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虎は旅する  作者: しまもよう
アーリマ五公国編
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聖霊ファルケと幻獣の使命

今年もありがとうございました。

更新頻度が落ちてしまっている状況ですが、何とかモチベーションを保って完結まで書いていきたいと思います。

来年もまた、どうぞよろしくお願いいたします。


《聖霊様!》

《聖霊様だ》


 現れたファルケを見て幻獣達は喜色あらわにさざめき、示し合わせたかのように頭を垂れた。その姿はまるで王を迎える臣下のようで、それを受ける聖霊は幻獣達の王のような風格を漂わせている。

 彼らの態度に俺は驚き、まじまじと半透明な鷹を見てしまう。


《やれやれ、幻獣と人間が問題を起こしていると聞いて慌てて来て見れば……シルヴァー達とはな》


 呆れたような視線が俺に突き刺さる。

 俺だって好き好んで問題を起こしたわけではない。というか、問題を()()()()()()という言葉は正しくない。今回の原因は間違いなく緑の鳥。俺達はあわや殺されかけていたのだ。つまり被害者。そこに非はない。


「砂漠ぶりだな、ファルケ。俺達は問題を起こしているというか、巻き込まれたんだ」


《言うだけなら自由ではあるな》


 1ミリも信じていないという返しだった。信用がないのか?


《まぁ、冗談だ。どちらの言い分も聞かないうちから決めつけることはしない。……ということで、ここまでの経緯を話してくれる者は?》


 ファルケはそう尋ねながらちらりと俺を見たあと、幻獣の方へ視線を向ける。俺達側は良いのか? と思ったが、こちらの面々へ視線を向ければ俺へ手や指を向けられていた。なるほど、こちら側から事情説明する役はとうに決まっていたらしい。

 いや、こういうのは口が上手いやつがやるべきだろう。俺はそこまで口は回らないぞ……と言おうにも拒否権はなかった。


「さてさて、互いに代表が決まったところで、早速話してもらおうかな。ただ、その前に禁止事項の確認をして、真実の口の誓約を結んでしまおっか」


 真実の口の~というのは、嘘はつきませんという宣誓のことだ。普通の裁判等だと要請があれば行うという。貴族が介する裁判等だと形骸化していると聞くな。

 まぁ、よほど後ろ暗いことをしているのでもない限りはこの手の話が出たら受けておくのが良い。というか、そもそも拒否したらその時点でそいつの話すことは真偽を疑われてしまう。


《誓約は不正防止を掛けた契約魔術を介して行うことにしよう。より厳格なものがいいというなら神術でも可能だが、どうする?》


「神術でできるのか……」


 俺は思わず呟く。

 契約魔術というのは2者の間での約束事などにおいて口約束以上に効力を持たせるものだ。互いに呪を受ける(リスクを負うと言い換えてもいい)可能性があるので、迂闊に使用することはできない。

 だが、効果は確かだし、信頼性も高い。


《できるが、違反したが最後恐ろしいことになるぞ。何せ、神罰付きだ》


「え、神様が出てくんの?」


 思わずそう声を出してしまったのはティリーだった。そこへ視線が集中してすぐに居心地の悪そうな顔をする。

 そこへ、神罰について簡単に説明したのはヨシズだった。


「神罰というのは、確かに神の力によって下されるものではあるが、別に神様が現れて直々に行うわけじゃあない。予めこれこれこういうことがあったらこの程度の不利益を与えるという取り決めがされているんだ」


「へぇ。じゃあ、何で神罰?」


「その“不利益”というものを避けたりできないように神力が使われているからだな。一度下されるものと決まったら必ず罰を受けることになる。まぁ、これも後ろ暗いことを考えたりしていなければ問題ないだろう。で、どうするんだシルヴァー」


 話が俺に戻ってきた。


「そうだな……たかがこの状態になるまでの経緯を話すだけだろう。別に嘘を話す必要もない。こちらとしてはどちらでも構わない」


《そうですね。冷静にみれば、その態度も平然としていて怪しい部分はない……まさか聖霊様と既知であったとは、予想外でした。ええ、それならば通常の契約魔術でお願いします》


 先程と異なり幾分か冷静になった様子の緑の鳥がそう言ったので、俺達はファルケによる通常の契約魔術を受け入れる。

 禁止事項は簡単に4つ。

 ひとつ、嘘はつかない。

 ふたつ、暴力を持ち出さない。

 みっつ、相手の話を遮らない。

 よっつ、無関係の者に漏らさない。


《ああ、それと“同格宣言”はしておくように》


「そりゃそうだ。俺達は契約魔術の元、互いに同等であることを認める」


《我々は契約魔術の元、互いに同等であることを認める》


 これで契約魔術によるリスクは等しく分散される。この人数であれば影響があるとしても多少魔力が減るとかそういう感じになるかもしれない。


 ――さて、とはいえここからがある意味勝負だ。

 俺達に非はなく、幻獣達が襲ってきたことがいかに理不尽なものなのか。それを言葉の限り話し、向こう側に認めさせる。そして出来れば今度こそ余計な陰謀なく街道まで道を作って貰いたいところだ。


「じゃ、話してもらおっかな」


 軽い調子でそう言われた俺は、話すと言ってもどこから話せば良いのかとまず考え込む。緑の鳥と遭遇したところからだろうか? それとも、エフラヴァーンに入ったところから?

 そうしていると、ファルケが緑の鳥の方を向いた。


《同格宣言を先に決めたのはシルヴァーだったな。その逆順に話してもらうとしよう》


 と、いうことは。話すのは緑の鳥からだな。それならば、俺の方はそこに合わせて話せば良いか。

 少し気が楽になった俺は少し身体の力を抜く。

 だが、そんな俺に緑の鳥からの憎々しげな視線が突き刺さった。


《なぜ、人間を憎むかと言えば、人間が我々の領域を侵したからですよ》


 嘘は――言っていない。

 契約魔術で分かるその反応を確認してみたが、嘘ではないようだった。


 緑の鳥はそこから彼等の辿ってきた道を語り始める。ファルケに向けて、訥々と訴えかけるように。


 ――どこから話したものでしょうか。ああ、どうして彼らを始末しなければならないと判断したのか分かれば充分ですかね。


 知っての通り、この国では幻獣と人間は生活範囲が明確に区切られています。その原因は人間による幻獣の乱獲で、森を我々の領域だと通告してからは森奥まで入り込む人間はいませんでした。いたとしても我々が充分に追い返せる雑魚ばかりで、危険はなかったのです。

 50年程前までは。



「50年前!?」

「えーっと、君は確か、マリナとか言ったっけ」

「あ、ごめんなさい。遮るつもりは全くありませんので」


 思わずといった風に叫んでしまったマリナにラプラタからの注意が飛ぶ。気持ちは物凄く分かるし、何なら俺も口に出してしまいそうだった。

 相当前からこの緑の鳥は、いや、幻獣自体が人間への憎しみを育ててきたのだろう。不干渉だけで済ませているのがむしろ不思議になるくらいに。

 緑の鳥は、一瞬上がった声にちらりと視線を向けただけで話の続きを進めた。



 ――その50年ほど前に3人の人間が森へ侵入しました。彼らは幻獣達の制止を振り切り森を突き進み、我等の愛し子達を奪っていったのです。

 すぐさま追いかけ取り戻そうと試みたのですが、残念ながら取り返せず……人間の権力者に引き渡されたようだということ以外は分からないままでした。たった3人、そう、たった3人が! やつらは1人が司令塔、他2人がそれに従う者、戦闘員のようで、森で使うには難しい剣や槍といった武器は使わず、鋭い爪のようなものと魔術で攻撃をしてきました。

 我々も何もしなかったわけではないのですが、子等を質に取られてしまえば打てる手は限られてしまい、結局……。


 ……そして、30年ほど前。

 今度は十数人規模での侵入があったのです。また奪われてなるものかと我々も種族を越えて連携し退けようとしたのですが……奴らの狙いは、今度は子共達ではありませんでした。むしろ、もっと、幻獣の根幹に関わる……あぁ、これ以上は話せませんでしたね。

 これは、奪われはしませんでした。奪えるものでもない。


 ですが……ですが、力及ばず穢されてしまいっ! どうしたって幻獣の衰退は止められなくなってしまった!

 その時に奴らが話していたんですよ。これは、単なる権力闘争のひとつでしかないとね。私は興味がなかったので名前も覚えていませんが、三つ巴の勢力があり、その内のひとつが幻獣を利用しようとして、別の勢力がそれを妨害するために古い文献を辿って幻獣の源を断ちに来たのだと。


 人の事情に我等を巻き込むな。

 森を荒らす不和の芽は、何が何でも摘み取り燃やし処分する。

 もう、我々が幻獣として遺せるものはそれくらいしかない。


《幻獣の未来のため、この森は不可侵で在らなければならないのです》


 時折、耐えがたい激情に口調を乱しながら緑の鳥は変わらない憎しみを込めて俺を見ていた。


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