暖かく見てやってくれよ。って、どこかで見たような顔だな?」


「あらぁ……前に従者のフリしていた傭兵サマ? お久しぶりですわ」


「げっ……あの時の鬼の子供かよ。よりによって……」


「「鬼の子供とは失礼な」」


「……もしかして、遊んでくれるのかな? ね、ティア、童心に戻って今度はしっかりとこの人と遊ぼっか」


「やめてくれ……俺ももう若くはねぇんだよ。むしろ、このバカと遊べばいい」


「アニキ、知り合いっすか? どうせ俺はバカなんで教えて……ギュエェッ、ウィル兄貴……死ぬぅっ!」


「遅いんだよ、お前は……。悪いな、だらだらした案内で。俺はこのバカの兄貴分をしているウィリアムだ。うちのキッドの馬鹿さは流してくれると助かる。ヨイチもやることがあるだろ、戻ってろ。それで、念のため一つ聞きたいんだが、お前達は一体何の用があってここに来たんだ?」


「ああ、ユモアの森より南東に行った場所にある……いや、今はもうあった、になっているかもしれないが、その国の元宰相から教えてもらってここに来ました。……その人、白目剥いているけど大丈夫?」


「日常茶飯事だから大丈夫だ……それで、あの国と関係があるというと、やっぱりおかしらの案件か。仕方ない。案内してやる。ついてこい」


「おかしら。南東の帝国から客人が来たようだ。どうする?」


「客人用の部屋でもてなしてくれ。これを仕上げたら向かおう」


 ウィリアムが声をかけた相手が彼らの『おかしら』だと分かったが、その人は何故かフードを深く被ったローブ姿で、何かを調合しているように見えたんだ。その横でグツグツ煮立っていた鍋もちらりと見えたんだけど、毒々しい色だったね。緑とオレンジと黄色が絶妙な割合で混ざったらああいう色になるんじゃないかな? 僕達はその様子を見て思わず顔を見合わせて『早まったかな』と思ってしまったよ。

 それと同時に少しだけ違和感を持ったんだ。『おかしら』の声は意外と高いんだな、と。その疑問はすぐに解決することになったよ。


「待たせたな。わたしがここで『おかしら』と呼ばれている。メジアン・デュクレスだ。デュクレス帝国王の娘だよ。君達は誰からここのことを聞いたんだい?」


「……初めまして。ディオール・ド・セクレトと申します。こちらは妹のカルティエです。私達はセルダム・ド・セクレトの遺書に従いこちらをお訪ねしました。つきましては、帝国にお戻りいただければと存じます」


「お前はセルダム様の子息だったのか。そういえば、子供を拾ったとかいう手紙があったな。まさか、あれなのか。拾い子をここまで育てるとはね。あの国は思っていた以上のペースで衰退していたようだな……。

 それで、遺書と言ったか。セルダム様はもうお亡くなりになったと。だがそれだけではわたしを連れ戻す理由にはならないな。父上がいるだろう?」


「それが、どうやら陛下まで正妃様共々殺害されたらしいのです」


「何だとっ!? 父上まで殺された、と? では、今帝国は……」


「ちゃんとした指導者がいない状況にあります。並みいる貴族も殆どが役立たずですから、国として機能していないかと」


「まずいな……民は逃げているのか?」


「はい。逃げれるものは逃げているかと思われます。陛下は最後に有事の際に王都から自由に出れると定めた法律を作られましたから」


「そうか。それは、助かったな。無駄な犠牲者を出さずにすむ。そうか……仕方ないな。わたしが王になろう。だが、お前達もわたしの下で働いてもらうからな。セルダム様が仕込んだお前達をそうそう他国にくれてやることは出来ん」


「「畏まりました」」


 そのあとは帝国に着いてからの行動の確認をしたよ。メジアン様は本当に有能な人だった。筋骨隆々で、そんじょそこらの男よりよほど逞しい外見だったけれどね。『見た目はアレ』だけど、その知略も素晴らしいものだったよ。

 おそらく貴族に占領されているだろう帝都の奪還計画、陛下と爺さんを暗殺した人物(モードが最後に調べあげてきた)への黒い対応を考えたりとなかなか楽しい時間だったね。


「おーい! ウィリアム! ここを出るぞ。お前とキッドはわたしの下僕を連れてこい。デュクレス帝国にな」


「了解しました」


「さぁて、貴族(アホ)どもの鎖をまとめて締め上げないとな。久しぶりだから手加減が効かないかもなぁ」



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