英雄達との腕試し (アンデッドフェスティバル)
向こうの強さがとんでもないと分かっている中出ることなど出来ないだろう? かといってずっとこのまま硬直しているのもよくない。向こうはこちらをしっかり視ているのだから。
たいして時間が経っていないのだがバトルアックスの男は短気な性格のようだった。
「あん? 出てこないのか? 吹き飛ばすぞ、そのボロ屋もろとも」
「こら! そんなこと言わないの。戦闘出来ない人達だったらどうするの」
……ずいぶんとガラの悪い英雄もいたものだな。窘めてくれている女の人? は彼よりも話が通じそうだ。というか、俺は未だに気配を絶っているはずなんだがバレてるな。
「どうする? 出て行ったところで攻撃されると詰むんだけど」
「ここにいるまま攻撃されても詰みだ」
俺とゼノンは互いに言い合う。どちらも考えられる可能性だな。それを知ってか知らずか再びバトルアックスの男の声が響く。
「おーい! いるんだろ? 攻撃しないから出てこいよ!」
本当だろうか。
ガルゥ《シルヴァーよ、攻撃されることはないと思うぞ》
「何か知っているのか? アル」
聞き出したところ、アルは以前にあいつらのような存在と会ったことがあるそうだ。人の意思があるから会話が可能だし、戦うのも互いの同意があって初めて出来るらしい。それなら大丈夫かもな。
「出てみよう。まずは俺が行く。もし俺の身に何かあったらすぐに魔道具を使え。命と名誉を比べれば命の方が重いからな」
そう言って、俺は1人ボロ屋の外へ出てみた。
「お? 1人だけか?」
「お前達が集中放火しないとは限らなかったからな」
「確かにそうね! これからもその慎重さは大切にね。でも、こうやって話しているから分かるとは思うけど攻撃はしないわよ? そちらが襲ってきたときは別だけれどね」
敵意は感じない。むしろ好意的か?
「大丈夫らしいぞ」
ガルゥ《やはり問題ないではないか》
「ここはいつもの所とは違うんだから。警戒するに越したことはないと思うよ」
「うう……私が悲鳴をあげなければやり過ごせたかもしれないのに、ごめんなさい」
ボロ屋から出てきたアルとゼノンは堂々としている。ラヴィさんはまだ反省中か。ロウは初めての王都の外だからか出てくるのも恐る恐るだった。
「ひ〜ふ〜み〜……4人と1匹か。誰からやる?」
「「気が早い!!」」
「あだっ!? お前ら、本気で殴るなよ! いてて……ちょっと陥没してるじゃないか」
そんなやりとりを見せられて俺達はちょっとの間呆然とする。陥没って言ったのに痛がるだけですぐに治っていた。アンデッド特有の超回復力に英雄としての戦闘技能が合わさっているのか……闘うということになったら苦戦は必至だな。
「ごめんね、このバカが。まったく、闘いしか頭にないんだから」
「誰が脳筋だって?」
「脳筋なんて言葉、言ってないわよ! というか、そのネタ聞き飽きたから黙りなさい!
……ハァ、ごめんね。話を続けるわね。もう気付いているかもしれないけど、私達は英雄達との腕試しを行いにきたの。だから、あなた方が戦えるのであれば今日から1週間の間に私達の誰かと対戦してもらえると嬉しいわ」
「強制じゃないんだな。貴女方は1度対戦したら消えてしまうのか?」
「いいえ。私達は1週間くらいはここに居られるわ。だから1度対戦しただけで消えることはないわ。稽古をつけることも可能よ。もちろん、対戦した後に、だけどね」
稽古か……いいな。とても心惹かれるな。英雄達に稽古をつけてもらえる機会などこれから何度あるか。
「英雄達との腕試しでは私達はかなりの制限がかけられているわ。人だった時の半分も力を出せないのよ。アンデッド特有の回復も禁止するわ。それならあなた方にも十分勝機はあるはずよ」
―――だから、対戦してみない?
そう続く言葉が聞こえてきた気がした。この女は人をその気にさせるのが上手い。自分達に制限がかかるから俺達も勝ち得ると示すなど、ここまで言われたら拒否もできないではないか。
「……っ、デ、デメリットがあったはずだが。それはどうなっている?」
是、と答えそうな自分を押しとどめ、言葉を紡ぐ。
すると目の前のスケルトン達の様子がわずかに変化した。
「あら…知っていたのね。人の世に私達のことが伝わっているとは思ってもいなかったわ」
「そうだなァ。俺達が生きていたときはあらゆるものが口伝で伝わっていたからなァ。英雄達との腕試しのことなどとっくに忘れ去られていたぜ」
「……」
「便利な世の中になっているのだろうって? そうかもねぇ」
そんな感想はいらないからデメリットの詳細を話してくれ。
「それで、デメリットね。実は、私達もよく分かっていないのよ。多分、負けた人にとって最もダメージがあって、かつ、ココロを鍛えられるものなんだと思うわ。……私達のキングもそこだけははっきり言ってくれなかったのよね……」
「すまない、最後だけ聞き取れなかったのだが」
キングがどうのこうのって言ってなかったか?
「あ、別に関係ないから気にしなくていいのよ。
それで、例え負けてもココロの修練が受けれるから何の問題もないと思うけれど、どうかな? 対戦する意思はある? 今日じゃなくていいから」
そうだな……俺はもちろん戦わせてもらう。指名できるならバトルアックスの奴とやりたいな。
他のメンバーにも意思を確認していくが、1番に参加表明したのはラヴィさんだった。
「私は杖を持った方と対戦したいわ。見たところ、魔法が主力でしょう? 私の力がどこまで通じるか分かりやすいと思うの」
確かに。魔法対魔法か……。凄まじく派手な対戦風景になりそうだな。
とても楽しみだ。俺もあわよくばいい魔法を覚えさせてもらおう。
「シル兄さん。僕も参加していいですか?」
予想外の言葉だ。まさかロウが言い出すとは。強くなっていることは知っているが半魔獣の体になってそんなに経っていない。
「大丈夫か? いくらドル爺に鍛えてもらっていたとはいえ、まだ三月も経ってないだろう」
思わず心配の声を上げてしまうがロウの意思は固いようだ。ドル爺にも強き者との対戦が力になると言い含められていたらしい。とはいえ、英雄クラスの奴との対戦を推奨したわけではないはずだ。
だが、解決策は思ってもいないところから示された。
「我々としても、未熟な者との対戦は望んでおらぬ。なれば、そなたとそこのウルフ殿の2人でかかってくるというのはどうかな。少々特殊なルールとなってしまうが、その代わりに我の力の制限を緩めさせてもらおう。それでいかがかな 」
「「「………」」」
スケルトン’sが言葉を失い顔を見合わせる。俺達も思考が止まってしまった。
1拍して再び時が流れる。
「「「お前そんな流暢に喋れたのかよ!」」」
俺達も驚いた。提案をしたのはほとんど喋らなかった、武人然としたスケルトンだったからだ。
ロウはというと……
「……いいです、それで」
ガルゥ……《大丈夫なのか……?》
悔しさに溢れた口調で提案を呑んでいた。ロウは俺達と行くと決めて、そこで必要なのが自分の戦闘力だと気付いていた。今まで努力していたのは知っているが、たった数ヶ月で未熟者から出るのは厳しい。圧倒的に経験が足りないのだ。
俺はロウの頭に手を置いて撫でてやる。頑張っているのは確かなのだから。
「うむ。そなたに必要なのは経験よ。ついでに我から技術も盗んで行くがよい」
意外といい奴だな、武人スケルトン。
それなら、最後に残った暗器使いのスケルトンがゼノンの相手か。
「じゃあ僕は君とだね! 同じ暗器使い同士、楽しくやろう!」
向こうのスケルトンはテンションが高い。こちらのゼノンはちょっと蒼ざめている気がするな。
「やばいよあいつ、どんだけ仕込んでるのさ」
向こうが持っている武器は見て分かるのが鞭。他は服に隠しているのだろうが、俺には左腕の小刀、靴に鉄板らしきものを仕込んでいる程度しか分からない。だがゼノンが言うには暗器を無数に持っているとのこと。確かにそれはまずいな。手札が圧倒的に向こうのほうが多いってことじゃないか。大丈夫か、ゼノン。
もっとも俺だって正直に言うと指名した奴に勝てる気はしないのだがなぁ。
俺達が指定した対戦日は明日だ。今日は戦術の組み立てや軽い訓練で体調を整えた。
魔法陣で飛ばされた先で伝言板の魔道具を使って居場所を知らせるように念を押されていたのを覚えているだろうか。シルヴァー達はスケルトン'sと遭遇した衝撃で頭から抜けてしまっていた。
それに気が付いたのはもうすでに日が沈んでしまった後だった。あわてて魔道具を起動させる。
だが自分の滞在している村跡の名前が分からなかったのでスケルトン’sに聞いたところ、おそらくプルン村だろうとのこと。スケルトン様様であった。
以下エレノア先生とのやりとり
シ:『遅れて申し訳ありません。自分達が滞在しているのはおそらくプルン村跡地です』
エ:『遅い!! でもまぁ、面白い所に着いたようでなによりだ。プルン村か……弾力のありそうな名前だな! ちなみに何故村跡なのに名前が分かったんだ?』
村跡はもとの住民が使えるものはすべて持っていく上に人が住まなくなることで荒れ果ててしまうため、村の名前がわかることは滅多にない。
シ:『……英雄達との腕試しに遭遇しました。スケルトン様様です』
エ:『そうか。私の愛しい狩り時間を無為に過ごさせた罰は見送ってやる。英雄達との腕試しを報告書にまとめて提出するように!』
シ:『了解』
シ:(狩り時間に『愛しい』なんて形容詞はいらないだろう)