441部 見えてきた現状
いつも読んでくださりありがとうございます!
今年の8月で実はこの作品は10年目を迎えています。
作品情報を見たら、初回掲載日は2014年08月07日みたいですよ。
つまり10年目って……1週間前ですね。
これからも楽しくシルヴァーの旅や騒動を書いていけたらなと思います。
「おーい、シルヴァーいるかー?」
俺とラヴィの報告が一段落ついたとき、部屋の外から呼びかけられる。
声からして、イェーオリだな。
「向こうも揃ったら来てくれるように言っていたんだ」
どうやらゼノンが予め呼んでいたらしい。イェーオリ達からも話を聞くことになるのか。
扉を開けて入ってきたイェーオリ達は、スイートルームの内装を見て感心していた。王侯貴族が使うにはコンパクトだが、短期の滞在場所としては十分広く実用的であるとのことだった。
何というか、こいつらもう隠さなくなってきているような……。
「イェーオリとティリーはロウと一緒に回ってくれたんだったよね?」
「おう、だから特に話すことはないだろ」
「いや、まだロウの番が回って来ていないから。補足はよろしく」
「まあそれくらいはするとも」
聞くとしたらマリナとフリオのデートレポートになるのか? シルキーとライスは馬車番してくれていたからな。
部屋中から集めてきた椅子をそれぞれ好きに置いて、最終的に円になったところでロウが口を開いた。
「では、僕からですが……」
ロウは最初、ヨシズ、アルと一緒に行動していた。
「僕が知りたかったのは市場の状況と隠れ名店のようなところがないかどうかです」
市場の状況はいつもやってくれていることだな。街を歩いている中で売買されているものだったり、その価格、数、種類を覚えて狙い目の依頼を割り出しては教えてくれるのだ。良い子だと思う。
時々『俺達は十分余裕があるからあまり無理して良い依頼を探さなくてもいい』と言ったりするのだが、その度に有無を言わさないような笑みを浮かべて適切な依頼を受けるのも高位の冒険者として大事な要素だ、と返されていたりする。力があるからと言って適当に選ぶのも高位冒険者としてはマズいらしい。Aランクになってからロウがかなりしっかりしてきたのは俺の気のせいじゃないはずだ。子どもは育つのが早いものだな……。いや、もともとロウは年齢に見合わない大人びた調子でいたわけだが。
「いつも悪いな」
「いえ、僕が好きでやっていることですから。それに、隠れ名店は本当に僕の趣味です」
少しだけ恥ずかしげにそう告白してくるロウ。今まで聞いたことがなかったからな。いつから趣味になったのかは分からないが、この街でももしかしたら良い出会いがあったのかもしれない。そう思わされる顔だった。
「そうか。楽しめたなら良かった」
子供らしさこそあまりなくなってしまったが、それでも楽しめることがあるのは良い事だ。
「そうですね……ええと、報告を続けます。市場の状況ですが――」
ロウは記憶をたどってほんの少し宙を見上げながらも案外すらすらと話した。
薬草は軒並み安価、その他の野菜や果物などの農作物も教国よりも安く、数も多かったこと。
ただそれでも品薄しているものもあるようで、それらの薬草は取り扱いにも許可のいる特定の性質を持つものであるという。闇草とか魅惑草とかそのあたりの薬草のことだ。
「武器や防具の店舗はあまり繁盛はしていないみたいでした。取り扱っているものもそう高いものではないようです」
「それはそうでしょうね。ここで活動している冒険者のほとんどは低ランクらしいもの」
「そうだな。低ランクのうちは武器防具もあまりお金をかけてはいられないだろう」
「あー、でも変な武器とか売っている店があったぞ? そこが妙に安くて不思議だった」
イェーオリが口を挟み、俺は視線を向ける。どういうことなんだ?
「んーと、どう説明すりゃいいか……」
口を挟んだはいいものの、言葉に詰まる様子を見て、ロウがその先を引き取る。
「あの、イェーオリさんが言っている店はシル兄さん達と別れたあとに見つけたんです。基本的には長物と言うんでしょうか。長柄で、でも槍みたいな刃物はついていないものを売っている店があったんです」
「へぇ。意外だね。長柄の武器って平原とかならともかく森とかだと障害物多くて使い回しが難しいのに。しかも刃がない? どんなのなんだろ……」
ゼノンが興味を示し、ロウとイェーオリ、ティリーがその長柄専門店で見かけたという武器の説明をする。が、やはり実際に見てみないと分からないもので、ゼノンは明日、ロウと一緒にその店へ行くことにしたようだ。
「……と、僕からはこのくらいでしょうか」
「あら? 隠れた名店は見つからなかったの? ロウ」
「あ、ありました。その長柄の店と、各国の名物料理をアレンジして出している万国食堂、かなりの種類の薬草と薬が揃っている草木堂、あとはケイトさんのお店ですね」
「ケイトの店、隠れていたのか」
「はい。実はあちらから見つけてもらいました」
見つけてもらった、というか見つかったの間違いでは?
シリルとケイトはもともと俺達を探していてみたいだからな。
「そうか。で、ヨシズはどうなんだ?」
「どうって……」
「情報収集」
「あー大丈夫だ、忘れてねぇから……いくつかの酒場を覗いてきたが、漏れ聞いてきた限りでは神殿の対応に対する愚痴、祭りでの実入りについての話題が大きかったなぁ。この宿じゃ収穫はなしだ。ちょっと飲んだら持っていかれたからな」
「少し驚きました……」
わふ《スコンと逝っていたからな。演技じゃないことにこちらが驚かされたわ》
ロウがその時の驚きを思い出したのか眉を八の字にし、アルは笑いを漏らす。
「悪かったな。ということで、この宿はオレに合わない何かがあるのは確かだろうさ。そのあたりはゼノン、何か聞いていないのか?」
「あ、この宿で使われている薬は頼めば原材料を教えてもらえるって。レシピはだめみたいだけど」
「えっ! そうなのかい!?」
一番に食いついたのはシルキーだった。ロウやラヴィも興味を引かれたようで、すぐに半納していた。
「受付の人に聞いたから間違いないよ。ただ、何時頃のどの場所で使われていた薬なのかはっきりと伝えないと正確な内容で出せないって言っていたからそこは気をつけて」
「オーケー。楽しみが増えたね」
「……いいか、シルキー。念のために言っておくが俺達で実験するのだけはヤメロ」
「えー。ちょっとくらい手伝ってくれてもいいじゃん。今までに無い薬ができるかもしれないんだよ?」
「ヤ・メ・ロ」
シルキーが薬を手にして彷徨いていたら俺もそっと離れることにしよう。
イェーオリとシルキーのやり取りと虚無の目になったフリオを見て俺は決心するのだった。
「あとは、マリナとフリオか? 根掘り葉掘り聞くつもりはないから、街を歩いていて何か気づいたことがあったら話してくれ」
「ちょっとシルヴァーさん……」
「いテテテテッ!?」
なぜかラヴィに耳を追い切り引っ張られる。何だ? 何か悪いことでも言ったか!?
「シル兄ちゃんってさー……たまーに考え無しだよね」
「え、何か余計なことを言ったか? 何を?」
「しかもわざとかって思うくらい鈍い時があるのよね。ごめんなさい、マリナ」
「いいえ、気にしていないわ。でもラヴィ? 無神経な男は早いうちに手綱を握ってちょうき……教育しておかないと」
何だろうか。背筋がゾッと粟立つような……。
マリナの浮かべた三日月のような微笑みに気付き、俺は息を詰める。
「そうね。ええ、ちょっと真剣に考えてみようかしら」
俺は恐る恐るラヴィの方を見る。見るな! と叫んでいる本能から目を逸らしながらだったので、錆び付いたような動きだったはずだ。
しかし、本能の警告に反してラヴィの顔には恐れていたような怒りは浮かんでいなかった。
「大丈夫。シルヴァーさんは気にしなくて良いわ」
「そ、そうか……?」
依然として本能は警告を発しているのだが……気にしないようにしておこう。ラヴィが言っているのだし、な。
「ごめんなさいね、マリナ。この街について何か気づいたこととかあったかしら?」
「そうね……ほとんど言われてしまったから、大した内容はないのだけど、ここへ来てすぐに兵士さんから説明してもらった中に従魔の話があったじゃない」
「あったな。盗まれることがあるというのと、制御不能になるというものだったか」
「ええ。グリルとコーレが制御不能になるのは想像できるようでできないねーって言いながらフリオと歩いていたんだけど、やっぱり従魔の姿は少ないと思ったわ。だけど……」
マリナがそこで言葉を切ってフリオを見上げる。
「ああ、教会の神官らしい人達はかなりの割合で従魔を連れていたんです。それがどうにも不思議で」
確かに、兵士が俺達にはっきりと警告するくらいだ。従魔の盗難騒ぎも制御不能もきっと1件や2件ではないのだろう。となれば、この街で過ごしている者達だって知っているはず。
「危機感が欠けているのか? マリナ、フリオ。見かけた神官には共のようなものはいたか?」
「いいえ。神官の二人組か、いたとしても騎士一人だったわ」
「護衛としては心許ない感じだな。単に相手を甘く見ているのか、自分たちの力を過信しているのか、それとも……自分たちが襲われないという確信でもあるのか」
「え、それって……」
「教会のやつらが事件の関係者かもしれないってことかぁ……犯人側の」
俺が言いたかったことをヨシズがはっきりと言葉にしてしまった。
今の俺は教会に対して不信感が強いからな。教会が黒幕という可能性も考えている。
「これは教会への潜入の時は気をつけないとならないかもね」
「ああ。それぞれ動く時は気をつけてくれ。イェーオリ達も」
「分かっているよ」
手伝ってくれることを前提で話していたが、イェーオリ達は快く協力すると言ってくれた。最悪、組織を相手にすることになるので手が多いに越したことはない。実に頼もしい味方だ。