コーレのストレス発散と兵士の愚痴
監視役の兵士は俺について来る。もともとグリルとコーレの監視のためだったのだから当たり前か。
階下へ向かいながら俺はふと浮かんだ疑問を兵士に尋ねた。
「獣人差別と言うが、街の中の店でも注意しておいた方がいいか?」
「いえ、今のところ気をつけるべきは教会関係者ですね。その他は辛うじて差別には至っていません。あ、値段を誤魔化されたりとかいうのも大抵の店舗ではありませんのでそこは安心してください」
大抵の店舗……とはいえ一部の店舗はやっているということか。
まぁ、うちはロウやラヴィ、ゼノンがいるから引っかかることはないと思うが。
「その言い方からするとなかなかに難しい感じになっているみたいだな」
「申し訳ありません。正直なところ、あまりパワーバランスが偏るのもいけないんですが、やはり神官の助けがなくなると困ってしまうのが現状なんです」
「まぁ、スペルが上手いのは神官か。冒険者だって職業柄使えるやつも多そうだが……ああ、もしかして襲ってくる魔獣も強いのか?」
「はい。それに、最近は妙な魔獣も増えていて」
「妙な魔獣? ミュータント種とは違うのか?」
「そうですね。どうもそれらの特徴とは違っているそうです。あ、着きました。この先が少しだけ広くなっている庭です」
俺たちが最初に入ったところからすると反対側になる。そこが厩舎の奥であり、外へ通じる扉があった。
兵士か何かのカードをかざすと、カチリと音がして扉が開く。
「魔導具か?」
「はい。魔人族でも手先の器用な者が発明したんです。建物自体に魔導具を組み込んでしまう……大掛かりになるのであまり広まってはいませんが、便利なのは間違いありません。戦いの才能はなくても、こうして活かせる才能があるのは幸いなことです。ただ、このカードにオクトールと名付けるあたり、センスはなさそうですけどね」
オクトール……もしかして、置くと通る? 俺は好きなシャレだが、置くと折るの方が先に浮かびそうだな。
「そうか? 遊び心があっていいと思うが」
「我々の間では半々です。別に、洒落が理解できない訳では無いですよ?」
「何も言っていないぞ、俺は」
ビャー!
ビャッ?
「ちょ、おい、待てコーレ!」
兵士の方へ気を逸していたせいだろうか。外の空気に興奮して暴れ出したコーレを掴みそこねる。
「飯抜きにするぞ!! 戻れ!」
ビャー
飯抜きは魔法の言葉で、コーレはピタリと静止するとしずしずと俺の前に戻ってきた。脱走しようとなんてしていませんでしたという顔をしている。
「やれやれ。いいか、コーレ。特にこういった街中では勝手に走り出すな。走り回るな。言うこと聞けないんだったら飯抜きどころか最悪は殺処分だぞ」
ビャー……
こいつらは興奮するとこうしたルールを頭から飛ばすので困る。
「いいか、街中では俺やラヴィ、ゼノン、ロウ、ヨシズの許可を得てから動くんだ。グリルもだぞ?」
俺はコーレの頭をグリグリと押さえながら言い聞かせる。
背中の方から笑うような鳴き声が聞こえてきたのでそっちにも釘を差しておいた。グリルにしても我が強いのは確かなのだ。同じようなことを起こす可能性も低くない。
「……ところで、見たところそれなりに広いが全域使っていいのか?」
「そうですね……はい。見える範囲でしたら」
「よし、コーレ。【ウィンド・サークル】……その範囲内だったら走っていいぞ。グリルも走るか?」
ビャー
ビャッ!
俺は魔法で円を描き、空間を区切る。見える範囲とはいっても、テンションが振り切れたらその範囲を忘れそうなグリルとコーレだからな……。空の道で俺の魔力は知っているだろうし、そこから外れるなと強く命じてあるから流石にそこから出ることはないだろう。
「ほら、行って来い」
グリルもコーレも競うように魔法の内側を走り回る。時々飛行魔法も使っているようで高くまで上がったりしていたので、俺は無言でサークルの高さを増やした。
「こうしてみると従魔は不思議ですね」
しばらくのんびりと2羽の競争を眺めていた兵士だが、暇に飽きたのか話を振ってくる。
「どんなところが?」
「元は魔獣で人と見れば襲ってくるようなものもいる。それなのに従魔になれば大人しいし言うことも聞くようになる……それが私には不思議に思えるのです」
「そうか? 犬だって野犬は気性が荒いし人の味を知っていれば襲ってくることもある。だが貴族が飼っているような犬は大人しいだろう。従魔にしても同じだと思うぞ。あれらについては卵の時点で確保してしっかり俺達の魔力を馴染ませたから仲間だと思っているのかもしれないな。偶に反抗的だが」
「大人しくあのサークル内で遊んでいるあたり、聞き分けがいいと言えるかと。その、あのストルートがあなたの言葉を聞かなくなる可能性はどれくらいあるでしょうか?」
言葉を聞かなくなる?
俺は考え込むような姿勢を取りながら兵士を探るように見る。
そもそもあの2羽は反抗的なところもあるのだと言ったのだが、それとはまた違うというようなニュアンスを感じた。
「俺の言葉を聞かなくなる可能性か……洗脳されるとかか? 従魔が大人しく言うことを聞くのは刷り込みと調教の結果だ。それを横取りされれば、言うことを聞かなくなることもあるかもしれない」
「なるほど、洗脳ですか……」
「この手のことはあまり分からないんだ。実際に洗脳された従魔とあったわけでもないし」
「ああ、それはそうですよね。無理を言ってしまって申し訳ないです」
そう謝る兵士の顔はどこか浮かない。
どこも、問題を抱えている。
この首都でもそうなのだろう。そしてその問題は話の流れ的に獣人関係や従魔関係か。
「従魔が暴れ出すような事件でもあったのか?」
盗難以外にも何かあったのだろうか。
そう思って聞いてみれば、兵士は苦笑いして自分の頬を掻いた。
「え……ああ、予想はついてしまいますよね。はい。ここ一月ほど、従魔が突然制御不能になってしまう現象も徐々に増えているんです。原因はいずれも不明。凶暴化もしてしまうので生きたまま確保することが難しく、いろいろと難航している状況です」
「……そこまで話していいのか?」
「情けない話ですが、この程度なら街でも噂に上がっていますよ」
それならゼノンかロウが近いうちに情報を仕入れてきそうだな。
「とはいえ、街の噂は噂だろう。俺としては確実な情報を持っている相手からもらえれば嬉しいのだが」
「確実ですかねぇ……意味が分からない事件ばかりなんですよ」
「例えば?」
「聞いていただけますか? 例えば、先ほど話した従魔の暴走は不思議なことに我々が押さえるだけじゃ済まない状況になるのは商人の従魔であることが多かったりします。もちろん、従魔の保有が多いのも商人なのでそのせいだという考えもありますが……それにしては、教会関係者や貴族の従魔がない。それに獣人差別についても広がり方に違和感があるんですよ。もともと魔人族自体が差別されやすい種族なのでそういったことには厳しかったんですが、一部では取り締まる側も差別意識が混じっていたりするみたいで――」
ちょっと失敗した。
目を爛々とさせた兵士は怒濤の勢いで愚痴ってくる。情報は情報だが、聞いていて疲れる愚痴だ。
「教会も教会で妙なんですよね。最近よく聞く話に超人的な能力を持った人に縋れば神に懇願が届いて願いが叶えられる……そんな噂を聞くんです。これは正式に捜査したわけでもないので、あくまで個人的な意見ですが……もしかしたら教会は主流の信仰を変えようとしているのかもしれません」
「聞かなかったことにする」
俺は自分の耳を押さえて聞こえなかったふりをする。
「えー、そんなぁ……教会は国の兵士が踏み込むのが大変なんですよ。その点、冒険者なら教会の依頼を受けたりして普通に入れますし。それに、知りたくなりません? 教会の信仰の変遷。歴史の目撃者になれますよ!」
「煽ろうとするな! 冒険者は確かに便利屋ではあるが、旨味のない依頼は受けないからな」
煽られても動かんぞ。
「旨味……十分な報酬があれば動いてくれるんですね?」
「依頼として受けるかどうかはパーティで協議してからになるぞ。それに、俺自身に決定権があるわけでもない」
どうせ俺は何かあったとき重要な選択をさせられたり責任をとるだけのリーダーだ。本気でそう思っているわけではないが、近いものではある。
「なるほど。依頼ですか。考えておきますね」
後ろ暗いルートでの依頼でなければ受けるのも吝かではない。
この兵士の様子を見るに、もしかしたら指名依頼として断りにくいものでくるかもしれないな。内容的にも公示できないようなものになりそうだ。
このエフラヴァーンでの冒険者生活はなかなかに面倒そうな依頼から始まりそうな予感がしていた。