ゼノンvsディオール
ロウとアルが倒れてしまったので必然的にゼノンの対戦は少し時間をおくことになった。今はロウが目覚めるのを待っている。ちなみにアルはうまく衝撃を逃していたようで一刻ほどで目覚めていた。我もまだ未熟だと言っていたが俺としてはあの不意打ちの衝撃をやり過ごせるだけでもう十分だと思う。
ガルゥ……《本当にロウは大丈夫なのか?》
「大丈夫だろ。ジェルメーヌが診てそう言ったんだから。俺としてはお前の方も心配なんだが。首に当たっていたよな?」
ぐるぅぐるる《予想以上に強い衝撃だったゆえに少々逃し損ねただけだ。それに首は元からしっかりと守っている》
「それならいいんだが。体に異常が見られたら無理するなよ」
ガルゥ《くどい》
俺は肩をすくめて先程からやっている作業に戻る。俺とアルがやっている作業……それは野菜の仕込みであった。大量に夕食を作らなくてはならなくなったラヴィさんに『動けるなら手伝え皮剥きくらい出来るよね』と顔は笑っているのに目が笑っていない笑顔で脅され……ごほんごほん、いや、頼まれてやっているという次第だ。俺はともかくアルにまで押し付け……頼むとは、どれだけ大変か分かるだろう。俺が全部引き受けるかと諦めていたが思った以上にアルが器用で即戦力になっていたのには助かった。
しゃりしゃりしゃり
ザクザクザクザク
俺が皮を剥き、アルがちょうどいい大きさにバラバラにする。流れ作業だ。本当にアルは器用だ。野菜を切っているの、自前の爪なのにな……。
「出来た~? あら、ほとんど終わってるのね。後は私がやるからいいよ。ロウくんが目覚めたらしいから行ってあげて」
ちょうど皮剥きを終える頃ラヴィさんがやって来た。ロウが目覚めたというニュースを持って。早速俺とアルはロウが寝ているところへ向かう。既にジェルメーヌが診察しており、俺達が入ると親指と人差し指でマルを作って見せた。大丈夫だということだろう。
ガルゥ《良かった。本当におかしいところはないな?》
「大丈夫だよな。アルも本当に心配していたぞ。もちろん、俺もな」
「はい。おかしいところはありません。心配させて申し訳ないです」
他人行儀な態度に戻ってしまったな。少し寂しい。
「そうか。よく頑張った」
俺はロウの頭にてをおき、そのまま撫でる。本当によく頑張ったと思う。ヴェトロの本気を引き出しただけあってロウの実力は驚くほど伸びていた。熟練の冒険者、Cランクの冒険者にひけをとらない実力と言えるだろう。
「……っ、ふ……勝ちだがっだです。もっと、づよくならないと僕じゃついていけなくなっちゃう」
「そうかもな。だが、ロウはまだ伸びしろがある。無理のないペースで強くなっていけばいい」
「ヴェトロさんに一撃でも入れてみる。この期間にやって見せます。シル兄さんも僕を鍛えてもらえますか」
「ああ。俺だけじゃなく、アルやゼノンも協力を惜しまないぞ。子供の特権だ、存分に甘え、頼れ」
「はい!」
「皆~、夕飯よ! メヌ、シルヴァーさん、手伝ってもらえる?」
見計らったかのようにラヴィさんが呼びに来た。指名された俺とジェルメーヌは大人しく鍋のもとへ向かう。
「そう言えばディオールは?」
「今は要らないそうよ。対戦前はあまり食べたくないと言っていたわ」
実はゼノンとディオールの対戦は特殊なルールになっている。フィールドは深林で、内容はディオールが仕掛けたあらゆる罠をゼノンが無効化しつつ突破し中央にあつらえた台座の上のクリスタルを取るという、ゲームみたいな内容だ。このルールにしたのはゼノンもディオールも似たような戦闘方法だということ、ゼノンが少しでも勝つ可能性を上げるため粘って交渉した結果だ。本人はそれでもディオールが恐ろしいようで、蒼い顔でウォーミングアップに向かっていた。その時に夕飯は対戦を終えてから取ると宣言していた。今の状態で何かを胃に入れると後で吐くかもしれないとも言っていた。そうなったら対戦どころじゃないから正しい判断をしていたと言えよう。
「ゼノンも要らないそうだ。やはり同類だと格の違いってのも分かるのか? あいつ、今にも倒れそうな顔色だったんだが」
「分かるんじゃないかしら。特に暗殺者スタイルだとね。ディオールも楽しそうだったもの。久しぶりにいい玩具がきたって」
「うわぁ……本当に大丈夫か、ゼノン」
そんな雑談をしつつ俺達は食事を終える。ちなみに勿論、夕食はスケルトン’sにも振る舞われた。そこで、その骨のどこに入っていくのか露骨にならない程度に見ていたのだが胃があるあたりでスッと消えていた。スケルトンは人体よりも奇なり。
閑話休題
夕食の片付けをし、少し時間をおいたあと俺達は亜空間に入った。現実では日が落ちているのでもちろん、こちらも夜だ。俺は夜目が効く方ではあるが流石に森の奥まで見通すことはできない。
「暗いな……」
「あ、観戦者はこんな森でも見れるように魔法を掛けるから。訳がわからないまま終わってたなんてことは無いわよ」
だろうな。観戦しているメンバーは審判でもある。その人たちが見えるようにするのは当たり前のことだ。
「シル兄ちゃん」
「お、ゼノン。ウォーミングアップは済んだのか。頑張れよ」
「うん。でもね、ディオールさんがセッティングした森だと思うと魑魅魍魎の蠢く化け森に見えてくるんだよね……ははは」
体はちゃんと暖まっているみたいだが精神的にはどうだろう。
「あまり気負うなよ。ディオールのあの性格だと弱った心に付け入る罠とかもあるかもしれないからな」
「そーなんだよね……。怖い怖い」
「ジェルメーヌ、こちらも準備完了だよ。僕があとやることは高みの見物くらい」
「その言い方をなんとかしなさい、まったく。帰ったら妹に怒られるわよ? ま、いいわ。それなら始めていいわね? 一応制限時間は子夜までよ。いってらっしゃい」
*******
―――よし、と気合いを入れる。そして一瞬のうちに森へ駆け込む。実は入り口なのに毒矢が仕込んであった。小手調べだろうそれは、しかし明確な殺意が感じられる。
当たらないうちに森へ入ってやり過ごすか、後ろに飛んで避けるか。
俺は前者を選んだ。それというのもディオールの性格の悪さを考えるに後ろに下がっていたら次はもっと多くの矢が飛んできそうだと思ったからだ。俺なら小手調べの一本の他に見える範囲すべての木に矢を仕込むからだ。
「やっぱりか……後ろに下がれば多分何十本もの矢に狙われたんだろうね。森の中に入っちゃえば木が壁となってくれる」
後ろでかなりの数の矢が放たれ、ドスドスと木に刺さる音が聞こえてくる。
「まったく、始めから手荒い。本当に上に行くのが怖いよ」
俺は時に地面を走り、時に木を飛び移り頂上を目指していく。
さて、足元にロープが張ってある。ちなみに木の上は毒が塗りたくられていて歩けない。布を落とすとジュッと溶けてしまった。しかし、葉っぱを落としてみても変わりないという奇妙な、だが引っ掛かったら痛い目を見ること間違いなしな毒だ。これは地面を行くしかない。
この状態で、足元にロープが張ってある。
罠だ。そう思うが、簡単に通れはしないだろう。よく見ればゼノンが通ろうとしている道以外でも同じように仕掛けてある。
「定番なら合わせて『切れる』糸なんかが仕掛けてあると思うけど、無い、よね? どうするか……」
そこで俺は少し思い付いたことがあって辺りの魔力を注視してみる。すると、このロープ、魔力を吸い上げてそれ自身を強化してあった。しかも、吸い上げているのはこの地点より上の範囲から。正直、どうやればこんなことが可能になるのか疑問だが、分かることもある。ここでこのロープをどうにかしないと頂上まで魔法を使えないということだ。幸いどこかを切ればその効果は無くなるようだが(ロープに掛かっている魔法がそういう陣を形作っている)その切り方が思い付かない。
―――そうだ、木の上の毒は布を溶かすじゃないか。
ディオールにいいように誘導されている気がしないでもないが現状はこれしか思い付かない。俺は木の枝を切り落としロープの上に毒の部分が来るようにする。効かないのか? と不安に思った次の瞬間にロープは溶けてくれた。
これで上でも魔法をちゃんと使える。それを確認したあと、俺は立ち止まってしまった分を取り戻すかのようにスピードを上げてかけ上がる
…………筈だった。
「しまった!」
俺は自分の失敗を悟った。ロープがあったその向こうは落とし穴になっていたのだ。そうだよな、仕掛けたのはディオールだ。あんな、答えまで用意してある罠だけを置くはずがなかった。
それにしてもこの穴、随分と深い。魔法でふわりと底に立ったが見上げても真っ暗なだけだった。しかも、上へ行けない。妙な力に邪魔されている。
これは、横穴を行くしかないのか。その横穴の入り口には1つの看板があった。そこにはこう書かれていた。
『お間抜けさん、こちらへおいで』
殺意が沸き上がった。こんな馬鹿にされて黙っていられるか。自分が間抜けであると反省していた分、ザリッと神経を逆撫でされた気分だ。
「覚えてろよ、ディオール!!」
ギリリと噛み締めた口から確かに漏れたその怨嗟の声がディオールに聞こえたかどうかは分からないが、あっさり落とし穴にはまった自分を大笑いして見ている予想はついた。
だが用意された道を行くしかなかった。幸い方向感覚が狂わされている訳ではないので頂上の方を目指すのに支障はない。
今度はもっとえげつない罠も仕掛けてあるのだろうか。
―――全体を俯瞰し、脅威を取り除く。動じるな……これ以上悪魔の罠に掛かってたまるか。




