王都24 戦闘授業は鬼畜メニュー
さて、学院に通ってもう一週間が経つ。この一週間は基礎の詰め込みの授業がほとんどだった。座学は魔獣の種類とその特性、おおまかな分布、推奨の戦闘方法など。魔の森への推奨ルートも教わったが参考にだけするようにと言われた。それは教わることに何の意味があるのか? と思ってしまったのも仕方がないだろう。
とりあえず、今日までの授業はなんの面白みもないものだったとだけ言っておこう。座学は。
戦闘授業は初っ端からハードだった。学院長はマジでその路線で行くと決めてしまったらしい。だが涙をのんで俺達は授業を受けた。易しくしてくれとは口が裂けても言えない。なぜならば、もしそう言ったら根性なしとみなされ、よりキツいメニューにされるからだ。実際、俺のいるクラスの一人が根をあげてそう言ったら根性を叩き直すということで追加で王都一周してこいと言われていたからな。ヨシズも本当に容赦がない。
戦闘授業は実戦慣れするためのもので、戦闘技術をしっかり教えてくれるわけではない。そして、はじめは生徒の体力などをつけさせる授業を受けてもらうと言われて、指示されたのが……
“王都の外周を三周、ついでに一周ごとにラビット一体討伐。日が落ちる前に達成しろ”
というものだった。……無茶振りすぎるだろ。王都だぞ? どれだけ広いと思っているんだ。一周ごとにラビットを討伐しろとかいう条件が付いているが、ラビットはどこにでもいるけれど素早いし逃げ足が速いから討伐するのも一苦労なんだ。
それについてヨシズが結構鬼畜なことを口走っていたな。
「ラビットを討伐するんだからちゃんと武器を持って走れよ」
だったか。しかもイイ笑顔だった。人の不幸は蜜の味とはよく言ったものだと思う。まぁこの言葉自体は俺には特に関係はなかった。俺は基本的に体術だから武器の携帯の必要はない。ゼノンはクリティカルねらいの隠密型だから小さい、懐に入るような武器だけでいいからそんなに問題はなかった。魔法を基本的に使う人も関係なかったな。ラヴィさんがこれにあたる。
だが、一方で地獄を見たのは大剣使いや斧使いなど、重い武器を使う人だろう。
最悪なことに、あの日はカラッとイイ天気だった。戦闘授業は午後だったので気温も高かった。その中を重い武器を持って走ったんだ。そりゃ地獄だろう。
もっとも、全員走りきらないと終わるに終われないので遅れ気味の重武器使いに追い風を使ったり俺やゼノンなんかは魔力に余裕があったから水を作り出したりしてサポートした。その甲斐あってか、日暮れ前に全員終えることができた。
「……これで全員だな。トップのシルヴァー達とは一周遅れくらいか? よく頑張ったな」
「「「………(しゃべる気力なし)」」」
「今日はここまでだ! 狩ってきたラビットは各自夕食にするなり金に変えるなり好きにしていいぞ」
ヨシズのその言葉でバテバテグループも少しは元気が出たのか大の字に寝転んだまま小さくガッツポーズしていた。俺達もどうしようか算段をつけていた。
「ゼノン、お前はどうする? というか、内訳は?」
「ラビット3、シーフバード6、ミドリトカゲが4だね。シル兄ちゃんもそんな感じだよね?」
この時点で周りにいる生徒は思わず視線を向けていた。バテバテグループも耳をそばだてる。次いでシルヴァーが言った言葉に顔を引き攣らせて心の中でシルヴァーを拝むことになった。
「ああ。ラビット3、シーフバード5、ヒュプノスバタフライ1のミドリトカゲが5だな」
「えっ! それ本当なの!?」
「……ヒュプノスバタフライなんていたんだね……」
ヒュプノスバタフライは特定の生息地というものがないが滅多に見られない蝶だ。そこまで強くはない。攻撃として白い粉を撒き散らすのだが、この粉は睡眠作用を持ち、かかった相手はしばらく前後不覚に陥る。また、雌は半透明の粉も持っており、こちらは催眠作用を持つ。その特性のおかげでヒュプノスバタフライはとても高い値で売れる。
「見つけたのは本当に偶然だがな。眠らされるのは嫌だったし、まずいと思ったからすぐに倒した」
「確かにね。バタフライの白い粉をかけられた一人が倒れたらその人を助けようと近付いた人も眠ってしまうからね」
「そうだな。それでしばらく近付けなくてメニューをこなせなくなっていた可能性があるな」
「………そんな恐ろしい未来にならなくて良かったわ。ありがとうね。シルヴァーさん」
ラヴィさんの言葉に皆頷いて感謝の言葉を言ってくれたがこうした褒め言葉は言われ慣れてないのでこそばゆい。
「いや。当然のことをしたまでだ。と、いうか、初めの質問はどこに行ったんだ?」
「あ、俺はラビット1匹を夕飯にするつもりだよ。他は売ろうかな」
「そうか。それなら俺はシーフバードも調理してもらうか」
別にゼノンと同じでもいいのだが今日は寮生のほとんどが同じメニューになりそうだ。その中で1人別のメニューで、しかもシーフバードだったら優越感に浸れそうだ。
「あはは。シーフバードも美味しいよね。今度狩れたときは食べようかな」
「2人とも余裕だったのね。羨ましいわ」
そんな会話にラヴィさんが溜息を零して言った。だがラヴィさんもそこまで疲労していないように見える。
「ラヴィさんも余裕といえば余裕だったんじゃないのか? 6番手だろ。魔法士にしてはいい結果に思えるが」
「そうかもね。でも余分に狩るだけの余力はなかったわ。三周とラビット3匹をこなすのに精一杯。これでも学院に入る前から冒険者やっていたのだから人並み以上には体力もあるはずだけど」
「結局のところヨシズのメニューが鬼畜だったという結論しか出てこないよな」
「「確かに!」」
あははははと笑いあった。大通りだったので結構視線を集めてしまった。そのせいだろうか。
「ほう……? 余裕そうだな、シルヴァー、ゼノン。次からは特別メニューにするか?」
ヨシズに一連の流れを全て見られ、聞かれていたことに気付かなかったのは。恐ろしい宣言をされてしまった。
……たのむから、それだけはやめてくれ。
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どこかの地下聖堂にて
「なんだと? 折角捕らえたあのヒュプノスバタフライが倒された? ふざけるな! あれの粉の有用性を忘れたのか?」
声を荒げるのは随分と着飾った神父……だろうか。彼の前にあるのが黒い祭壇という、如何にもな物があるあたりまともな信仰での立場ではあるまい。そんな彼が声を荒げる要因となったのはそばに控えた、ローブで体が隠れていて表情も見えない人物からもたらされた情報である。
「……いえそんな……私も恩恵にあずかっているからには……」
「そもそもなぜ放したんだ。担当は誰だった?」
「……クナッスス王都の……ロック……だったかと……」
「あの変人か。勝手な行動は控えるよう言わなくてはならないな。まったく、制御下にあれば反撃くらい出来るだろうに」
ブツブツと文句を言うが変人とやらを見下すような気配はない。ローブの人物に対して傲慢な態度でいることを見れば変人とは言っていても彼と同じくらいの地位であるらしい。
「……指示を出す間も無く……倒されたと……」
「ふん、単なるあいつの怠慢だろう。だが、一応倒したやつを調べておけ」
「……御意に」
ローブの何者かは頭を下げる。そこへ神父から何かの液体が入った杯を渡された。
「例のものだ」
「ありがたく頂戴いたします」
まるで、王から下賜されたものでもあるかのように恭しく受け取るローブの者。これは、一種の宗教儀式のようなものだった。
「これ以上の計画の遅れは許されない。クナッススでは成功させるぞ」
「「 我等が神に栄光あれ 」」
不穏な祝杯が挙げられた。それを知るのはこの場にいる二人と、彼等の仲間くらいだ。この小さな祝杯がどこまで影響するのかは神のみぞ知る、というところだろう。