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虎は旅する  作者: しまもよう
クナッスス王国編
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閑話 神話


 ヨシズが落として行った書類をマグルスは自分の机の上に置く。先程までヨシズが見ていた書類はシュリに持ってこさせた物だった。文句を言い(俺を罵倒し)つつも仕事は真面目にこなす有能な部下だ。必要な物を必要なだけ選んで来たのだろう。


 だからこそ


 一見関係ないように思えるこれも何か思惑があっての事なのだろうか。あいにくと今日のシュリの出勤は夕方からだ。真意を問うのは後になってしまう。とりあえずギルドの雑用係っぽくなっている新人のカインにシュリが来たらここへ来るように伝言を頼んでおく。案の定文句を言われたが黙殺しておく。伝言くらい書類の決済に比べりゃ楽なもんだろ。

 時間は少しあるし、もう一度読み返してみるか。






 創世神話


 グローリー暦2040年。我等が神アデライド様よりこの世界を任されたことを契機に創世神話を残そうと思う。


 かつて、世界に存在するあらゆるモノは、ただ果てしない空間に魔力として漂うだけであった。我等を照らす太陽も、闇に輝く月も、もちろん我等が立つこの大地もなかった。

 無限の空間に漂っていた魔力が集まり、意思ある存在が生まれた。そこで我等が神、アデライド様が誕生なさった。何もないその空間で魔力を取り込み続け、力を増していかれた。そして、アデライド様の大切な………が中心となり、セカイが出来た。

 はじめは中心に核を据えただけの球体であった。それが近くでまもられていたアデライド様の魔力が影響し、大地が活動を始めた。そのうちに………の魔力も表面に広がって行き(アデライド様にとっても驚いたことに)生物が生まれた。我等はその時から今もなお栄えている存在である。


 はじめは、人は誠に弱い存在であった。生きとし生けるものが持っているはずの魔力を持たず、獣の一撃で血を流し、寒暖の激しい温度差に耐えられず、寿命も短い。生存競争に負け、自然に淘汰されていくであろうことが目に見えて分かるものであった。だがそれでも何十年もしぶとく生き抜いた。人には、知恵があったからだ。攻撃本能のままただ向かうわけでもなく、頭を使い、罠を張り、生きる術を身につけた。


 その傍から見れば不思議な動きをする、魔力を感じられない珍しい存在に興味を持たれ、アデライド様は国の王城がある場所に来られた。女神降臨の奇跡である。後に降り立ったのは自身の一部でしかない存在だと仰せられたが、当時の人にとって……いや、今の人々にとっても神であることに変わりはなく、山より高く谷より深い恩を感じて来た。


 降臨なされた女神アデライド様は人を集め、村を作りなさった。そこで農業というものを教えて下さった。これにより安定して食糧を得ることが出来、死者が減った。少しして、山から取って来た鉱石を加工して金属製のものを作る術を授けて下さった。鍛治の始まりである。これ以降、木を切り出すのが容易になり、森の開拓が進んだが、女神アデライド様はあまりやり過ぎないようにと注意なさった。女神の御心のままにと人々は従い、だがどんどん発展して行った。


 女神様は長きに渡ってこの地に居られたため、セカイに魔力が満ちた。人にも魔力が宿るようになった。元から人の器は魔力を留めにくい物であったのだろうが、セカイの変化に従って器も変形し魔力を扱えるようになったと考えられている。

 そして、セカイに満ちた魔力がもたらしたのはそれだけではなかった。獣もまた、より魔力を使う戦法を取るようになったのだ。これには暴動を起こす者もいて抑えるのが大変であったと聞いている。暴動を起こしたのは主に狩人と呼ばれる者たちであった。彼等は獣を狩って生活の糧を得ていたため獣の強化をももたらした魔力の増加は受け入れられなかったのであろう。


 そんな騒動もあったがアデライド様の治世は続き、都市の発展も目覚ましい物となった。開拓も進み、海を発見した。その周辺には先住民がいた。彼等の存在を知り、女神様はこう仰った。『彼等を導き、共に歩め』と。そしていつからか女神アデライド様はこう呼ばれるようになった。【調和の女神】と。


 ………


 それから何百年も代を重ね、とうとう我等の生きる時代になった。もう誰にも人が自然に淘汰されてしまうなど言えないほど人口が増え、栄えている。それを見届け、女神アデライド様は我等に世界を任せなさった。グローリー暦2040年のことである。



 最後にもう一度女神様の御言葉を書いておきたい。


『かつて私が見つけたヒトという種族は長い時を経てここまで栄えました。もう絶滅に追い込まれることはないでしょう。互いに助け合い、共に生きなさい。私の言ったことを忘れてはいけません。そうすればあなた達の栄華は約束された物となるでしょう』


 我等はこの言葉を胸にこれからもより良い世界にして行きたいと思う。






 ざっと読み返したが、初めの方に読めない文字が書かれているのが気になるな。紙の質、インクののりからみてもこれが本物であることは間違いない。だから読めないということは本当に、全く異なる言語であるのかもしれない。たしか、先代はこれについて魔力に関係する言葉だと推測していたが……。考えは分かるがちょっと違う気もするんだよなぁ。勘だけど。それと、最後の女神が人に世界を任せたと書いてある所だけは質もインクも年代に合わないもので書かれているんだよな。それを鑑みるにこれはおそらく原本の写しなのだろう。




「失礼します。シュリです。何か用があるそうですが……?」


「おお、シュリか。時間を取ってもらって悪いな。この資料をどこから持って来たのか、どういう意図で選んだのか聞きたいんだが」


「見せていただいてもよろしいでしょうか?」


「ああ。片方は本物だから扱いに気をつけろよ」


 書類をシュリに渡すと、写した方の物には特に反応をしなかったが、本物だと断定出来る方を手に取った途端、シュリの顔が真っ青になった。流石にその反応は予想していなかった。


「シュリ? どうしたんだ?」


「ええと……申し訳ありません! どちらもうっかり混ぜてしまっていたようです。たまたま昔の文献が見つかって興味が出て読んで、戻し損ねたのだと思います」


「ということは、特に意図するものがあった訳では無いんだな」


 しかし、『読んでいた』か。さりげなくサボっていた宣言をかましてやがるな。


「特に意図はありませんでしたが教会関連を調べるなら出来た背景が分かっていても損は無いかと思います」


「確かにな。ヨシズ達に見せようか。明日もしヨシズ達のうち誰かがギルドに来た時、俺の手が空いていたらここへ案内するように手配しておいてくれ」


「かしこまりました」



 あの3人のうち常識を期待出来るのはヨシズだが、女神関連は御伽噺レベルでしか知らないだろう。ゼノンはまぁ、若いからともかく、ヨシズと同年代だろうシルヴァーは……常識というものが無いみたいだからこれを読ませるべきか迷うな。


 むしろ先にアレを読ませた方がいいんじゃないか?


 ある本のことを思いだしひっそりと笑う。どうしてギルドにあったのかは知らないが常識はずれのあの虎人にはぴったりだ。


 ……その本の題名は『猿でも分かる人の常識』という。神話の概要くらいは知ってもらわないと何もできないだろうからな。








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