王都31 救出
「「……たすけて!!……」」
背後の扉から確かに聞こえた。間違いなく子供の声だ。
「……どうした、シルヴァー」
ハルマさんは聞こえていなかったのか? いや、数人は聞こえていたようだ。挙動不審というか、ほんの僅かに浮き足立っているのがいる。彼らは総じて……獣人だ。
「人の耳じゃ聞こえなかったみたいだな。今さっき扉の向こうから助けを呼ぶ声がした」
「……集中しきれていない奴はそれが理由か。分かった。ここを死守するぞ! まずはあいつの撃退だ!」
「「「応!」」」
……俺も思わず返事をしたクチだが、影って、意外と体育会系なんだな。
「クヒヒッ。無駄なことを。お前達に罠を攻略する頭はないだろう? せいぜい無駄なあがきをするがいい」
くそ……男がぐだぐだ喋ってくれている間にも攻撃しようとしているんだがことごとく返り討ちにされている。体術で絡め取ろうとしても鉤爪で応戦されるし、魔法もあまり効いていない。やはり武器を使うか。確かアイテムボックスに何本か入れてあったはず。
「ハッ、今更武器でやろうって? どうせ無駄だ。おとなしく死んでおけ!」
「「「クッ……!」」」
ガルウウァ!
男が叫びまた体が硬直してしまったが今度はすぐにアルが対抗して咆哮を使ったのですぐに解け、致命的な隙を出さずに済んだ。アルって、こんなこともできたんだな。ひょっとしたらあの男の力の媒体となったのはアルの群れの一員だったのかもしれない。
「【獣の咆哮】か! アル殿、助かった!」
……しまったな。俺は先程アルが注意してくれたのを聞けたから獣の咆哮だと分かっていたがハルマさん達はアルの声が分からないんだった。すぐに注意喚起しておけばさっきも引っかからずに済んだのかもしれん。
だが後悔先に立たず。謝罪はこの後たっぷりやろう。今はこいつに集中しないと。
「「ハッ」」
偶然、全く同じタイミングで俺とハルマさんが攻撃した。俺は首を狙ったがそれて右肩を、ハルマさんは左肩を斬りつけた。
「ちっ……ぐぅっ」
驚いたことに今まで攻撃しても避けられ、受け流され、体の一部を魔獣化させて対応されてろくな有効打が無かったところに先程の攻撃はまともに入ったようだ。これまでの様子を考えるにおそらく条件は同時攻撃だろうな。だがこの狭い通路だと難易度が半端ない。厳しいことは変わらないか。ハルマさんも気づいたらしく、無言で指示を出していた。
そこからはもうこちらのものだ。ハルマさんを始めとする『影』の面々はこういった連携は得意であり、俺やアルも人に合わせることを苦にはしない。
「クヒ……クヒヒヒヒヒッ、どうした、当たらなくなったじゃないか。その程度か、国軍はヨォ!!」
参ったな……どうも奴はこちらの攻撃のタイミングを見切り対応出来てきているようだ。このままじゃ時間がかかりすぎる。子供達を早く助けなきゃならないのに。
「ふん、お前はもう詰んでいるぞ。……かかれ!」
ハルマさんはすでに予測していたことだったか。その対応も立ててあったようだ。2人でダメなら4人でってな。
ようやくこの攻防に終わりが見えてきた。だが、男は顔を伏せて何か呟いていた。まだ隠している力でもあるのか?
「ちっ……せめて扉の近くに……」
ガルゥ!《こいつを近づけてはならん!》
アルが警告するがそれは少し遅かった。
身体中から血を流しながらも未だ立っているその男は突然その気配を完全に獣のそれに変え、扉に向けて突撃してきた。目は血走り、口からは血が混じった唾液が垂れている。そこにはもう、人としての理性の欠片も見られなかった。
俺達の包囲を力づくで引きちぎり、男は扉に手を当てた。するとカチャリとかすかに音がして扉が開いた。罠はもう、沈黙している。しかし、敵である男の行動だ。俺達を全滅させるようなギミックを動かしたのではないか?
「「ヒィっ……だれか……」」
聞こえてきた声に恐ろしい予感を振り払い、子供達が怖がらないように物騒な気を霧散させたところで俺達は部屋に入った。
みたところ、そこまで汚い場所ではない。かなりの大きさの部屋だが、窓はなく、俺たちが入ってきた扉の他にはもう1つ扉があったがこちらはトイレのようだ。
「「わんわ!!」」
……ガルゥ《我は犬ではないというに》
助けに来たメンバーの中に一応面識があったアルが混ざっていたことに安心したのか、メル、ミルという名前のはずの双子は泣きじゃくり、アルにしがみついていた。
「……メルちゃんとミルちゃんだね。俺はシルヴァーという。このウルフはアルって名前だ。よく頑張ったな。俺達は君達を助けに来た。外まで行くのにどちらかは俺の所に来て欲しいんだけど、どうする?」
「メルが、行く」
おっ……と。アルから離れてメルという子の方がこちらに来ようとしたが、腰が抜けていたのか地面へ倒れそうだったので慌ててささえる。その体はすごく軽い。ちゃんと食べれてなかったのだろうか。俺はメルをしっかり抱き抱える。
「ちゃんと捕まってて」
「……うん」
実は、こうしている間にも獣人の耳にはパキリ……パキリと不吉な音が聞こえていた。まるで、壁や床が割れていっているような……。
「しまった!子供を連れている奴は早くここを出ろ!」
「「「!!」」」
ピシリッと床にヒビが入った音とほとんど同時だっただろう。部屋を出ろという指示が聞こえたのは。
俺とアルは急いで扉をくぐった。ちらと後ろを見たら俺達を追いかけるように床が崩落して行っているのが見えた。まずいな。全力で走らないと。
床の崩落から逃げ切り、なんとか大ホールについた。ここで陽動メンバーと合流する事になっている。
……のだが……
大ホールは妙な様子だった。こちらのメンバーが皆一方向を向いており……って、敵がいるのか? なぜこんな緊張が保ったままなんだ?
「あ、シル兄ちゃん。アルも、ちょっとこっち来て」
「ゼノンか。どうなっている? お前は割と先にこっちに来ていたよな」
「うん。説明するよ。どうもね、攫われた子供の1人が奴らの実験台にされたらしくて、何かの魔獣と融合していて、半分魔獣化した状態でこっちに来ていたみたいなんだよ」
「おいおい……大問題じゃないか」
「わたし……その子知ってる」
ゼノンの言葉を聞いていたのだろう。抱き上げたままだったメルが知っていることを話してくれた。それのおかげで裏付けが取れたわけだが……。
「それでね、困ったのはその子がどうやら自我があるっぽいところなんだよね。言葉が通じなくなっているものだから詳しくは分からないんだけど」
自我があるのなら殺すわけにもいかないし、かと言っていつ暴走するか分からないから下手に街に置いておくわけにもいかない。
……いっそ、完全に自我を無くしていれば、あと腐れもなかったろうにな……いや、そんなことを言ってはいけないな。
「厄介だな。というか、言葉が通じないって、どういうことだ?」
俺達を襲った男は普通に言葉を話していたが? その子は違うのだろうか。
「獣の言葉? みたい」
ガルゥ《狼系ならば我も分かると思うのだが》
「アルはなんて?」
「狼系なら言っていることが分かるだろう、だと」
「あ〜、それなら前の方へ行ってみる? その子達は誰かに任せてさ」
「「いや!」」
双子はゼノンの言葉をすぐに拒否していた。メルは他の人じゃ怖いと言って俺にがっちりしがみついた。だが前に連れて行くのも危険なんだよなぁ。
その時、ヨシズが人垣を掻き分けてこちらに向かってきた。俺達の話が前の方まで伝わっていたのか。
「おい、シルヴァー。向こうの奴なんだが、こちらのメンバーがこれだけ揃っているんだ。前に出過ぎなければ問題ないぞ。
……アルが話せるかもしれないんだろ? 早く試してくれないか?」
ヨシズの鶴の一声で俺達は前の方へ向かう。俺はいつでも逃げれるように準備しておく。
人垣の向こうを覗いてふと違和感を覚える。半分魔獣化しかかっているだけあって異様に魔力が高まっているのが見えるが、それと一緒にその男の子にニョキッと生えている耳は少々狼っぽくないような……気のせいか?
ガルゥ……《分からぬな……》
ぐるる《ごめんなさいオオカミこないでなんで言葉が通じないの……》
おや? 分かる……ぞ? まさか……混ざっているのは虎系か?
俺の虎耳がピンと立った。