ロウ&アル vs 侍
12時。ラヴィさんとジェルメーヌの対戦が終わったらそんな時刻になっていた。気付くと同時に主張する俺達の腹の虫。互いに苦笑いして食事の準備に向かった。
「狩りもしてないし、携帯食料を切り崩すしかないね」
「携帯食料でいいだろ。狩りに行ってもいいがあの魔法がちらついて手加減をミスりそうだ」
本当に、ジェルメーヌの全力の魔法は衝撃的だった。1人で合成魔法を放てることにも驚いたがやはり一番ダメージがあったのは魔法の威力だろう。放った本人でさえ呆然とするほどの破壊の跡を見せたそれを俺は忘れられない。思わず破壊的な衝動が浮かび上がってきてしまう。
俺とゼノンのやり取りを見ていたロウがゼノンをつついてポツリと聞いていた。
「……ゼノン兄さん、シル兄さんって脳筋?」
「あはは……。俺もどちらかというとシル兄ちゃん寄りの考え方なんだけど……のうきん、脳筋かぁ……否定出来ないね」
ロウよ、あまりはっきり言わないで欲しかった。ゼノンも否定しろよ。
確かにあの魔法を思い浮かべると体が疼くが、なぁ……。
ちょっと体を動かしたくなるだけだ。それだけなんだ。
俺は、断じて、脳筋じゃない!
「さて、これで昼食は終わりか。やはりちょっと物寂しいな」
いつもは学院の食堂で大盛りメニューを食べていたから携帯食料だと量が足りなく感じる。十分な栄養はとれているはずだが。
「それは仕方ないわよ。でも調味料はたっぷり持ってきてあるから夜は何か狩って料理しましょう」
ちゃんと料理できる人がいるって、いいな。美味しい料理にありつけると知っていればいくらでも頑張れる。
「ラヴィ、私達にも作ってもらえるかしら? 肉はうちの男共がとってくるから」
ラヴィさんの『料理しましょう』という言葉を聞いてジェルメーヌが猫なで声で自分達の分も作れるか聞いていた。
……食べるのか、スケルトンなのに。どう見てもスケルトンなのに。
「ええと、そうね、肉を提供してくれるなら……いいかな?」
最後の『いいかな?』はこちらを向いて言っていたので、俺に確認してくれているらしい。まぁ、材料を提供してくれるなら別にいいだろう。調味料は俺のアイテムボックスにもまだ沢山入っている。そう思ってひとつ頷き、許可を出す。
「ありがとう!! さぁ、バルディック、ディオール、肉を狩ってきなさい! さあさあ!」
「へいへい」
「はいはい」
バルディックは仕方がないと言う感じで立ち上がり、ディオールは苦笑して森に向かう。この時間から行くのか? まだ昼だぞ?
「……こうなったジェルメーヌは止まらないから。出掛けるまでずっと僕達をせっつき続けるんだよ? それならさっさと行った方がうるさくない」
「ディオール、時間はどうするんだァ? ヴェトロの対戦には間に合わせるなら……」
「半刻程でいいんじゃない?」
「……なら10体狩ったあたりで終わるかァ」
半刻で10体狩れるのかよ……。この村は森の結構深いところにあるから周辺の生き物もそれなりのはずだが、やはり力があればそんな無茶も可能になるんだな。
宣言通りバルディックとディオールは半刻で帰ってきた。その頃にはロウとアル、ヴェトロはそれぞれ別の亜空間でウォーミングアップを始めていた。
「ただいま~。結構戦いがいのある奴が多かったよ。群れを作るようなのはいなかったからそんな数はないけど明日明後日までは持つと思うよ」
「……ディオールは相変わらず鬼畜だよなァ。その獲物の内いくつが俺を囮にして狩ったものだ?」
「誉め言葉だね。僕みたいなのは囮がいた方がやり易いのは知ってるでしょ? ちなみに5体はバルディックを囮にして狩ったね」
堂々と仲間を囮にするのか。まぁディオールの装備からすれば囮がいた方がやり易いのは納得がいく訳だが。ゼノンだって俺が注意を引いている隙に急所を狙うのが常だったからな。
「そうだ、ロウとアル、ヴェトロの対戦がそろそろ始まるぞ」
「おお! もしかして待っていた?」
「いや……二人が戻ってから始めようと言っていたが待っていた訳でもないな」
立ち話はこのくらいにしておいて俺達はジェルメーヌが用意した亜空間に入った。そこにはジェルメーヌ、ラヴィ、ゼノンが談笑していたが、俺達が入るとすぐにジェルメーヌが気付いた。
「あら、来たのね。じゃあ皆を呼びましょうか」
そうして無造作に腕を振ったが、感じられる魔力は亜空間を展開するときより慎重に動いていた。今ジェルメーヌは3つの亜空間を作り出している。それらを融合させるのでやはり一から作るより丁寧な作業が必要なのだろう。
ロウとアル、ヴェトロが合流した。
「双方、用意はいいわね? 好きなタイミングで始めてちょうだい」
今回のフィールドはどういう条件をつけたのか、現実にはあり得ない景色が見られる。どう説明したものか。踝までの水が一面に広がっており、川の上流にあるような大きな岩がゴロゴロしている。水面に流れは見られないので水に浸かってしまうと隠れていても居場所がばれてしまいそうだ。実質、足場は岩しかないと言えるな。
俺はアルの通訳としてフィールドの設定条件をジェルメーヌに伝えたのだが、何の意図があってのことかは分からない。
「やっぱり今回も上からの方がいいわよね」
「確かに。それにしてもこれはなかなか心踊る体験ができたものだ」
子供のころに誰でも1度は願ったのではないか? 空を見上げて。
「そうね! 1度やりたいと思っていたわ。とても嬉しい! こんな風に雲の上に乗れるなんて!」
そう、俺達観戦組は雲の上に乗って下で行われている対戦を見ている。いいな、これ。
おっと、ちゃんと見ないとな。ロウはどこまで食らい付けるだろうか。
*******
「……好きに掛かってくるが良い。それが開始の合図だ」
ぼこぼこの岩の上でも揺らぐことない姿勢のヴェトロさんをみて、僕はごくりと唾を飲み込んだ。アルさんと共闘するとはいえ僕が足を引っ張ってしまうのは間違いない。この対戦は僕がいかにヴェトロさんの体勢を崩せるかにかかっている。だけど……
「……流石ですね。わざわざ足場の悪いフィールドにしてもらったというのに……」
ヴェトロさんはそれを苦にもしていない。
グルゥウア!!
ドン! と目に見えない力が放たれ、衝撃の波が伝わる。アルさんの威嚇の声だ。大型の魔物でも一部はこの吠え声で戦意を喪失してしまう。それ以外にこれは通じれば敵の足を止めてくれる。
通じれば……
「ふんっ!! なかなかいい初手ではないか。我も行くぞ」
気合いの一言で衝撃を受け流されてしまったようだ。なかなかいいと評されても通用しなかった初手。一筋縄ではいかない。
ガルゥ! 《全力で向かえ!》
「分かってる。全力でって言ったんだよね!」
アルさんと言葉で意志疎通は出来ないけど何を言いたいのかは分かるようになってきた。それはこれからの戦闘で大いに役立つ。
僕は剣を振るう。だが完全に振り抜きはせずのに手首を返す。僕が使っているこの剣はかつて母が愛用していた剣で、珍しいことに片刃だ。
「ぬ? それは刀か?」
ヴェトロさんはナイフで僕の剣を受けきり、片刃であるのを見て、カタナかと疑問をこぼした。カタナ? そんな武器は聞いたことがない。
「……いや、似ているが、違うか。ふっ、片刃の頂点、刀というものを教えてやろう」
ヴェトロさんに本気のスイッチが入ったのがはっきり分かった。雰囲気がガラリと変わり、敵意を向けられるだけでピリピリと痛い。しかも、物理的にもスピード、パワーともに一段階は上がっている。まるで別人だ。
グルルゥ!
一気に劣勢に陥るかと思ったところでアルさんの助けが入った。そのお陰で距離をとることができた。だがそれはヴェトロさんも望んでいたことらしく追撃は来ない。
「……本当に僕じゃまだまだみたいだね。ヴェトロさんの本気は見れないかな……」
「いや、ロウよ。我はこれから本気の一端を見せるとしよう。この刀の奥義だ。お主はおそらく刀を使える。その素質があると認めよう。……なれば、実戦でその頂点を知るべきであろう。
逃げずに見極めよ!」
……知りたい。片刃の頂点を。僕が刀を使えるなら、知りたい。その真髄を!
僕は一歩踏み出す。また、唾を飲み込む。ヴェトロさんは目を閉じ、こちらを見てはいない。だが認識している。僕にまとわりつく彼の闘気がその証拠だ。
そして彼から放たれる闘気はどうしても僕を惹き付ける。
なんて甘美な誘いか!
全力で向かおう。より戦闘に適した体で戦いを味わうのだ!
「ウオォオオオ!」
こちらが獣のかたちになったのにヴェトロは変わらず目を閉じたまま微動だにしない。だが間違いなくこちらを認識している。ならば小細工は必要ない。足場がしっかりしているところを好きに選んで攻撃すればいい。
完全な獣ではなく人でもないが、助けてもらったあのときとは違い、ロウは人の意識と獣の本能をあわせて使うことができるまでになった。故に獣の本性が強く出た姿でも剣を扱える。
その剣がヴェトロの首を切り裂く……前にキィンと音をたて防がれ、こちらの剣は弾き飛ばされた。そして、振り抜かれたように見えていたヴェトロの刀が再びロウの首まで迫っていた。
もはやここまでか、と思うところだが、この対戦は2対1だ。
ロウは微かに笑う。ヴェトロの背後にアルがいた。うまいこと気配を隠していたようだ。
ガルルゥ!
「ちっ。忘れるところであった、な」
ヴェトロは刀をピタリと止め、ロウも攻撃に向かう前にくるりと一回転した。一回転しながら薙ぎ払った、ただそれだけだと思ったが間違いだった。それも恐ろしい攻撃だったのだ。
刀の刃に魔力が乗っていたのに気付いたのは本当に偶然のことだったが、気付くと同時にそれが見えない刃となってロウとアルの両方に襲いかかった。
体が真っ二つになるかと思うくらいの衝撃と痛みが来たのを最後に意識を失った。遠くで、微かにヴェトロが謝る声が聞こえていた。
「すまぬ……ちと本気を出しすぎた」
*******
ロウとアルが倒れるのを見て俺達はあわてて雲を降りた。最後の見えない刃(魔力を捉えていれば分かる)はロウの腹、アルの首に直撃していた。下手したら死ぬぞ、あれ。
慌てているのは確かにこの空間では死ぬことはないが深刻な精神障害を作り出すことはできるからだ。そして、この空間でのトラウマが現実の体で過剰に反応するようになってしまう可能性がある。ちなみに英雄達との腕試しで『英雄』が本気を出さないのも同じ理由だ。
「全く、ヴェトロも調子に乗りすぎ! 何よ、『逃げずに見極めよ!』って。そんなのは後の鍛練でやればいいのよ。精神障害になっていたらどうしてくれるのよ」
本当にな。特にロウはここのところ成長が目覚ましいから今精神障害で戦えなくなったら困る。その一方でヴェトロがロウの全力を出させてくれたお陰でちゃんと半人半獣の状態をうまく扱えてることがわかって良かったとも思っている。きっと実戦でないと見ることはなかったろうから。
二人が起きたらちゃんと労ってやろう。どちらも英雄相手に一歩も引かずよくやったと思う。




