王都16 戦闘試験
……覚えてろよ、クソジジイ!
ドル爺あてに一通り恨み言を吐くと俺の足が地に着いた感じがし、バランスが取れずに倒れこむ。まだよく見えない目を何度か瞬きし、見えたのは、
「どこだここ?」「えっ? どこここ」
何百人もの観客を収容できるような巨大アリーナ。現実味の無い景色だった。俺もゼノンも惚けてしまう。
ドル爺の言い方ではここにもまた担当者がいるようだが、彼もしくは彼女はどこにいるのだろうか? 辺りを見回す……前に異音が聞こえてきた。
グキャオオオオ
グルルル
ゼノンと顔を見合わせてからその音の元を確認するためおそるおそる立ち上がり、見下ろす。
「嘘だろ……」「うそだよね……」
俺達はさっと青ざめた。
見下ろした先には、リトルドラゴンを捕食するサーベルタイガーがいた。まさかとは思うが、戦闘試験はあれと戦うとか……? 絶対死ぬ。マジで死ぬ。間違いなく死ぬ!!
「わっ!!」
「「!!!」」
な、なんだ……って、ヨシズか……何故ここにいるんだ? というのは置いておいて、一言言わなきゃ気が済まない!
「お、驚かすな!!」
「腰抜けた……」
「あっははははは、ひっひっひー、ふくくくく……」
くそう。爆笑しやがって……お前も覚悟しておけよ。
「っはー、笑った笑った。オレがここの担当だ。お前らが送られてくるとしたら爺さんのところだろうと思ってあらかじめ申請しておいたんだよ」
「説明、してくれるよな?」
「どっちのだ?」
にやにやと笑って返してくる。そりゃ決まってる。まずは何故ヨシズが職員になっているか、だよ。
「まぁ考えとしては普通だよ。お前らが学院に行っている間俺は暇になるからな。まぁつい最近までソロだったんだからそんなに問題でもなかったんだがつまらないだろ。どうせなら面白いことをと思って一計を案じたんだ。始めに王都に来た時依頼にここの職員の募集があったんだ。それを見て方向性を決めたな。幸い最後の1人の枠が空いていたから良かった。で、軽く面接とかもしたがあっさり受かって仕事の話になった時に入学試験でも何か動いてくれるかと言われたから最難関試験の担当をやりたいとダメ元で言って、採用されたんだよ。お前達2人は実力から見ても最難関試験に回されそうだと思ってな。
で、オレは臨時の職員として半年の契約を結んでいる」
うむ、なんとなく、さっきのをやるために引き受けたんだろうことが分かった。本当に覚えてろよ。
それよりも、妙な言葉がなかったか? 最難関試験トカナントカ……。
「最難関試験とは……?」
「んあ? ああ、爺さんから聞いてないのか? こっちに丸投げしやがったのか……。
まあいい。最難関試験ってのはもう十分な実力はついている奴らに課されるものだな。Bランクで受けられる討伐依頼の対象になっている中で最も厄介なサーベルタイガーとの戦闘を行ってもらう」
「いや無理」「死ぬでしょあれ」
流石に今の状態であれとの戦闘は勘弁してほしい。勝てるわけがない。
「そう言うなって。武器防具は用意されてあるし、アリーナの中では傷は負えども死なないから。それにサボちゃんもちゃんと相手してくれるし」
「ちょっと待て……サボちゃん、とはあれのことを言っているのか?」
俺は震える手で下にいるサーベルタイガーを指差す。サボちゃんなんて親しげな名前を言えるものじゃない。
「そうだぞ? 俺の同級生に魔獣ラブな奴がいてな、魔獣の生態に詳しくて育てることだって出来ると豪語していたから遠征の時に拾った子供を隠れて皆で育ててたんだよ。その時につけた名前だな。人の手で育てたからか、すごく賢くて、俺達の言うことを理解してくれる。ばれたのは卒業の時だったな。あの時は学院長も絶句していた。なかなか拝めないものを見れたな」
「へぇ。珍しい話だね。魔獣って、契約なしに育てられるんだ……」
「そうみたいだな。まぁ、自我が育っていない小さい時から育てなきゃならないんだろうがな。
……さて、そろそろ戦闘試験やるか」
「だから無理だって」「うんうん」
「だがやってもらうぞ。まぁ勝っても負けても入学は出来るからいいじゃないか」
「「……は?」」
「うん? 爺さん、この説明までサボったのか。お前らはもう十分な実力はあるから文句なしの合格なんだよ。ぶっちゃけ戦闘試験の必要なし! だがそれも面白くないから学院最強に相手して貰えばいいという事になったんだよ。調子に乗っているならその鼻っ柱を折れるしな。成長を阻害する自意識はいらん。サボちゃんならうまくやってくれるだろうという職員の信頼があっての計画だな。
さ、どうせあっちの方が強いんだから胸を借りるつもりで行ってこい」
……はぁ、ヨシズはどうしても俺達にサーベルタイガーことサボちゃんと戦わせたいらしい。それが仕事なんだろうが、理不尽だ。話を聞くに、ヨシズはこんな事なかったんだろ。俺達だけ無理難題を吹っかけられるとか……悪夢だ。
「仕方がないから用意されていたやつを装備したが、重いなこれ。ぜんぜん動けん」
「重装じゃあこんなものだよ。重いからといって軽いのにすれば……あの鋭い牙だからすぐにやられるよね」
あれ、今ゼノンの言葉にいや〜なルビが振られていたような……。泣けてくる。
「おう、来たか。そこから進むとフィールドに入れる。オレが合図するまでサボちゃんは動かないし、お前らも合図するまで攻撃するなよ。健闘を祈る!」
さあ、戦闘試験が始まった。……始まってしまった。相手はサボちゃん……つまりサーベルタイガー。近くで見ると、やはり大きい。俺が少し見上げなくてはならないから、2メートルはあるか? 毛はなんと、紫。特徴的な牙はギラリと輝き、いやでもその鋭さを感じさせる。爪だって同じように鋭い。当たったらマジで死ぬぞ。あれ。
「なぁ、ゼノン。紫のサーベルタイガーなんているのか? いや目の前にいるんだけどさ」
絶賛混乱中。サーベルタイガーってそんな派手な色の個体はいなかった気がする。
「俺も訳がわからないよ。紫……紫……紫ぃ!? 思い出した。紫のサーベルタイガーは変異種だよ。非常に強い能力があり、変異種の中でも強者……だって……」
ゼノンの言葉尻が萎んでいく。気持ちは分かる。こりゃ無理だ。
『準備はいいかー? いくぞー』
泣きたい。だがヨシズは容赦なく開始の合図をしようとする。棄権出来ないところあたりが鬼だ。
『始め!!』
グルルルル……
かろうじて剣を構えてはいるが動けない。サボちゃんの全ての動きが俺の息の根を止めようとしているように錯覚してしまう。完全に、呑まれてしまった。
だが膠着状態もそう長くは続かない。ついにサボちゃんが動いた。
「っく!」
狙いは俺。サボちゃんが身をわずかにかがめたと思ったらもう目の前に牙が見えた。バックステップでかわす。サボちゃんの牙は空を切り、フィールドを削る。
「っつ、冗談じゃねぇぞ! 当たったら死ぬ!」
『死にはしないぞー』
変な合いの手を打つなよ!
「ハッ!」
飛んできたパンチもかわす。……どう見てもパンチなんて勢いじゃなかったが。つつ…と汗が伝う。
だがちょうど真横に出た。腹の辺りなら柔らかいはず。サボちゃんを挟んだ向こうに見えるゼノンと合図して同時に斬りかかる。
「「ハァッ!」」
ギャウ!
当たった! だが、サボちゃんとは再び距離が開いてしまった。こうなると……
「わっ!」
「大丈夫か! ゼノン!」
やはり各個撃破を狙ってくるよな。ゼノンはサボちゃんのパンチで飛ばされて壁に激突。そのまま動く様子はない。死にはしない…それを信じるなら生きてはいるはず。
「くっ!」
ゼノンを気にしてはいられない。サボちゃんの傷ついているのを感じさせないくらいの勢いの攻撃ラッシュが続く。捌けなくなるのも時間の問題だ。
そして……
『止まれ! サボちゃんの勝ちだ』
負けた……だが、いつか勝ってやるからな!
俺の意識はブラックアウトしていった。
サーベルタイガー
2本の犬歯が異常に発達している。生息地は大抵森の奥。自分より大型の生物をも狩る。自分で出せるスピードはそれほどでもないが、魔力を使い瞬発力を高めるため、見た目に似合わないスピードが出る。討伐証明部位は牙。
※このお話独自の設定です。戦い方も私の想像上のものです。