ゼノンvsディオール
一方、シルヴァー達の様子はといえば……
「あっはっは!! あんなすぐに引っ掛かるなんて。見た? あの見事な落ちっぷり! あっはっはっはっは!!」
ディオールは爆笑し、俺達は仕掛けた本人の鬼畜さに引いていた。ロープとはまた別の『糸』が引いてあるわけでもないなら油断してもおかしくないと思う。それに、あの落とし穴はかなり大きなものだった。絶対落とすつもりで作ってあっただろ。
「そうそう、あれを乗り越えられていたらあとは頂上までなーんにも罠がなかったんだよね。絶対落ちるように仕組んでありましたとも。具体的には穴の上を飛んだところで下へ風が吹き付けるとかね」
それでも乗り越えるようならその時点で試練は合格だっただろうね。
ディオールはそう続けて言ったが誰もそんなことはできないと思う。それこそテオドールを越える凄腕じゃないと。でもってゼノンはまだ力をつけている最中だ。どう頑張ってもあそこで落ちてしまっただろう。
地下を行くゼノンは上から見ることはできないからジェルメーヌはモニターに様子を映し、それを皆で眺めることになった。これだとちょっと味気ないな。それに、娯楽って意識が強くなってしまう。
パッと映ったのはゼノンが何かを見てわなわな身体を震わせている様子だった。こちらからだと何を見ているのかわからない。だがゼノンが動いてやっと分かった。
『お間抜けさん、こちらへおいで』
非常に人の神経を逆撫でする看板だった。
「ひでぇよなァ……悪魔の所業だと思うぜ」
バルディックの意見には俺も賛成だ。だが、ふと心配になる。ディオールの意図は多分頭に血を上らせて普通の判断をできなくさせるといったものだろう。ゼノンは果たして冷静な行動に戻れるだろうか? ここで感情に引っ張られてしまうとこのあとが大変だろう。俺はついディオールの方を見てしまう。
「うん? 何か聞きたそうだね?」
「人の神経を逆撫でする意図は?」
「ああそれか。1つは、判断力を落とさせるためだよ。これは分かったんじゃないかな? もう1つはね、ああやって怒り狂うのを見るのが楽しいからだね。僕たちの場合は実際に剣を合わせる訳じゃないんだ。少しくらいこういった遊びを入れたっていいよね?」
まだまだどっさり仕掛けてあるよ~とまで教えてくれた。
……なんて鬼畜な……。ゼノンよ、強く生きろ。
*******
―――落ちたところからどれだけ進んでいるだろうか。半刻は経っているように思える。とするとここはちょうど山の中腹辺りだろうか。ちなみに入り口のふざけた看板はもう忘れた。あれに固執していると正常な判断ができなくなる。恐らくそれこそが目的だろう。
「ここで道が2つに別れるのか……間違えたら大幅な時間ロスになるよね。決め手になるものはないし、ここは勘を信じるか」
そこはかとなく右の方へ進む道とそこはかとなく左の方を進む道。どちらからも微かに風が吹いているからどこかに通じているのは間違いない。
「右にいこう」
俺は慎重に走り出す。それなりに進んだところで異音が聞こえてきた。
ガコンッ
「がこん? まさか……」
この場において最悪の罠が脳裏に思い浮かび、青ざめた顔で背後を確かめる。暗くてよくわからないが(ゼノンの周囲は念のため【ライト】で照らしてあるが奥まで見通すほど明るくない)何やら岩が連続して転がってきているように見える。
「嘘だろ!? あの悪魔め!」
天井に張り付いてやり過ごすことも考えたが少し隙間が足りない。岩に追いかけられながら走らなくてはならない罠。しかも進む先に別の罠が仕掛けられていない保証はない。いや、あの悪魔のことだ。絶対に仕掛けてあるに違いない。
「連続して転がってきているから先頭の岩を粉砕してもあまり意味ないし。鬼畜め……本当効果的な罠を仕掛けているものだよ!」
恐らく進んできた道は微かに坂になっていたのだろう。距離が大きくなるほど角度も大きくなるような坂に。平衡感覚を崩されていたから全く気付かなかった。獲物の追い込みには使えるな。どれだけコストがかかるかは分からないが。と、思わず鬼畜のやり方に感心してしまったのは同業者の意識ゆえか。
前方へ走っている間にも罠が襲いかかる。
槍……根本から折る
矢……当たる前に走り抜ける
泥の通路……上から普通の土でコーティング
すぐに解除したから岩の勢いが減少。ラッキー
・
・
・
縦横無尽に吹き出す炎……ふ・ざ・け・る・な
水を纏って強行突破!
ドガンッ
……人の体で出しちゃいけない音がした。
「……っつぅ……。やばい、岩が……後ろから岩が……」
炎を越えたらそこには壁があった。ゼノンはそこに思い切りぶつかっててしまったのだ。行き止まり……ではない。かろうじて人が一人通れるくらいの隙間が上部にあった。これくらいなら自力で飛び乗れる。たかだか3メートルくらいならなんてことない。
「よっと。あぁ……いてぇ……水のお陰で打ち身で済んだのはいいけどね」
岩は壁のお陰で止まっている。流石に壁を壊すまではいかなかったようだ。しかし、困ったことにここまで必死に逃げてきたから時間の経過が分からない。しかも方向もわからなくなってる。
「一応前方から風は吹いているんだよね。外に通じている場所があるのは確かだと思う」
果たして、運はゼノンの味方をしたのか。ほどなくしてこの洞窟の終点が見えてきた。もちろん、そこまでの間、罠のオンパレードではあったのだが。
「やっと外だよ……。でも嫌な予感しかしないんだよね」
ビュオオオオォ……
……果たして、天はゼノンを見放したのか。洞窟の先は強風の吹く断崖絶壁であった。何故か一瞬ゼノンの脳裏に悪魔が『絶望』と書かれたマントをこちらに見せつけながら高笑いしている光景が浮かんだ。目から汗が一粒垂れたが気のせいだ。
―――ここで心を折られるわけにはいかない。上を覗いたところ、それなりにでこぼこしているし、登れないことはない。遠目に、本当に遠目にだけど頂上が見えるのだ。
覚悟を決めてゼノンは断崖絶壁を登り始める。当然上から落石落岩の出迎えを受ける。分かっていたとも。涙をこらえて石や岩を逸らす。
……今更だがこれ、俺だけ趣旨が違ってねぇ?
「……やっと着いた……」
やっとのことで崖を登りきり、一息つく。すると、驚いたことにすぐ目の前にクリスタルがあった。ああ、やっと苦労が報われる!
……と、安易に喜べはしない。これをここに設置したのも悪魔だ。罠を疑え。
罠を……
を?
「無いみたいね? それならまぁ、いいか」
ガシッとクリスタルをつかみ、持ち上げる。これで終わりだ。
*******
「お疲れ~。よく僕の罠を掻い潜ったものだよ」
テオドールが煎餅をかじりながら呑気に出迎える。おいおい、神経を逆撫でされまくったゼノンの怒りが爆発するぞ。
「10発くらい殴られろ?」
言わんこっちゃない。ゼノンが青筋を立てている。
「遠慮するよ。ほらほら美味しい夕食が待っているから落ち着いて」
ゼノンの気持ちがよく分かる俺達はテオドールに助けを出さない。俺自身もディオールは1度殴られた方がいいと思ってしまう。それほどえげつない罠の連続だった。しかもこちらで爆笑していたしな。
流石に場を収拾しようと思ったのかジェルメーヌが動いた。ゼノンを少し離れたところにつれていって囁く。俺も耳をそばだてる。
「あ、そうだわ。ゼノン、このディオールはどうしても妹のカルティエに勝てないのよ。シスコンだから。私達が戻ったらカルティエに今回のことを話してあげる」
「……それで、悪魔に何が起こる?」
「そうね……少なくとも簀巻きにされて吊るされて炙られるくらいはされるんじゃない?」
予想以上にディオールがひどい目に遭ってくれそうな件。どんな妹だ。
「それならまぁ、いいか。絶対に話してよ。そのカルティエさんに」
「もちろん。約束は守るわ」
これは流石に矛を納めるしかないよな。ディオールは何か寒気がしたようでブルリと震えたが妹に話されるのはもう確定したことだ。
クックック……。うちのゼノンの苦労をよくも笑ってくれたものだ。ざまぁみろ。




