プルン村での一週間 その1
sideシルヴァー
「よぉぉぉし!! シルヴァー! 今日も本気でやろうぜ!」
「いや、遠慮する。昨日ほぼ一日やっただろうが。というか、斧を振り回すな!」
……俺はバルディックに追いかけ回されていた。余程バルディックにとって俺との対戦での敗北が悔しかったのか1度とならず何度も勝ってもまだ俺に勝負を吹っ掛ける。朝起きてバルディック、昼食を食べた後バルディック、夕飯前にバルディック……。もういやだ。何が悲しくて野郎の顔を日がな一日中見なきゃならないんだ?
スケルトン’sが滞在する1週間も半ばを過ぎた頃、バルディックの動きも分かった俺は奴に先んじて逃げるという選択を取った。いつもより早めに起きてすぐに森へ行き、昼食は適当に肉を狩って自分で調理する。このとき、すべての作業を死ぬ気で習得した亜空間を使って行うようにする。夜はロウの指導という言い訳で回避。もちろん、ちゃんとロウの指導はやっているぞ? ただの言い訳ではない。
これぞ完璧な計画だ。
……戦闘技術ではなく気配察知、回避スキルがぐんぐん成長しているのだが、その事実から目を逸らしてもいいだろうか。
突然ケラケラと笑う声がして、そちらを振り向く。そこには木の枝に腰掛けるジェルメーヌがいた。一応ここはそれなりに深い森なのだが、随分と平然としている。まぁ今更か。虫料理だって平気な野生児聖女様だ。
「苦労しているわね、シルヴァー。バルディック! 他の子とも対戦してみれば? シルヴァーだけが強いわけでもないのよ?」
「まぁ弱いと思っちゃないがなァ。他のやつらはどうも線が細くて、ぶった切っちまいそうで怖いんだよ。その点シルヴァーは俺に勝てたしな。安心して全力を出せるんだよ」
いや、全力を出されたら俺だって死ぬぞ? お前が振り回しているのは凶器なんだよ、き・ょ・う・き!
「そういうところは死んでも変わらないのね。手加減が壊滅的にヘタクソで、女性や子供にはどうしても武器を向けられないところ。
ね、シルヴァー。バルディックにもちゃんと理由があるのよ?」
―――それでもまだ逃げ回る?
その問いに俺は少し考え込む。つまるところ、バルディックが俺ばかりを標的にするのは俺以外のメンバーが弱く見えるからだというのか。それでもゼノンやアルとは対戦したようだったが。
「まぁ、理由は分かった。だが、一度始めると終わらないだろ。それがなぁ……」
するとジェルメーヌがパンッと手を叩いて言った。
「シルヴァーは同じ相手で、しかも長時間対戦しなきゃならないことに疲れているのね。それなら……
―――今日は制限時間ありで、私とバルディックと交互にやりましょうか」
「…………は?」
いやいや、それって何の譲歩にもなってないだろ! むしろ俺の負担が大きくなった!?
逃げようとするが時すでに遅し。シルヴァーはズルズルと引き摺られていった。ジェルメーヌはいい笑顔であるのだが、直視できない。視線を逃した先のバルディックは哀れみ、同情の目を向けてきていた。
仕方ない。亜空間に引きずり込まれたところで俺は腹をくくる。やってやろうじゃないか。
どこかの鬼畜その2「死ぬ死ぬと言っていながら結局立ち上がって向かってきてくれるのだもの。これは楽しいわぁ。バルディックの玩具になるのももっともね」
尚、当のバルディックにシルヴァーを玩具にしている自覚はなかった。
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sideロウ
僕は今、ヴェトロさんと向き合っています。指示されたのは相手の呼吸を見極めること。呼吸を合わせるではなく、見極める。ここが大切だと言われましたが正直に言うと意味が分かりません。ヴェトロさんは寡黙な人だからそれ以上言ってくれませんでした。だから僕の方でいろいろ推測しなくてはならないのですが……。どうするのが正解なのでしょうか?
「ふむ……まだ分からぬか? ロウよ、お主は物事を見抜く目を持っておる。つまり、お主は相手の動き、狙い、隙を見て対応する能力に長けているのだ」
ということは、隙を見つけそこに鋭く切り込む、相手の狙いを感じて対応する、動きに合わせて隙を作らせる。
これを極めるのが僕の課題でしょうか。
そう思ってみると、ヴェトロさんはわざと隙を作っていると分かります。ここに打ち込めと言うことでしょう。
「ハッ!」
「……そうだ。隙を突け。だがまだまだ浅いな……」
やることが分かった僕は時間を忘れてヴェトロさんの作り出した隙を突く練習に没頭しました。時間が経つにつれて腕が重くなり、速さも落ちてしまいましたが、初めよりずっと速く隙を突けるようになったので僕としては満足のいく練習だったと思います。
「……今日はここまでにしておこう」
「ありがとうございました!」
朝に始めて昼に終わる。ヴェトロさんとの鍛練は大体こんな感じになります。このあとはちょっと肉を狩りに行き昼食にします。もちろん、僕が作りますよ。ラヴィさんほど手慣れているわけではないが僕も少しは料理が出来るようになっているのですから。
そのあとは他のスケルトンさん方を探し回ります。運が良ければ僕の未熟なところを鍛えてくれるからです。ジェルメーヌ様と遭遇したときは魔法の使い方を教えてもらいました。僕の父も母も魔法が使えるとは聞いたことがないから果たして僕にその才能が備わっているか疑問でしたがジェルメーヌ様の見立てによると中級までは使えるらしい。もっとも、得意属性に限ると言われてしまいましたが。
「それじゃあ、午後は私と魔法の練習しましょうか」
「いいのですか? ラヴィさんとは……?」
「あ~、午前中に一通りダメ出ししたからね。午後はお休み。でもディオールの訓練に誘われていたみたいだから今はそっちにいるかも? とにかく、私は暇だから心配要らないわよ」
それなら、と甘えてジェルメーヌ様の魔法講義を受けましたが僕は正直魔法に拘りを持つ人の熱意を舐めていました。ジェルメーヌ様の講義は日が傾くまで続き、ラヴィさんが夕食を誘いに来るまで休みなしでした。明日は実践編……この分だとマスターするまで解放してもらえないかもしれません。今のうちに覚悟を決めておきましょう。
翌日の午後、当然ジェルメーヌ様に拉致され、魔法の練習をしました。その結果分かったのは僕の得意属性は水で、さらに言えば氷系の魔法と相性がいいとか。
「氷属性の魔法は言わば派生魔法なんだけど、それと相性がいいのはあまりいないのよ。さらに言えば純粋な獣人……とくに、君みたいな肉食動物がベースだと魔法との相性は最悪になりやすいのよね」
「……では、シル兄さんは?」
「あれは例外。本当、何故あんなに魔法が使えるのかしらね? でも、あんな風に使えるようになれば魔法は心強い攻撃手段になるわ。頑張ってマスターしましょうね!」
そして、覚悟が試される時がやって来ました。ジェルメーヌ様は僕がマスターするのを見たいと熱心に、熱血に指導してくださいました。実は僕がジェルメーヌ様を様付けしているのもこの経験でちょっと心の距離が欲しくなったからです。
「う~ん、やっぱり得意属性以外は進歩ないわねぇ。自主トレメニューあげるからやってみて。周りを破壊する種類じゃないから大丈夫でしょ」
「……いや……そもそもですね、苦手な属性の合成魔法を教えられても困るのですが」
「え~? でもそれができれば一石二鳥なのに」
そうといっても【炎嵐】を魔法初心者に教えるのはおかしい。しかも、構成している属性は火属性と風属性です。僕の苦手な属性の組み合わせじゃないですか。そう簡単に習得できませんよ。
「そもそもね、【炎嵐】は火属性の魔法、風属性の魔法が使えれば誰でも発動できるのよ。ただ威力が変わるだけ。私達がここに留まれるわずかな期間で君を少しでも成長させようとすれば、やはり合成魔法の習得は絶対なのよ。今日はもう遅いからいいけど、また明日もやりましょうか?」
「いや結構です。いただいた自主トレメニューは僕に合っているようですし、それで頑張ります。それに、明日からは夜はシル兄さんが鍛練に付き合ってくれるそうですから」
「あらそうなの。それじゃあ、最終日に成果を確認するわね。……あ~あ、明日はラヴィで遊ぶだけかぁ」
あはは……シル兄さんの誘いに乗っておいて良かったみたいですね。流石の僕も自分で遊ばれるのは嫌です。英雄様の遊びはどれも物騒ですから。