表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虎は旅する  作者: しまもよう
クナッスス王国編
59/450

王都30 救出

 

 とある場所の地下。いわゆる邪神を崇める組織で魔獣の研究をしている男が集めさせた『試料』を前にして思わず笑いを漏らす。ちょうど魔力が個人のものとして形成される寸前であるという、今回やろうとしている実験にぴったりと条件が合致する子供が数人……しかも憎き貴族の関係者からさらうことができた。

 憎い相手の元で庇護されている存在をさらう……向こうは今頃さぞ悔しげな表情を浮かべているのだろうと思うと愉快で仕方がない。


「クヒヒッ、今回はいい試料が集まったな。クヒヒッ」


「おい……このガキ、貴族んとこの使用人のガキじゃないか? どうやって……いや、()に集めさせた」


 同僚が追及してくるがそんなもの魔獣決まっているだろう。分かっているだろうに聞く必要がどこにあるのか。


「クフ。魔獣化させた(・・・・・・)子狼よ。融合体に選ばせた。まさか貴族の庇護下の子供をさらえるとは思ってなかったが」


「確かにな。だが、貴族の網は意外に大きいものだぞ。やるなら早くしとけ」


「あい、了解。クヒヒッ。最も貴族の網は目が大きすぎるのだよ。失敗しても逃げられるさ」


 それを聞いていたのかどうか。同僚は踵を返してその場を去った。万が一に備えて逃走の準備でもするのだろう。臆病者め。

 だがあいつの言葉も同意できるところはあった。


「さて、あいつの言う通りにするようで癪だが早めに実験開始としよう。とはいえ、最もやりやすいのが黄昏時だからあと数時間は出来そうもないが。クヒヒッ。イケニエの様子でも見るか」







「……おかーさん。おとーさん。こうしゃくさま……。メルがわるかったの。ごめんなさい」


「ううん。ミルこそわるかったの。わるいこのミルはたすけてもらえないのかな」


 ジメジメと薄暗い牢屋のようなところに2人とあと数人顔見知りの子が閉じ込められていた。少し前に奇妙な笑い声を漏らす男がやってきて1人連れて行ってしまった。その子は全力で抵抗していたけれど男が何か手をかざすと全身の力が抜けてしまったようで、大人しくなっていた。


「……メル、こわいね、あのおじさん」


「しっ、いっちゃダメ。あんなまりょく、おかしいもん。へんな力をもっているかもしれない」


 メルとミルが狙われた要因はここにあるのだろう。2人は何故か魔力を視ることができるのだ。もっとも今の段階で分かることはその人の魔力の器と大きさ、色くらいだ。色がわかってもそれが表しているものを知らないので今は宝の持ち腐れである。だが双子がそんな力をもっていることをおそらくあの男は知らない。もし知っていたら実験にいち早く使われるのはこの2人であっただろう。

 2人が視た男は、器はそこまで大きくないのにその器以上の魔力を持っていた。見たところ魔力が溢れ出しているのに不思議とそれが表に出ていなかったのだ。


「あのこ、だいじょうぶかなぁ……」 


「きっと、こうしゃくさまが助けてくれる」



 辺りがすっかり暗くなり、双子にしても魔力の光しか見えなくなった頃、突然、叫び声がここまで響いてきた。身の毛がよだつほどの恐怖に、苦しみに、哀しみに満ちた叫び声だ。それは、2人にあの連れ出されて行った男の子に良くないことが起こったと悟らせるのに十分なものであった。


「ふぇ……えええん」


「ミル……ふぇ……ぇん」


「「たすけて……たすけて!!」」



 *******



 南街区の片隅。ここでは、作戦の最終会議を行っていた。もちろん、全員が参加するのは難しいので各代表が集まり、決定事項は国軍所属の『影』が伝達することになっている。はじめはその影が信頼できるかどうかで紛糾しかけたが今は皆納得して落ち着いている。


「まず、影は陽動と主力の2つに分かれる。陽動では基本は皆のフォローに回る。それが得意なメンバーを選んであるから問題はないだろう。主力の一部に学院生がいるが実力は?」


「問題はありません。皆実力者で学院長のお墨付きのメンバーですから」


 国軍の『影』のリーダー問かけにはキノコが答えた。学院のメンバーでリーダーになったのは結局キノコだった。実力もあるしな。ちなみに俺やゼノンは何故か作戦の中核メンバーとして数えられているため学院生としての参加ではない。これにも文句…は何故かなかった。これまでの実績で実力は問題ないとされたからだ。


「そうか。あの学院長が許したのなら大丈夫だろう。それで、主力のほうだが、我等が先導することになる。誘拐された子供達がいる場所に当たりをつけておいたからまずそちらへ向かう」


「犯人の確保からじゃないのかい? 子供を連れてちゃ厳しいだろう」


 批判の声をあげたのは冒険者組のまとめ役の女性だ。


「それも踏まえての人選だ。それに、突入は主力が最初に行うから子供達を安全なところへ向かわせる時間はある。最悪、犯人を外へ逃走するように仕向けるからあとは冒険者方が好きにやればいい」


「……はぁ、国軍はこれだから、まったく。好きにって言われてもどこから来るかも分からないんじゃ面倒臭いこと」


「その分依頼金は弾んだだろう」


 おや? この2人は知り合いなのか? 言葉の内容はともかく刺々しくはない。空気が悪くなることがなく、ちょっと一安心する。国の軍と冒険者の仲の悪さというものはどうも根が深いのだ。そのせいでこういった、連携が必要な時にいがみ合って失敗することがよくあるらしい。今回そんなことで失敗などとなれば俺は両方に殴り込む自信がある。


 俺は懐中時計を取り出し、時刻を確認する。今は夜の6時55分だ。主力メンバーはそろそろ向かうべき時間だ。


「……行くぞ」


 主力メンバーは隠密に優れている人を選んだだけあって教会への突入は非常に静かなものであった。中に入ると彼らはまた2つのグループに分かれた。さらわれた子供を探すグループと犯人を追い詰めるグループだ。

 先程表で話していた内容と微妙に違っているが、そこはそれ、敵を欺くにはまず味方からというものだ。実際に、国軍内部、冒険者内部に間者が潜んでいる可能性は少なくない。貴族主導である今回は失敗は許されないので万全を期した形だ。




「……アル、子供がどこにいるか分かるか?」


 がう《反応は二箇所だ。とりあえず大勢いる方に向かうか?》


「……ハルマさん、子供の反応は二箇所らしい。大を取るか小を取るか?」


「……両方だ。まずは人数の多い方へ向かう」


 こちらのグループのリーダーはハルマという女性だ。決断力に優れていて大変男らしい。『影』の舎弟のような組織内では姐さんと呼ばれ親しまれていたりする。


 グルゥ《ついてこい》


 アルの先導に従い、少しすると何重にも罠が張ってある頑丈そうな扉の前に辿り着いた。なんなんだ、これは……教会の中にあるものとしてはいささか物騒すぎないか?


「……アルどの、本当にここに子供らがいるのか? こんな罠を張ってまで……」


 本当に、ここまでえげつない罠が張ってある先に子供達がいるのかと思うと、気が滅入ってくる。どうやったらいいんだ? これ。


「見て分かる限り、罠の効果としては認証されていない人物が扉に触れると爆発する、攻撃を当てると爆発する、あと攻撃の反射も備えてそうだね。これは外側からの干渉に限るみたい。内側からならすぐ破れそうだけどね……。アル、本当にここに子供達がいるの?」


 グルゥ、グゥ《根拠は証明できないがこの先に子供らがいるのは確かだ》


 そんな曖昧なものではこちらは納得がいかない。だが、ハルマは何か思い当たることでもあったようでアルの言葉を疑うことも否定することもせず、思わずといった風であったが独り言をもらす。幸か不幸かそれを聞けた人はいなかったが。


「……女神様の祝福なのかもしれんな。あれも曖昧なものだ」


 悩むのはほんの一瞬のことであった。ハルマはすぐにこのふざけた扉を壊すことに決めた。彼女はアルの言葉を信じたのだ。


「だが攻撃が出来ない以上どうしようもない。横の壁に穴を開けるとか? 無理だろう。すぐに気付かれる」

 



「クヒヒッ、誰に、でしょうねぇ? 貴族の犬ども。バレバレなんだよ!」




 突然響いたその声に俺達は体を硬直させる。馬鹿な……こちらは皆索敵能力持ちなんだぞ。掻い潜れるわけがない。その混乱した思考の中、それでも聞こえた声があった。




 ガルゥッ!《【獣の咆哮】だ!》


 そうか、先程俺達が硬直してしまったのはそれが原因か。なんと厄介な……人の身でありながら魔獣の能力を扱うか……!






「「……たすけて!!……」」


「「「っ!!」」」


 その時、確かに、確かに助けを求める声が聞こえた。背後の、罠だらけの扉の向こうから。これで子供がいるとはっきりした。

 だが、事態は非常にまずい。こちらの人数で言えば乱戦に持ち込んだ方が早く終われそうだが、その最中に扉を通られたら目も当てられない。この男を通してしまうと子供が人質に取られてしまう。こいつがすでに自身を扉に認証させているのは間違いないだろうから。

 かと言ってこのままでいられるわけもない。こうやって姿を現しているということは俺達を殺せると踏んでのことだろう。何が飛び出すか分からないのはこちらの反応を鈍らせる。


 手が出せない。絶体絶命だ……!






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ