閑話 別アングル
読んで字の通り、今回は三人の視点でお送りいたします。
アンちゃんを見守り隊
ある穏健派の話
俺はアンちゃんを見守り隊の一隊員である。名はまだ無……くはないがわざわざ知ってもらわなくてもいい。アンちゃんに名前を呼ばれたいという野望があるが、長く滞在しているこの町の女性は皆何故か名前を呼んではくれない。宿の女将でさえ、俺をパーティー名で呼ぶ。その事で俺の親友かつパーティーメンバーのグランドに愚痴ったが、憐憫の目で見られただけだった。この話はここまででいいか? また涙が……。
さて、我ら見守り隊は大きく二分することが出来る。穏健派と過激派だ。俺が属する穏健派はアンちゃんを隠れて見つめ、その笑顔に身悶えるのが主な活動だ。ごく稀に他の隊員と集まってアンちゃんを語る会なんてものを行うが、冒険者が人目を気にして集まれる様なところは滅多にないため、俺も今までで一回しか参加出来ていなかった。
一方、過激派は穏健派より遥かに少ないが、迷惑な活動が多い。最低一人はいつもギルドに置いてアンちゃんに近付く人達にガンをつける。その視線は一般の人さえ気付くほど遠慮のないもので、俺を含む冒険者一同は大変迷惑していた。
……気付いただろうか? 過去形での言葉に。過去なんだよもう、ようやく奴らの迷惑行為を無くせるんだヒャッハー!
こほん。あまりの嬉しさにテンションがおかしくなっていた。まあ、まだボコられてはいないが、ほぼ確定した未来だろう。ああ、何故分かるか聞きたいんだろう? 教えてあげようじゃないか。
まず、あいつらはアンちゃんがこの町のギルドに就任してから他へ移ることなくずっといるそうだ。これについては俺が来る前のことだから町の年寄り連中の方が詳しいはず。詳しく知りたいならそちらへ行ってくれ。俺が知っているのは概要だけだ。
話を戻して、アンちゃんの就任はものすごく騒ぎになった。聞いたことがあると思うんだが、アンちゃんはBランクまでいった一流の冒険者だ。今も若く、まだ伸びしろがあると言うのに冒険者引退だぞ? 当時はいろんな憶測が飛び交ったものだ。例えば恋人ができたからだとか、どうしても倒せない魔物に敗走して実力の限界を思い知っただとか、ひどいものになるとギルドのお偉いさんを誘惑してBランクに上げてもらったから実力バレを恐れて、なんてものもあったな。Bランク以上は闘技大会にもひっぱりだこだから実力は周知されることになる。けれど、最後のは明らかなデマだな。なにせ、Cランクの時にはすでにギルド主催大武闘会での準優勝で実力を示したから実力不足ではあり得ない。
アンちゃん達にはその活躍と依頼に誠実な態度を見て性別を問わず誰もがファンになった。過激派の連中もそれは同じなんだ。
アンちゃん達のために多くの人が協力して嘘の噂をなくそうとしたけれど、結局それが消えることは無かった。動いても動いても噂はなくならないし、また新しく出てくる始末。そこで切れちゃったんだろうな。何をするにも力ずくが増えた様だ。
地道な噂消しの作業とあまり認めたくはないが……過激派の脅迫が作用してこの町だけは悪質な噂がなくなった。副産物としてもとからあった情報網がより強固になったのは良かったことだ。
とはいえ、過激派のやり方には良くないものを感じていたので事あるごとに行動を改めるように注意してきたが、今に至るまでそうなることはなかった。しかも、大部分が暴力を楽しむようになっていたんだ! 流石にここまでくれば俺たちも対応を考える。だが、なかなか手を出せずにいた。良くも悪くも実力はあったからな。報復を恐れて初めの一歩を踏み出せなかったんだ。一人が行けば皆それに追従する形で殴りに行くんだが、初めの一人は報復の対象になりやすいだろう?
家族がいる、パーティーメンバーがいる、で動けなかったな。
それで、奴らがボコられる未来になるのは、あいつらが明らかに格上の相手にケンカを売ったからさ! シルヴァーと言う名前らしいが、ランクは低いようなのに体がしっかりしている。あれは上がっていくだろうよ。それにアンちゃんと親しげだったから妬んだんだろう。
そのシルヴァーもなかなかケンカっ早いみたいで、殺気のこもった視線に挑発を返している。
……どうやら草原で対決するらしい。俺たちも迷惑にならない程度に参戦させてもらおうか。
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ヨシズ視点
オレがピギー討伐の受諾手続きをカウンターでしていると、ちょうど隣のカウンターにアンさんが入ったところだった。ギルド内が僅かに明るくなった。そんなにアンさんが好きか、お前ら……。多少呆れる光景だが、もう慣れちまった。
少しアンさんの方を見つめ過ぎていたのか、過激派の連中がオレにガンつけてきた。おー、恐ぇ恐ぇ。こいつらも、どうにかならないかねぇ。
冒険者は大体が気性が荒いからケンカを売るも買うも日常茶飯事だがそれでも限度ってものがある。つまり、何が言いたいのかっていうと、俺達は、ずっとギルドにいてケンカを売ってくるあいつらに辟易しているんだ。誰かが動けば恐らく皆殴りにいくだろう。
考え事をして殴りたい衝動を殺していると、アンさんがギルドに入って来た男に声をかけた。
その相手は……。珍しい。虎人族か。しかも白銀だから始祖の家系だろうな。知っている人はあまりいないだろうがな。おそらく殆どの冒険者より格上の能力持ちだろう。オレも人のことは言えないが何故こんなところにいるんだろうな。
アンさんとよく話しているようで、過激派連中の視線は一層強くなった。何かされる前にあいつらについて話すべきか。
その時、手続きが終わったのでヨシズは中にいるには不自然になってしまった。
仕方ない。外で待つしかないな。すれ違い様に少し注意してみるか。
「シルヴァーとか言ったか……。アンさんとばかり話すのはやめた方がいいぜ」
これでどう見えているか分かるだろう。もし、あいつが話し合いを選択するなら町中に広めないとな。皆のストレスが発散出来るいい機会だ。
さて一番情報が回るルートはどこだったかな……。
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アン視点
シルヴァーさんのカードに依頼完了のデータと報酬を割り増しした分を記録し、カウンターに戻ると、シルヴァーさんが何やら黒いオーラをまとい、考え込んでいました。ジニアさんの影響でしょうか。
「終わりましたよ。……どうかしましたか?」
「ああいや、なんでもない。そうだ、ここでついでに依頼を受けれるか?」
もちろん構いません。もう一つ受けるのに依頼完了の報告とは別のカウンターで対応するのは私達も面倒ですし。
依頼の受注が可能だと聞いたシルヴァーさんは報酬が多めになっているカウの討伐依頼を受けずにピギーの討伐依頼を受けられました。誰かにカウが狩り尽くされている可能性について聞いたようですね。いい判断だと思います。ピギーなら狩り尽くされていることはないでしょう。
ギルドカードに依頼の受諾データを更新し、シルヴァーさんにギルドカードを渡したのですが……。何やら考え込んだ後おもむろに手を出してくれと言ってきたので手を差し出したのですが、これって握手ですよね? 何の意味があるのでしょうか。
「あの……。一体何でこんなことを?」
「少し厄介な奴等を釣ろうと思ってな」
『釣ろうと』の部分だけ明らかに周りに聞かせましたね。ターゲットは先程からシルヴァーさんに殺気を向けているあの方々でしょうね。彼らの隠す工夫もないそれに私が気が付かないとでも思っているのでしょうか。冒険者時代から鍛えてきた気配察知にいつも引っかかるので、いい加減私も限界です。ですので、
「では、狩りに行ってこよう」
「ええ、お構い無く」
たとえ私を守るための行動からだったとしても、街の人達に迷惑をかけたあなたたちがシルヴァーさん達に鉄槌を下されることに否やはありませんよ?