王都23 訓練場
さて、俺たちは今訓練場に来ているんだが、教師が一向に来ないという問題が発生している。時間的にそろそろ来てもおかしくないのだが……。
訓練場はそこそこの広さだが、全員が一斉に練習するには少し心もとないだろう。先生が鬼畜を発動しなければ少しは休む時間も出来るはずだ。……たとえ、ハードモードであったとしても恐らくは。
「ねぇ、シル兄ちゃん。俺たちでちょっと模擬戦やらない? ぼーっとしているのは正直勿体無いよね」
「そうだな。やるか。ここは訓練場だし、剣術、魔法、武術、暗殺術なんでもありのガチ戦でもやるか?」
「いいね!」
暇を持て余した俺とゼノンはクラスメートに頼んで場所を開けてもらい向かい合う。これまでも何度か外で模擬戦はやっていたが、何でもありのルールではやったことはない。あまりにも周りを破壊し尽くしてしまうからだ。しかし学院の施設は簡単に壊れるようにはなっていないので安心して本気の戦闘ができる。まぁ、ここにまで死なないような結界を張ってあるとは言えないので攻撃とは言っても重傷を負っても死にはしないレベルにするがな。
「では……」
「いざ……!」
「【フレイムカーペット】」
とりあえず俺はゼノンを近付けないために魔法を放つ。これは俺自身を起点に全方位に円形または指定の方角に扇型に炎が広がっていく魔法だ。森や草原では延焼を気にしてなかなか使う機会はないがここは障害物はないし開けた場所だから使いやすい。
俺がこれを使ったのはもちろんゼノンを近付けないためでもあるが、戦闘開始とともにゼノンがトップスピードでこちらに向かって来たので接近されたらまずいという本能に従ってのことでもある。
「ちぇっ、行けると思ったのに」
「お前にそう簡単に接近戦に持ち込まれてたまるか」
接近戦はある意味ゼノンの土俵だ。俺も接近戦は得意な方だがゼノンには一歩遅れをとる。
「【ファイアーアロー】【ファイアーアロー】」
ゼノンが無詠唱で【アイスアロー】を放ったようで、その数は視界を覆うほど。おそらく開始から準備していたのだろう。魔法はためることがが出来る。俺は相殺するために即座に【ファイアーアロー】を放つ。結構魔力を込めたので十分相殺できるはず。今回は威力重視だから詠唱した。
「ちっ、しまったな」
ゼノンの【アイスアロー】と俺の【ファイアーアロー】が相殺されたので水蒸気が発生しゼノンを姿を見失ってしまった。まいったな……どこから来るか。ゼノンは隠密タイプだからこういう時は本当にどこにいるかわからない。気付いたら背後を取られていたとかザラだ。
「はっ!」
ほらな。背後からナイフか。だが、必ずしもナイフが飛んできた方向にゼノンがいるとは限らない。あいつは俺と剣を重ねておきながら俺の背後からナイフを急襲させられるようなやつだぞ。
「いた……」
水蒸気を吹き飛ばしてようやくゼノンが見つかった。ここからが正念場だな。
「【サンダーアロー】」
「【避雷針】!」
やるな……ゼノン。前はこれで終わっていたんだがなぁ。【サンダーアロー】は当たらなくてもいい攻撃だ。対象者の近くに落ちれば、その落ちた衝撃で雷が全方位に広がるからだ。だが、広がる際、雷の威力は落ちてしまうが麻痺させるには十分なんだ。麻痺したところを……後はわかるよな?
意外と使える雷魔法だが、弱点がないわけではない。【避雷針】の魔法を使われるとそちらに引き寄せられてしまう。今もゼノンの使った【避雷針】に引き寄せられて魔法は失敗してしまった。
「徒手格闘に持っていければなぁ……。【ファイアーストーム】」
「冗談じゃ、ないよ!!」
ちっ。あの規模で避けるのか……。
「徒手格闘とか、シル兄ちゃんの土俵じゃん! 【砂塵】!」
一応お前の土俵でもあると思うがな。俺達はどちらも自分から持ち込む分にはいいのだが、持ち込まれるのは嫌っている。接近戦の話だぞ。
というかまずい! またゼノンを見失ってしまう!
「【ウィンド】!」
すると、ブチッと言う感触がして魔法になりかけていた魔力が霧散してしまった。ファンブルだ。
「ちっ、こんなところで……!」
【砂塵】は土と風の2属性魔法なので俺が【ウィンド】で効果を消すには砂塵に使われている風の魔力量を超えた分を込めなくてはならない。ファンブルしたということは込めた魔力量が足りなかったのだろう。複属性混合魔法の効果を打ち消すには単一属性では必要魔力量を見極めるのが難しい。下手すると相手の魔法の威力を増強してしまう恐れがあるのだ。
って、分析している場合じゃない。俺がファンブルしたことで隙が出来てしまいゼノンはこれを好機にと勝負を決めに来ている。
模擬戦は最終局面を迎えている。今、全方位から俺に向かってナイフが飛んできている。しかし、迎撃しようにも魔法はファンブルした影響で魔力をうまく紡げないし。ならば武器か。
「【イクウィップ】」
これはアイテムボックス内に置いてある武器などを装備する魔法だ。これを習得している人は滅多にいないらしい。まあ普通はこんな土壇場で装備を変更するなんて自殺行為だという認識だからな。似たような理由で【チェンジウェポン】なんかもあまり使われないそうだ。
「っ、はっ!」
アイテムボックスからだしたレイピアで前方から来るナイフを叩き落とし、前の方へ逃げる。ちなみにレイピアを選んだのは俺が持っている中で一番軽く、取り回しが楽だからだ。ナイフはほぼ同時に飛んできていたので俺はこうするしかしか対処法が思いつかなかった。
やられっぱなしは面白くないな。
俺は極限まで集中し、ゼノンの気配を捉える。そして、自分の気配を消し、レイピアを一閃!
「終わりだな」
「参りました。シル兄ちゃん」
ゼノンはレイピアを喉に突きつけられた形で降参した。なんとか勝てたな。
パチパチ
「「……?」」
砂煙の向こうから拍手が聞こえてきて、俺たちは2人顔を見合わせた。
ここは何処だったか?
訓練場だ。
つまり、すっかり忘れていたがクラスメートという観客がいたのだった。彼らが拍手をしてくれているんだろう。周りが見渡せるようになってその推測が正しかったと分かる。ラヴィさんをはじめ、皆がこちらを見て拍手を送ってくれている。
「すごかったわ。シルヴァーさん、ゼノンくん」
ラヴィさんが興奮した様子で声をかけてきた。彼女の気持ちに引っ張られているのか、白いうさ耳もピクピクしている。
かわいいな……
戦闘で緊張していた体がいい具合にゆるんだ。
「シルヴァー、ゼノン。遅れた俺が言えることではないが、次からはたとえ今日みたいに時間があってもあんなガチ戦闘は控えてくれ」
……なんだヨシズか。いたのか。
一気に気持ちが引き戻されて、俺は少し残念な気分になる。
「いたのか」
「いたのか、じゃない。全く。さて、これからの予定についてざっと話しておくぞ。心して聞けよ。
まず、学院長から今期はハードに指導するように言われているから俺のような戦闘職員の授業は訓練ではなく、ほとんど鍛錬と実戦でいく。戦闘技術は戦って培え。
2ヶ月ごとに1度遠征に向かうからいつでも行けるように準備はしておくように。
さぁ、まずは6人班を作れ。それがこれからの行動を共にすることになる」
そのヨシズの指示に従って班を作る。俺とゼノン、ラヴィさん、入学式の時に同じグループで回った双子のアキとナツの5人だ。ヨシズは6人と言っていたが人数が足りなかったようだ。5人なのは俺達の班だけだ。
「うん? シルヴァー、この班は5人なのか」
「見れば分かるだろう。5人だ」
「う〜ん。遠征の時は残りの1枠にアルを入れてくれ」
「いいのか?」
「置いて行く訳にもいかないだろうからな。学院長にはもう話してある」
根回しが早いな。
「よし、皆組めたようだな。今日は俺が遅れたこともあってこれで終わるが、明日からは本当にキツくなるからな。はい、解散!」
これから過ごす1日の流れが分かったな。学院に来て、まずは自分の教室へ向かい、そこでなんの授業を行うか確認する。
もし午前に座学ならば午後は戦闘、午前に戦闘ならば午後は座学になるのが基本で、週2日休みがある。その時は冒険者として外の依頼を受けることになるのだろう。時間がある内に稼ぐのは基本だ。
授業がある日は教師の解散の号令で学院に拘束される時間は終わりを告げるのだな。
早く慣れておかないと自分の鍛錬の時間や調査の時間が取れないかもしれないな。