ラヴィ vs 聖女
「じゃあ、次は私達ね。ええと、ラヴィ、準備は大丈夫?」
いつの間にかジェルメーヌはラヴィさんを呼び捨てにしていた。昨日一晩過ごしただけだが随分と進展したものだ。だがまぁ、俺だってバルディックに対してタメ口だしな。おかしくはないか。
「もちろん。時間は十分あったもの。むしろ、メヌの方こそ大丈夫なの? さっきまであんな大規模な術を使っていたじゃない」
そう、ジェルメーヌはシルヴァーとバルディックが対戦したあの亜空間をずっと作り出していたのだ。その消耗は決して少なくないはずだ。普通なら。
だが、彼女は普通ではない。その正体は過去に大活躍した聖女である。人の枠から外れ、内包し得る魔力量は桁違いに上がっていた。
「あんなの、総魔力量からすれば微々たるものよ。実はあの魔法は改良に改良を重ねたから私達にとってはローコストなものなのよ。貴女にはまだきついと思うけどね。ま、詳しくは対戦が終わったら話すわ」
さぁ、始めましょ。とジェルメーヌはさっさとフィールドの指定に移った。2人で希望を出し合って折衷案を立てるのだ。本来なら俺とバルディックもこの作業があったのだが互いの希望がうまくかち合っていたためこの作業はなかった。こうして眺めていると妥協する点を探すのも一苦労だなと思う。
「……こんな感じかしら。ねぇ、ディオール。出来そう?」
なんと、これからジェルメーヌは対戦だから流石に魔法を使うことはないだろうとは思っていたが、彼女以外も使えるのか。事実、話を向けられたディオール……ゼノンの相手となる暗器使いなのだが、彼はあっさり快諾していた。
「うん、この条件に当てはまればいいんだよね? 大丈夫大丈夫!」
そう言って腕を大きく振ると景色が一変した。俺達の時はジェルメーヌが杖を一振りしただけだったが、ディオールは腕を振るだけだった。彼らにとって本当にこの魔法はローコストなのだと分かる。
「こんな感じでどう? 条件は満たしていると思うけど?」
美しい。その言葉さえ表現するのにはもの足りないと思えるくらいディオールが作り出した空間の景色は綺麗だった。
やわらかな緑の光に満たされた森で、何千年と過ごしてきたであろう木々が空を覆っている。やわらかな緑の光は葉の隙間から漏れているものだろう。そして地面には川が流れている。流れを遡って見ると少し奥はちょっとした滝のようになっている。
静謐……その言葉が最も当てはまるか。古い、古い森にしか見られない景色だろう。
「流石ね。希望通りだわ。やっぱりこのメンバーで私以外でここまで出来るのはディオールくらいね。ヴェトロは芸術センスがないからきれいに作り出せても何と言うか……空っぽ、なのよね〜。何故か何もないところで戦っているような感じになっちゃう。バルディックは問題外だし」
「面目無い……」
「問題外ってなんだ、問題外って」
「あら、あなたが一度でも成功したことがあって?」
……まともに使えるのは天候魔法のみということだったからな……ジェルメーヌの言っていることは正しいと思う。
「ま、そこは別にいいでしょ。ラヴィ、始めようか?」
「ええ。スタートは川の両岸に分かれて、だったわよね」
始める位置も決めていたのか。本来なら随分と細かいんだな。
ジェルメーヌとラヴィさんが移動するのに合わせて俺達も移動する……かと思いきやこの2人は魔法対決だから近くだと見にくいだろうということで上から見ることになった。つまり、ディオールが見上げるほどの木の、下から3分の1くらいに観客席を作り上げてしまったのだ。
「これなら大魔法を使ったとしても全貌を見れるんじゃない?」
そうは言うが、ジェルメーヌは人であった時の半分も力を出せないルールだろ? 流石に大魔法連発なんてことはないと思う。
そう納得がいかない気持ちでいるとディオールはニヤリとして甘い、と突きつけた。
「あのね、ジェルメーヌは伝説クラスの聖女だよ? 今の世でも多分聖女はいると思うけど、ジェルメーヌは比べ物にならないくらい力があったんだよ。だから『伝説』なんだ。……人であった時さえバケモノなんだよ。たとえその半分くらいしか力を出せなくても大規模な魔法を使うのに多分何の問題もないよ」
それは非常にまずいのではないか。もちろん、ラヴィさんの方が。ラヴィさんも魔法に秀でているが、まだ数多くの課題を残している身だ。そこで年季の入った伝説クラスの相手と戦っても勝ち目は存在しない。
やはり戦術面でどうにか勝ちに持っていかなくてはならないということになるな。
俺達は眼下を見下ろす。すでに派手な魔法の打ち合いになっていた。
「【ストーム 】!」
「【ウォーターシールド】【ウィンドカッター】」
ラヴィが【ストーム】を放ったがジェルメーヌは【ウォーターシールド】であっさりしのぎ、反撃としてラヴィの頭上から【ウィンドカッター】の雨を降らせていた。
「くっ、【マジックガード】! ……信じられないわ。これだけやれるのに半分以下の力なの!?」
ラヴィさんが守りに入る一方でジェルメーヌは苛烈な攻撃をし続けている。
「そうね。人であった時の半分も出してないわよ? ……それでも貴女は素晴らしいわ。殆どの人がダウンしちゃうこの攻撃を耐えれたのだから」
そう言うとジェルメーヌの攻撃が止まった。ここまでが小手調べだというのか……。ここからが本当の勝負なのだろう。
事実、そこからは熾烈を極めた戦いになった。互いの魔法は相殺され、避けられ……だんだんその威力がシャレにならないくらい高まっていった。
そして埒があかないと見たのだろうか、ジェルメーヌから大きく魔力が動く気配がした。
「私の奥の手よ……ちゃんと耐えてね?」
「私だってやられっぱなしじゃいられない! 【ファイアーストーム】!!」
ラヴィさんがジェルメーヌの魔法を待たずに先んじて魔法を使った。その威力は凄まじく、2人の間に流れている川もその勢いを落とすには至らない。だが、流石は自らを戦いの前線に置き、どんな魔物であっても揺るぎない姿勢で向き合い打ち勝ったという伝説を持つ元聖女か。焦ることなく目の前の火を纏った竜巻に対峙している。
「あらあら……森の中で火は御法度よ? 【オロチ】」
それは何という魔法だろうか。川の水が蛇の形になり、その鎌首をもたげ上から噛み付くようにして炎を消し去った。
「……終わりかな〜。うちの聖女さまはまだ余裕があるけどラヴィちゃんは魔力が枯渇寸前だよね」
ポツリとディオールが呟いた。確かにラヴィさんはかなり息を切らしており、もう限界のように見える。やはり序盤に防戦一方になった時にひどく魔力を消費してしまったのだろう。ガード系の魔法は時間がたつにつれて消費量が跳ね上がるものが多い。
水の蛇の首はラヴィさんの方を向いた。同時に、ジェルメーヌはさらに魔法を追加していた。
「【フリージング】」
ラヴィさんに襲いかかったのはただの水の蛇ではなく質量を持った氷の蛇だった。
その顎は大きく開き、ラヴィめがけて降ろされて……
牙が、届く
「【ブロークン】!」
ジェルメーヌの声が響いた。もともとこの英雄達との腕試しは人の命を取るものではない。蛇の牙がラヴィに触れる前にジェルメーヌは氷の蛇を粉砕し、キラキラと光を反射するダイヤモンドダストになった。そのおかげでラヴィに怪我はない。
「降参〜〜っ、怖かった……」
「大丈夫? ラヴィ。ギリギリまで降参するの、忘れてた?」
「うん。すっかり頭から飛んでいたわ。あ、負けたなら何かペナルティがあるのよね? 私、そんなものが課されているように感じないのだけど」
「それについては私達も分からないわ。体に負荷をかける系じゃないのかもね。魔物運がなくなるとか」
対戦が終わったので俺達は観客席から降りて2人の元に集まって行ったんだが、何とか聞き取れた『ペナルティ』の一例に思わず顔を引き攣らせた。
魔物運がなくなるって、どういうことだ。恐ろしい。
「そういえば、1人そういう例があったわよ? どうやら出会えた魔物が皆相性最悪のタイプのものばかりだったとか。一月程で元に戻ったそうだけど」
物理主体の戦法が得意なのに魔法じゃなきゃろくなダメージを与えられない魔物が出たとかそういうことか。
一月で収まったならラヴィさんもそのくらいの期間はペナルティを受けていなくてはならないんだろうな。
「お疲れ様! やっぱりうちの聖女さまは強いね〜」
「油断してはいなかったもの。でも、ラヴィも強いわよ。私の初めの猛攻を耐え抜いたものね」
「確かにね〜。あれ、下手したら俺らでも潰れるからね」
「……ディオールの妹御」
「確かに俺の妹は潰れたことあったね。でも、先制すれば何とかいけるんじゃない? 俺はジェルメーヌの全力の魔法が飛んでこない限りは勝てるけど」
「確かにディオールには未だに勝てないのよね。作戦負けしている感じがするわ」
のんきなスケルトン’sのやりとりはディオールと対戦するゼノンの勝利への道の狭さを感じさせる。ジェルメーヌに勝てる相手にどうやれと。俺とアルは思わず同情の視線を向けてしまった。ゼノンは乾いた笑いを返すのみだ。本当にディオールとやらは強いのだろう。
「ね、メヌ。全力の魔法を見せてもらえない? この空間なら現実に影響しないのでしょう?」
実は俺も気になっていた。あれだけ派手に打ち合って半分も力を出していないとなると、全力の魔法はどれだけのものになるのか。
「そうね……影響はないけど……」
「ラヴィちゃんが自信を無くしちゃうとな〜」
全力とつくからには奥義となる魔法だろうが人の自信を失わせるほどなのか。それはそれで怖いな。だがますます興味が出る。そんな魔法は荒れに荒れた世の中でない限り見ることなど叶わないだろうから。
「どうしても、見たい?」
「ええ」「うん」「ああ」
わふぅ 「……見たいです」
その問いかけに是と返したのはこちらのメンバー全員だった。それを見てジェルメーヌは仕方がないと笑って俺達に念の為離れて全力で防御を張っているように指示した。
それを聞いて早まったかと内心冷や汗をかきながら俺達は言われた通り全力の防御魔法を重ねた。
ジェルメーヌは魔力回復のポーションを服用し魔法の発動に入る。雰囲気はガラリと変わり空恐ろしくなるほど濃い魔力を漂わせる。
「【炎嵐】【雷雨】【暴風】【氷獄】――【天変地異】!!」
魔法が発動したその瞬間、世界が揺れた。ジェルメーヌの後ろ姿は見えるがその向こうは煙で霞んでいる。
それが晴れると……
「なんだ? 森?」
「うわぁ……亜空間の魔法が消し飛んでるよ。あれ、どんな攻撃でも壊れないってコンセプトで作られたのに」
見えた景色はプルン村から見えた森と変わらず……その理由はディオールが述べた通り、ジェルメーヌの全力の魔法は亜空間の魔法を消し飛ばしてしまったらしい。
それにしても【天変地異】だったか、幾つかの大魔法を束ねたもののようだ。
……合成魔法は1人じゃできないはずなんだがな。やはり、伝説になっている方々はバケモノか。俺がバルディックに勝てたのも夢だったように感じるな。
「……こ、こんなに威力あったかしら?」
ジェルメーヌは先程から前方を向いたまま微動だにしていなかったのだが、それは自身の放った魔法の威力に驚いていたからのようだ。
「指向性を持たせたからじゃない? あれは自殺魔法というか、自爆魔法というか……敵中で自分もろとも周辺を壊滅させることが目的になっている魔法だったと思うから、それが一方向に向けられれば嫌でも威力は増すよね」
解説はディオールがしてくれた。彼も確信は持てないようだったがその説明には納得できる。
「そうなのかしら……迂闊に使えないわね」
「……」
「確かに、俺達が出張るような世の中になっちゃったらどのみち終わりだから関係ないね」
……俺達が生きる現実の事件で英雄達が出張らなきゃならないとすると本当に世界の終わりだろうな。【天変地異】はその世に終止符を打つのだろうか。
「メヌのこと、少し怖くなっちゃったわ……」
「え!? ラヴィ、冗談よね? 冗談って言って!」
ラヴィさんに追い縋る姿はホネの外見だからどこかシュールだなぁ。と現実逃避気味に考えながら【天変地異】の衝撃を忘れようと俺達……生者組は昼食に向かうのだった。




