ドルメン4 診療所→依頼完遂
俺は次なる目標地こと診療所を目指す。教会のすぐそばの道をギルドやラグールの鍛冶屋がある通りへ歩く。通りに出た向かいが診療所で、その隣が薬屋である。この町は道が垂直に交わるように道が出来ているので地図に書き起こしやすい。余程の方向音痴で無い限り迷うことはないだろう。
さて、時刻は十一時四十分。これは十二時までに届けきれないかもしれないな。叱られることは無いが予想とは違う結果になるのは悔しいな……。
「すみません! 弁当を届けに来ました!」
「おお、ご苦労様。おや、今回はお前が受けたのか。割符を持って来るからそこで待っててくれ。くれぐれも薬に触らないように」
そう言って奥へ消えて行ったのはこの診療所の医師でコンラッドと言う。ヘレナの怪我の手当てを担当してくれたので、俺とはもう知り合っている。
「ほら、これだったはずだ」
「……間違いないな。これが弁当だ」
「そうだ、お前のことだから、多分この依頼の目的に当たりをつけているんだろう?」
「まあ、な。初心冒険者を助けるためだろう? 人のつながりの大切さを教えるのが目的か?」
「その通りだ。流石だな。その流れで私は怪我の対策をすることについて匂わせるんだがな。お前は必要なさそうだ。ヘレナの怪我の応急処置は完璧だった。何も言わないのもまずいから取り敢えず、お前の目的がどこかは知らないが教国に向かう前にパーティを組め。保険は多いほどいい」
「保険って、おいおい……。まあ、取り敢えず目指すのは魔の森だから、ありがたく助言は活用させてもらうがな」
コンラッドの保険という言葉に違和感を覚えつつもパーティーについて考える。
ここで言うパーティーは冒険者ギルドで登録する冒険者同士のチームのことを言う。ギルドランクが近い者同士で組むことを推奨される。
「好きにしろ」
そう言ってコンラッドは仕事に戻る。俺も診療所を出る。今の時点で時刻は11時50分。薬屋も行くので十二時に宿へ配達済の報告は出来ないな。
「すみm……「ハイどうぞ中へご用件は何でしょう」……」
おもいっきり被せて言ったのはこの薬屋の店主クランチで、同じくヘレナ関連で知り合った。
「どうしました? ってシルヴァーか? お前が薬……。ポーションでも買いに来たのか?」
用件を言い出さない客に疑問を持ち顔を上げたクランチは大げさに驚く。
「薬じゃない。弁当の配達だ」
「ああ、そうか。割符はこれだ」
「……合っているな。はい、これが弁当だ」
クランチは弁当を見つめて沈黙する。俺がその静寂に耐えきれず行動する寸前にクランチは話し始めた。
「……コンラッドから聞いたか? この依頼の目的を」
「ああ。初心冒険者に人のつながりの大切さを教えることだろう? 聞いたぞ」
「なら何も言うことは無い、ではなく、お前に対して言うならそうだな……獣人の頑丈さを過信するな。この先魔の森に近付くにつれて魔獣どもの力は増していく。怪我の対策をしておけ。……以上だ。さっさと行きな」
クランチに追い出されるようにして俺は薬屋を出る。それにしても、親切な依頼だ。流石、初心冒険者向けの街と言える。だが、些かやり過ぎな気もするな。この依頼が作られた背景にもう一つくらい何か原因がありそうだ。少し考えてみるか。
*******
十五分後俺は【猫追うネズミ亭】に着いた。
ガヤガヤ……
宿の中は大変騒がしい。初心冒険者が一息つきに来ているのだろう。
「いらっしゃいませ! 食事の方は空いている席へどうぞ!」
町の小規模な宿では殆どが女将が一人で客を捌くのだが、こういったお昼時は捌き切れない分が出て来るのでもう一人二人、人を雇う。求人はギルドに依頼として出されるので午前に受けた依頼が早めに終わった人が接客についていることが多い。
つまり、目の前にいる子は俺がここの依頼を受けたとは知らない可能性が高いんだな。……俺が普段は絶対にしない考察をしているのは中に入り、話しかけられた途端に集中した視線が痛いからだ。人気の子かなんかだろうか?
「あ〜。すまないが、食事じゃないんだ。依頼の完了報告に来た。サーナさんはいるか?」
「ここにいますよ。もう依頼完了ですか?」
「っうお!」
本気で驚いた。冒険者かつ虎人族の自分が気配を読めないとは……。
「どうしました?」
「いや、何でもない。そうだ、依頼完了の報告に来た」
「早いですね~。それでは回収していただいた割符を確認いたします。それと、ギルドカードもいただけますか?」
「これでいいか?なかなか楽しかった。欲を言えば十二時にここに来たかったが」
「十二時に完了報告するのは大変ですよ。シルヴァー様があの時間に受けて今報告出来ていること自体が信じられないです」
サーナさんの言葉に俺は首をひねる。一人で受けるなら初心冒険者には辛いだろうが、ヘレナの反応を思い出せば複数人で受けるのだろう。手分けして回るのだからそんなに時間が掛かるとは思わない。
「本来は複数で受けるのだろう? それなら、十二時になるまでには回り切れるはずだが。それとも、何かハンデでも背負わせているのか?」
宿やギルドが圧力を掛けていると推測してみる。サーナさんが僅かに固まったが、すぐに溜め息をついて話す。
「まさか。こちらが圧力を掛けるなんてありませんよ。初心冒険者の方々が十二時に完了報告出来ないのは一人一人に時間を掛けすぎているのが原因です。例を挙げますと、ラグールさんの鍛冶屋への配達があったと思います。彼は長い時間奥に篭っているんですよね。表に出てくるのは稀ですが、それを待ち続けて時間超過となってしまうんです」
「……は? いやちょっと待ってくれ。出てくるまで待ち続ける? まさか。普通は周りの店に聞くだろう。実際隣のジニアは知っていて、ラグールを引きずり出してくれたし」
サーナさんの言葉に疑問をこぼす。
「そのまさかですよ。実際にあったことです。声を掛けるでもなく、奥に見に行くこともしない。そのあと三十分程待ってようやく周りの店に聞きに行ったそうですよ。今の初心冒険者は全体的に見ても行動が遅いし、自分で考えて行動出来ていない人だって一定数いるのですよ」
「何の冗談だ? そんなんじゃこの先生き残れないぞ? 効率も悪いから収入も低くなるだろうし」
この職業は命の危険がつきまとう。それを回避するには的確な行動と素早い判断が出来なくてはならない。最悪依頼達成能力に不安があるとしてギルドから仕事を回してもらえなくなる。
「その通りです。初心冒険者の時点で依頼達成能力に不安ありの烙印を押されてしまうと再就職しようにも店側が拒否します。その結果生活に困り死ぬか闇に身を落とした冒険者が現れますね。まんざら冗談でもないのが悲しいことです」
「声に出ていたか。でも、サーナさん、ここでそれを口に出すのはまずい」
ここは初心冒険者が多く泊まる宿だ。そして、今はお昼時であることを考えればここで食事をとっている殆どが初心冒険者なのだろう。
「そうですか? ここの方々に理解していただければ私達は大変助かります」
フフフとサーナはジニアに似た気配をまとう。
「苦労しているんだな」
「ええそうです。そもそもシルヴァーさんでさえ分かっていることがなぜ理解していただけないのですか。……「あ~サーナさん、そろそろ宿に戻ってもいいか? まだ昼飯を食べていないんだ」
サーナの黒い雰囲気と昼飯に来た人の殆どの視線を集めているこの状態を鑑みて俺は逃げることにした。
「あら、そうですね。ギルドカードをお返しします。また明日もお願いしますね」
ギルドカードを受け取って【猫追うネズミ亭】を出る。
まだ視線を感じるな……。まあ、気にしてもしょうがない。とにかく飯だ。