幻獣の存在意義
俺と緑の鳥との間にファルケとラプラタが立つ。
《今回の事態……原因は幻獣が追い詰められてしまったことにあるのだろうな》
ファルケが幻獣達を見回し、重い調子でそう呟いた。彼も幻獣と関わりのある存在だ。他人事ではないということなのだろう。
《とうに肉体は朽ちたとしても、私はまだここにいる。生きている。聖霊に転じたとはいえ、お前達幻獣との関係が断たれたわけでもないのだ。……これまでの苦しみを、汲み取ってやれずすまなかった》
その謝罪の言葉に、幻獣達は驚いたように顔を見合わせている。
彼らにとっても意外だったのか。だがファルケもきっと、緑の鳥の話を聞いたときから思うところがあったに違いない。
「やれやれ、もともとの種族である幻獣がここまで困ったことになっているとは想定外だったわけだね」
《その通りだ。幻霊自体そうそう現れるものでもないから、今の幻獣がどのような状況にあるのかは分かり難くてな……まぁ、言い訳でしかないが》
「で、そんな状況になって殺気立っている幻獣の起爆剤になったのがシルヴァー達だったって感じかー。不運すぎない?」
「うるせぇ」
スイーッと寄ってきたラプラタは俺の頭を撫でるような仕草をし、可哀想なものでも見るような目を向けてくる。俺はぱっぱっとその手を振り払った。
運が悪いと嘆いて解決するなら俺は思う存分嘆くぞ。だが、現実にはそうもいかないからこの緩い調子の幽霊とは対照的にピリピリしていなければならないのだ。
俺達のそんなやりとりの向こうからは緑の鳥とファルケのやりとりが漏れ聞こえてくる。
《聖霊様……我々幻獣は世代を重ねるたびに力を失い、数も減らしているのです。人と敵対するのが間違っているというのなら、いったいどうするのが正解なのでしょうか》
《ふむ……》
「横から聞いていて思ったんだけどさ」
急にかかった声に俺に意識がそちらに向かう。見れば、馬車の屋根に腰を掛け、足をぷらぷらさせているベンリーがいた。彼はトリッパーとはいえ戦闘能力は高くないから馬車内にいてもらっていたのだが、いつからなのか外に出てきていたようだ。
《何か?》
「態度違いすぎ……じゃなくて、その問題さ、誰かに聞いて分かるようなものじゃないよね。それにあんた達、見ていて苛つくんだ。フィルがいっぱいいるみたいで」
「いや、それは……違うんじゃ」
ゼノンが首を傾げて呟いた。幻獣とフィルは見た目も全く違うのでベンリーがなぜそう言ったのかは俺も良く分からなかった。
「似てるって。くそ真面目なところとか、自己犠牲上等みたいなところとか、責任の全部を自分で引き受けようとしているところとか、さ」
「そうか? 自己犠牲まではないんじゃないか。真面目で責任感がある感じはなんとなく分かるが」
緑の鳥へ目を向けながら俺は感じたところを言う。ベンリーも首を傾げて少し考える様子を見せた。
「どうだろう。抵抗に合うことは分かっていただろうに危険をおしても僕達を殺そうとしたところとか? ……ま、これは僕の感覚的なものだから少し違っているかもしれないけど。あと、なんでこうイライラするのかも正直良く分からないんだけど!」
何やら思うところがあったようで、それがせき止められず怒濤の勢いで言葉として出てきたようだった。
ベンリーは一呼吸分置いて勢いを落ち着けると、ビシリと緑の鳥を指差した。
「いろいろ聞きたいことがあるんだ。別に答えたくなければ答えなくて良いし、そうなった場合は僕の中で幻獣というものがそういうものなんだって決めつけられるだけだから気にしなくて良いけど。――まず、力が無くなっているって聞いたけど、その変化は絶対に許容できないものなの?」
質問攻めにする気満々の彼から流れるように一つ目の問いが向けられる。
何を聞き出したいのかよく掴めないが、俺は一歩下がった場所から見ていることにした。幻獣の方もラプラタとファルケという仲裁役が入ったことで最初よりは頭も冷えているだろうし、対話の余地もあるだろう、たぶん。
《……我々から失われている力は、幻獣としての能力。それを許容するということは、幻獣としてこれまで生きてきた祖先、そして自分達の否定に繋がりかねない。このままではこれから先の子どもたちを守ることも出来なくなってしまう。とはいえ、今はもう許容できるできないの問題ではないんだ。我々は動かなくてはならなかった。改めて覚悟を決めるためにもね》
はっきりと言葉にしてはいないが、結局のところ、失われていくのを受け入れたくなかったということだ。
「ふぅん……その必要があるから襲った、という感じばかりでもない気がするんだけどなぁ」
《まぁ、先が見えない怒りが少し入っていたのは認めるよ》
おっと、俺達に襲いかかってきたのは八つ当たりも入っていたらしい。これは怒っても良いのでは……?
ちらりと思ったが、横に来ていたラヴィに腕を掴まれる。今は茶々を入れずにそのままでいろということだろう。
《それで、その様子だとまだ聞きたいことがあるようだけど?》
「もちろん! そうだなー……そもそものところ、幻獣の存在意義って何?」
軽い調子でされたその問いかけに、周囲の温度が若干下がった気がする。
《それは――どういう意図の問いなのかな》
「や、特に意図はないって。確認というか……さっきシルヴァーに『人間はこの世界に生きるに値する生き物か』って聞いていたからさ。それじゃあ、って思ったわけだ」
――それじゃあ、幻獣はこの世界に生きるに値する生き物なのか。
いや、違うな。ベンリーは幻獣の存在意義を尋ねたのだから、その前提には“幻獣はこの世界に生きるに値する生き物である”というものを置いているのか。
《無礼な!》
《報復のつもりか!》
不穏な空気が戻って来てしまった。獣の唸り声、けたたましい鳥の鳴き声が鬱蒼とした森に響く。彼らからしてみるとベンリーの言葉は挑発のように感じたようだ。
正直に言えば、俺も一瞬そう思った。だが、報復だとか侮辱だとかそういった意図はないとすぐに分かった。もともと妖精だった彼らは人とか聖獣とかそういった諸々の事に疎いのだ。
「いや、本当に単純に疑問に思っただけだろう。俺達は幻獣について森を富ませる能力があるくらいしか知らないからな。具体的に何か役割を持って存在しているのか、それは一体どのようなものなのかは分からない」
《あぁ、そうだったね。いろいろと忘れられているんだった。ならば教えてあげよう。幻獣は自然を正常化させる使命を持っているんだ。実のところ、森を富ませているわけじゃない。結果的にそうなっているだけさ。
この幻獣の力がなくなれば、人間による環境の破壊が進み自然は衰え、いずれは消えてしまうだろう……あの、砂漠のようにね》
もともと、あの砂漠は自然豊かな場所だった。しかし、そこの調整を担っていた幻獣……当時は神獣と呼ばれていた存在が立ち去ったことで一気に砂漠化が進んでしまったのだという。
「前例があるのか……ということは、幻獣の力がなくなるとこの森も砂漠に侵食されていってしまう可能性があるのか?」
《そう。今はまだこの地を核としてあの砂漠前まで辛うじて力が届いているんだ。だけど、それも徐々に弱まっている。ここまで砂漠が広がる前にせめてこの場所は幻獣としての力が弱くなっても生きていけるようにしなくちゃならない。そのためには、自然を破壊する“人間”を徹底的に排除する必要があるんだよ》
何というか、話が一周して戻ってきたような気がした。
俺は疲れを感じて眉間をもみほぐす。
「やっぱ、そこかなー。じゃあ、この地域……エフラヴァーンだっけ? ここじゃなきゃならない理由でもあるの?」
《ない……と思うけど、そのあたりは記憶の引き継ぎも曖昧でね。ただ、確かに幻獣の多くはこのエフラヴァーンにいるんだ。そこに何の理由もないなんてことは、考えにくい》
《ふむ。幻獣がこのエフラヴァーンに居を構えている理由はあるぞ》
《え?》
「あるのかぁ」
ここまで静かに聞いているのみだったファルケから突然指摘が入る。
緑の鳥は驚いたように、ベンリーは少し残念そうな顔を浮かべた。
「ファルケ、その理由を教えてもらえるか?」
《ああ、これは隠すこともない。幻獣の2つ目の使命である“魔族”の監視のためだ。まぁ、1つ目の使命も関係ないわけでもないが》
新しい情報が降ってきた。そろそろ情報の整理に困り、頭がパンクしそうになった俺は助けを求めるようにラヴィへ顔を向ける。しかし、にっこりと有無を言わさぬ笑顔で無言で圧を掛けられてしまう。ファルケ達のやりとりをしっかり聞けと。