ドルメン5 冒険者は喧嘩っ早い
あぁ、腹が減ったな……。グルグル鳴る腹を抱えて俺は【ネコ居つく亭】へと向かう。さっきまでいたサーナさんのところでの昼飯の匂いが一番の原因だな。空腹時に飯の匂いはキツイ。取り敢えず宿に戻ろう。ギルドへは午後二時を過ぎないうちに行ければいい。
「おや、シルヴァー。おかえり」
宿に入るとすぐに女将が話しかけて来た。こちらの宿では食事時のピークは過ぎているようだ。
「どうも。昼飯は残っているか?」
「あるよ。お代わり出来るほどではないけどね」
「あるだけでもありがたい。ここの飯は美味しいからな」
「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃあないか。でも、いつもここのご飯だけと言うのも勿体無いよ! 一度は他の所へ行ってみな。宿、食堂ごとに異なる工夫がされているから楽しめるはずさ」
「明日はそうしてみよう。しかし、女将にとって他の宿、食堂は商売敵だろうに、よく勧めるな?」
「あっはっは、気にしなさんな。確かに損しているように見えるかもしれないが、この町がいい所だと思ってもらえればきっとまた訪れてくれる。それが続いて私達は常連客を得られるって寸法さ。それに、この町を好意的に評価してくれる人は大変ありがたいものだしね。単純に横の繋がりを得るためでもあるけれど」
朗らかに笑う女将が話したことで納得がいった。いろいろ考えられているってことだ。そのとき、厨房にいた宿の主人の声が聞こえてきた。
「おーい、飯の用意が出来たぞ」
「おや、取って来るね。座って待っていてくれるかい?」
席に着いた俺の目の前に昼飯が置かれた。山盛りのご飯にカウの肉のステーキが二枚にサラダが添えてある。カウは家畜として育てられているものも少なくないそうだが、野生に生きるものの方が美味しいため、シルヴァーはまだ育てているところを見たことが無い。そして、人を襲うことは稀だが農作物を食べるため、討伐依頼が出ている。
「頂きます」
ああ、やはり食事を提供する所で調理されたカウは美味しいな。わずかにハーブが使われているようで香ばしい。野営ではこうまではいかない。じっくり仕込む手間が面倒で味付けは塩だけが多い。
「ごちそうさま。美味かった」
「もう食べたのかい。午後はどうするんだい?」
「特に決めてはいないが、どうせこの後ギルドに向かうからまた何か依頼を受けることになるだろう」
「そうかい。もし討伐依頼を受けるならカウの常時討伐は受けない方がいいと思うよ。午前に多くの冒険者が受けたそうだから午後じゃあ見つからないかもしれない。今の時期は報酬が高いからそちらへ流れるのも分からなくはないけどね。さあさあ、仕事を受けに行ってきな! 食い扶持稼いでなけりゃ泊まらせないよ」
女将に急かされて俺はギルドに向かう。しかし、カウの討伐依頼を受けないとすると……何を受けようか。
*******
ギルドに着いた。殆どの冒険者はもう既に依頼を受けたのだろう。いつぞやの入るのにも一苦労だった日とは違う。
「あ、シルヴァーさん。驚きの依頼完了速度だったそうですね。サーナさんから割り増しするようにまで言われましたよ。ここへ来たのは本日分の依頼完了報告ですよね? ギルドカードを預かります」
「これだ」
「お預かりします。少々お待ち下さい」
アンの言い方からするとサーナさんが来ていたのだろう。報酬の割り増しについては直接ギルドに手続きに来る必要があるからな。まあ、近いうちにその必要もなくなると言う噂があるが。
それにしても、アンさんの公私の切替は実に滑らかだなぁ。後ろ姿を少し眺めると、先程から何故か集まっていた視線に殺気も追加された。
「シルヴァーとか言ったか……。アンさんとばかり話すのはやめた方がいいぜ」
依頼を受けたのだろう男が後ろを通り過ぎる時に囁いた。
「……何なんだ?」
好きでアンさんとばかり話している訳ではないのだが、他の人にはそう見えているんだな。俺にとってはただこの町に来た時からの知り合いだから話しやすいってだけなのだが。……まだ向けられている殺気の原因がそれなら、きちんと対応しなくてはならないな。どうしてくれよう。
「終わりましたよ。……どうかしましたか?」
「ああいや、なんでもない。そうだ、ここでついでに依頼を受けれるか?」
「ええ、構いませんよ。先週からカウの討伐依頼の報酬が少し多くなっています。受けられますか?」
「いや、午前に受けた人が多いと聞いている。討伐系では他に何がある?」
「確かに午前に受けられた方は多かったですね。討伐依頼では、他にピギーの討伐がありますね。これもカウと同じく討伐証明部位以外はご自分で売るなり食べるなり出来ます。こちらは午前にもあまり受ける方がいませんでした。おそらく狩り尽くされてはいないかと思われます」
「うーん……。それにしよう」
討伐証明部位以外は自分の好きにできるなら、報酬と討伐証明部位以外……ピギーで言うなら牙以外を売ればかなりの金になる。他にも宿へ持ち帰って夕飯の材料にと献上すれば宿泊代が僅かだが浮くし、旅用に燻製にしておけばわざわざ旅前に買う必要は無くなる。
「分かりました。……ギルドカードをお返しします。気をつけて行ってきてくださいね」
「ああ。……そうだ、少し手を出してくれないか?」
ところで、先程からの殺気は未だに向けられている。いい加減うっとうしいので全員釣って草原まで来てもらおうか、ついでにピギーもいるしなと思ったシルヴァーはその思いのまま彼らが一番激昂するであろう事を行った。つまり、アンの手を取ったのだ。
……ただの握手なのだが、彼らの基準ではそれすらもいけないらしい。
「あの……。一体何でこんなことを?」
何か意味があると踏んだのか声を潜めて尋ねてくるアン。流石の対応だ。
「少し厄介な奴等を釣ろうと思ってな」
『釣ろうと』の部分だけ周りにも聞こえるように言う。この状況で釣るなら、それは殺気を向けていたアンちゃん信奉者の一部を指すのだろう。その場にいた皆が思い当たった。もちろん、ターゲットも例外なく。
「では、狩りに行ってこよう」
「ええ、どうぞお構い無く」
最後だけは俺にしか聞こえないように音を落としていた。
ギルドの外に出ると俺にアンと話すなと囁いた男が立っていた。ずっと待っていたのか?
「待ちわびたぞ。アンさんの信奉者の過激派連中について話そうと思ったのだが、その前に奴等にケンカを売ったようだな。遅かったか……。でも、あいつらについては町の皆も困っていたんだ。盛大に広めておいてやるさ」
そう言って男はくくくと笑う。奴等と少し話し合いをすることに町の人達が協力的になりそうなのはいいが、あまり広められるのはな……。何故か男は俺が失敗するとは思ってないらしい。
「おっと、笑っている場合ではないな。さっそく広めてくるぜ、じゃあな! あ、そうだ。オレの名はヨシズだ。これから縁がありそうだから名乗っとくぜ」
そう言って走っていくヨシズ。時々減速しているのはこの後のことを話しているんだろうな……。すぐに町の皆に伝わりそうだ。
気を取り直して、俺は草原へと向かう。
カウ
大体のイメージは牛。L字で先が上を向いている角を持つ。討伐証明部位は角一対。野生種の方が肉は美味。家畜種は主にミルク目当て。
ピギー
イメージは猪と豚の中間。討伐証明部位は牙。長い牙を持つものほど美味で価値が高い。